第212話 少女、会談をする
「久しぶりだねジグモンド。元気でやってるかい?」
ベラが部屋に戻り出迎えたルーインの使者、それはガルド将軍の副官であるジグモンドであった。
旧ルーイン王国領を支配している新生パロマ王国とは決別したパロマ王国の後ろ盾を得ながら活動している彼らは領土を取り戻しつつあり、ルーイン解放軍からルーイン王国軍へと名を変えていた。
もっとも彼らの後ろ盾は今ではひとつではない。
侵略に加担しながら新生パロマ王国にルーインの領土の割譲を拒絶されたビアーマ共和国や、現在ベラが治める傭兵国家ヘイローもルーイン王国を支持している。
なおラハール領に関してだが、あの地は元ルーイン王国領ではあったものの、現時点での所有はムハルド王国から傭兵国家ヘイローに移っており、それはルーイン王国軍も協力の際に承認していた。
そして、その開口一番のベラの言葉にジグモンドが頭を下げる。
「ベラ様、お久しぶりです」
「ヒャッヒャ、言い方が丁寧だとこそばゆいね」
ベラの返しに後ろに控えているパラが口元に笑みを浮かべ、ジグモンドが苦笑する。パラからすればそれは主の立場が上がったことを如実に示すものであり、己の矜持を満足させるものでもあった。
ジグモンドにしてみれば、かつての傭兵団の団長でしかなかった少女との現在の立ち位置の違いに笑うしかないといった心境だ。
「言葉遣いについてはお許しを。かつてのままに話せば、ルーインはヘイローに対して慇懃無礼であろうという話にもなりましょう」
「分かっているさ。敬意ってのは大事だ。あたしゃ、人に頭を下げるのが嫌でここまで来たようなもんでね」
その言葉にジグモンドが軽く笑うが、その目は笑っていない。ベラの言葉が嘘偽りではないだろうとはここまでの付き合いでジグモンドにも分かってはいる。ただ、であれば……とひとつの考えも生まれた。
「だとすれば、すでに目的は達成されたのでは? 王ではないが、あなたはそれに準じた立場にいる。或いはムハルドを征すれば満足するのですか」
「そうさねえ。ま、言われてみればそうかもしれないが……ただ、ここで終わらせる気もないけどね。あたしゃ若いんだし。いや、そんな心配そうな顔するんじゃないよ。そっちはいいお客さんでいてもらいたいからね」
ベラの言葉にジグモンドが頷いた。
少なくとも、ジグモンドも目の前の少女がこのままで収まることはないと考えていた。
しかしジグモンドの把握している限りベラ・ヘイローという少女は財を奪い、スリルを楽しみ、舐められることを過剰に嫌う、要は跳ねっ返りのチンピラがそのまま武力と権力を得てしまったような相手であると認識していた。だからこそ、ジグモンドはベラがムハルド王国を征した後の鎌首がルーイン王国に向かうのではないかと恐れてもいる。もちろん、すぐにではないだろうが。
とはいえ、ジグモンドもそんなことを口にはしない。
ベラという存在は今の彼らにとっては生命線だ。ベラの言う通り、たとえ国を取り戻したとしても疲弊したルーイン王国が、傭兵国家ヘイローを頼ることになるのは確実であった。
「そうですね。末永く仲良くやっていきたいものですが……ところで、こちらの贈り物はどうでしたか?」
「ああ、先に贈ってくれたアレだね。まだ取り付けたばかりだが、悪くはない。ああ、ここ最近では一番嬉しい品だったよ」
ベラがご満悦とばかりにニンマリと表情を崩した。
先ほどベラが『アイアンディーナ』に乗って試運転していた竜翼はルーイン王国軍より贈られたものだったのだ。
「いえいえ。レイモンド殿の部隊をお借りしているのですから、相応の礼も必要でしょう。今はまだそちらに払える財政も整っていないのですし」
その言葉の通り、傭兵国家の最初の客はルーイン王国軍だった。
カイゼル兵団の団長であるカールの副官であったレイモンドは現在ではラハール領の領主に正式に収まり、ルーイン王国軍に軍隊を送っていた。
「まあいいさ。金は新生パロマを落とした後にキッチリもらうからね」
その言葉にジグモンドの顔が少しだけ強張る。
新たに復興したルーイン王国が傭兵国家ヘイローに対して借金漬けになるのはもはや避けられない。それを如何にさばくかがジグモンドにとっての命題でもあった。
「にしても、こっちにもローウェンが来てねぇ。こちらが勝ちすぎたということもあるんだろうけど、あっちも随分と焦りだしたみたいだね」
「こちらも怪我をしていたガルド将軍が復帰し前線には戻りましたが、なかなかに厳しい状況です。すでに新生パロマ王国は内部がローウェン帝国に乗っ取られているのでしょう。エルシャ王国側からの介入はザッカバラン山脈がありますので、そこまで本格的に参入してきてはいないのは幸いでしょうが」
その言葉にベラが目を細める。
かつてベラたちベラドンナ傭兵団が越えようとしたザッカバラン山脈。
その先にあるはずのエルシャ王国はローウェン帝国に侵略され、現時点でも元ルーイン王国、新生パロマ王国に面した半分を奪われたままなのだ。
「加えて、ムハルド王国にも兵力を割いたことでそちらへもまとまった数がいってないのかもしれないね」
「かもしれません。ローウェン帝国は巨大ではありますが、三年前の行動は散漫に過ぎた。彼らも今の状況は制御できていないのでしょう」
三年前、ローウェン帝国は一斉に協力国の侵攻に手を貸した。
ルーイン王国やラーサ族の北部族などを含む様々な国が襲われ、また獣血剤や強心器が出回ったことで獣機兵や竜機兵が増えた。それは傭兵や山賊にまで出回り始め、国を揺るがす戦力が突如として生まれ始めてもいた。
それは、かつて国と国とが協力して生まれたドーバー同盟によって大戦が起き、痛み分けで戦争が終わったことを教訓としているのだろう。周辺国が内部での闘争に明け暮れている隙に、ローウェン帝国は自身も侵攻を始め、結果として領土も広がり協力国も多くなっていった。
だが、その反動も徐々に起き始めている。
それがジグモンドであり、ベラだ。竜機兵と獣機兵という新しい戦力を欲しいままにしていたローウェン帝国の優位性も薄れつつあった。
「なぁに。やることは決まっている。あんたらは新生パロマを下し、あたしらはムハルドを取る。次はエルシャ王国を取り戻して足がかりにし、次はモーリアンだ。そうしなければローウェン帝国には手が届かない」
そのベラの言葉にはジグモンドも頷く。
現在起きているモーリアンの内乱はローウェン帝国とドーバー同盟の縮図ともなっている。
「モーリアンの内乱に参入し、覇権を狙うローウェン帝国を抑える。協力はしてもらうよジグモンド。それ次第じゃあ代金の棒引きも考えてやるさ」
次回予告:『第213話 少女、遠征をする』
ベラちゃんがチンピラ? 失礼な話ですね。
レディは少しワガママなくらいが丁度いいんです。
さて、面倒なお小言も終わりにして、そろそろ体を動かしたいものですね。




