第20話 幼女、奴隷を増やす
自分たちの傭兵団の名前も決まってご満悦なベラは、商人コーザに薦められた奴隷商会へとたどり着いた。
そして、ベラたちが奴隷商会の館の門をくぐると、商会の人間が出迎えて来客室へと通されたのである。その部屋では奴隷商らしき人物がにこやかな笑顔で待っていた。
「あなたがベラ様ですか。お初にお目にかかります。モーヴェ奴隷商会のアルタと申します」
「ベラドンナ団の……ま、これはさっき決めた名前だけどね。まあ、ベラ・ヘイローだ。コーザの紹介で来たんだけど、すでに連絡があったようだねえ」
アルタを名乗る男は、わずか六歳の幼女であるベラを見ても怪訝な顔ひとつせず、どう見ても話が通じるのはこちらだろうというバルには奴隷相手への対応としては正しく声をかけもしなかった。
その様子からすでにコーザからの連絡があったのだろうとベラは考え尋ねて、アルタもそれを肯定した。もっとも、そうであってもベラの姿を見れば普通はある程度の動揺は出るはずだが、アルタからはそれはなかった。中々に肝の据わった人物であるようだとベラは感じた。
「それで今日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか。戦奴隷を望んでいるとは聞いておりますが?」
そのアルタの問いにはベラも「そうだねえ」と口を開く。
「精霊機乗りがひとり。後は良さげなのがいれば購入しようとは思ってるけどね。良いのはいるかい?」
その言葉にアルタも「ございます」と大きく頷いた。先日にまとめての買い取りがあったらしく、今この商会に尋ねてきたベラはたいそう運が良かったとアルタは口にした。それが事実か否かは分からないが、アルタが見せたリストを見る限りではあながち嘘でもないようだった。
そしてベラは基本ラインとして2000万ゴルディン以上の精霊機乗りと、ついでに巨人族も見せてもらえるようにアルタに話し、ご対面となったのである。
そしてアルタが用意した奴隷はエルフ3人、ドラゴニュート5人に巨人族3人であった。頼んでいたとおりにそれなりに選別はされているようで、出来は悪くない。それどころか……
「全員、そこそこに見えるんだけど主にまとめて売り払われたのかい?」
用意された奴隷たちはコロサスに比べて粒が揃っているようだった。
「ええ、左様ですね。先ほどもお話しした通り、昨日に買い取りがありましてね。南の貴族のロウア卿の所持品でしたが、お亡くなりになりまして、その遺品の処分を当商会で任されたのですよ」
そうアルタは答える。
「……なるほどね。まあ、質がいいんならそれに越したことはないからいいけどね。とりあえず女は外しておくれ。うちのと盛ってガキが出来ても困る」
「あっ、はい」
ベラの明け透けない言葉にアルタもさすがに目を丸くし、後ろではバルが苦笑していた。
そして女性の奴隷が引き払われると残っているのは、エルフは1人、ドラゴニュート5人はそのままで、巨人族が2人となっていた。ベラはベラで(あれ、女だったのかい)と退場した巨人族の女戦士を物珍しげに見送っていたが、物珍しいだけで特に欲しいというわけではないようだった。そして観賞となった。
「そっちのエルフは栄養足りてなさそうだねえ」
以前と同じように裸で構えさせながらベラはヒョロヒョロの姿の裸のエルフを見てそう口にした。とはいえ、残っているのだから実力はあるのだろう。細身であるのはエルフの特徴だが、その分、引き締まった筋肉がついているのは見ていて分かる。だが、ベラの基準よりは下のようだ。
「犯られ慣れしてる感じだな」
バルが不躾にそう言った。そのバルの視線にエルフが顔を赤らめているのを見て、ベラが尋ねた。
「ああいうのはタイプかい?」
「男が抱けないというわけでもないが、特には」
ベラの問いにバルはそう返す。戦中のそうした処理を考えれば好き嫌いもない方が良いとはバルは考えている。基本的に戦えればそれで良く、他のことは二の次なのがバルという男だった。
「ま、衆道はねぇ。あたしの団にゃあいらないか」
そう言ってベラは続いてドラゴニュートの組を見た。その蛇にも竜にも見える顔の表情は読みにくいが、いずれも屈強な戦士ぞろいのようであった。その中でもひとり、顔の半分が爛れているドラゴニュートがいた。
「毛並みが違うのがいるみたいだね」
ベラがそのドラゴニュートを見ながらアルタに尋ねる。他のドラゴニュートに比べて、どこか不気味な印象がある。
「ああ、ジャダンと言う者ですが、爆破型です。値段は張りますが、その分の実力はありますよ」
アルタがベラにそう口にする。爆破型とはエーテル爆弾を操る火精機のことで、場合によっては鉄機兵をも凌ぐ活躍を見せることもある。
「お高いんだろうね」
「ええ、まあ3800万ゴルディンですね」
ベラの言葉にアルタはスラッと答えた。それは一般的な鉄機兵を一体購入できる金額であった。それはアルタが、そのドラゴニュートにそれだけの価値があると考えているということでもあった。
「どう思う?」
そしてベラはバルに尋ねる。
「傭兵団を雇うなら、ギリギリ。一ヶ月で結果が出なければ、資金が尽きるな」
バルはベラの問いにはそう答えた。善し悪しは口にしない。だが否定をしなかったのは、ジャダンを有用だと感じたからだろう。
「なるほどね。ま、考えておくか」
そうベラは口にした。他に欲しい人材がいるかもしれない。少なくとも、値段を考えればジャダンを購入した時点で他を購入することが出来なくなる。それだけの価値があるかを見極める必要があった。
そして最後は巨人族である。もっとも、こちらについてはモノは試しで見せてもらっているだけだったが、ベラの眼鏡にかなう相手はいなかった。
「あんたの仕合の時みたいなのだったら即採用なんだけどねえ」
「確かにあれは良い腕だった。確かヴェルゼフといったか」
ベラの言葉にバルも頷く。闘技場での仕合の中でバルを殺そうとした巨人族ヴェルゼフ。ガラの良い男であるとは言えなかったが、巨人族の体躯を活かしたダイナミックな攻撃には、対峙していたバルも心踊るものがあった。
とはいえ、アルタの用意した巨人族の奴隷の中にそこまでの逸材はおらず、ベラは巨人族の購入は見送ることにその場で決めていた。
その後は精霊機の確認も含めて奴隷をすべて見たベラが気になったのはやはり爆破型火精機の乗り手のジャダンであった。値は張るがそれだけの価値はあるのだろうとベラは考える。ネックとなるのは癖のありそうな性格だが、その点をベラが気にした様子はなかった。
そしてバルも特には口を出さなかったし、ベラとしては他の誰かの手がつく前に確保したいと考えて、ジャダンはそのままベラに購入されることとなったのであった。
「ヒヒ、愛らしいご主人様。今後ともよろしく頼んます。ヒヒヒ」
そして購入したジャダンは、気味の悪い笑みと共にチロチロと舌を出しながらそう言った。それをバルが不機嫌そうに見ていたが、ベラが怖じ気づくということはなかった。いつも通りに笑って「頼んだよ」と口にして奴隷契約書にサインをした。
「それにしてもドワーフがゼロってのはやっぱりアレかい。鉱山用かね?」
ジャダンの手続きを終えたベラが、さきほどのリストの中で気になったことをアルタに尋ねる。ボルドがいるからベラには特に問題ではなかったのだが、ドワーフはこの付近の精霊族の中ではもっとも数が多い種族だ。それがいないことへの違和感はあった。
「ええ。これから攻勢にかけると騎士団が意気込んでおりましてね。領主のデイドン様を中心にドワーフの買い込みや雇い込みをしているようです」
「なるほどね」
であれば、ボルドをあまり表に出さない方が良いか……ともベラは考える。戦力としての期待はないが鉄機兵のメンテナンス要員としては手放したくはない。そんなことを考えているベラに、アルタは話を続けていく。
「どうも鉱山街に残された連中は徹底抗戦により、そのほとんどが殺されたようです。採掘用に連れて行ったドワーフの奴隷たちもでしょう。連中にしてみればルーインの奴隷はただの使えないお荷物ですからね」
「ま、確かにそうだけどね」
主が死んだ奴隷というものは最終的に主を追って死ぬ定めを背負っている。契約内容によって発動までの時間は変わるが、主が死んだ時点で、一定時間後に奴隷には奴隷印による拘束呪文が発動することになっているのだ。そして繰り返される苦痛に奴隷たちは一時間とたたずに発狂して死を迎えることとなる。
無論、回避手段はある。代理契約者が存在していれば、その者が死なぬ限りは問題はないし、奴隷契約を解除するか、別の誰かに継続させるか、或いは契約した奴隷商か、契約の系譜を同じくする奴隷商に解除してもらう方法も存在している。
中でも奴隷商に解除を願うのは最悪の話で、二束三文で買われてその後の末路もそれに準じたものとなることがほとんどだ。故に奴隷にとって主の命というものは、まさしく自分の命も同然の存在であるとも言えたのである。
そしてルーイン王国側の奴隷のドワーフはパロマ王国側の奴隷商では基本的に契約を解除できない。どのみち死ぬのだから、さっさと始末しておく方が手間がかからない。奴隷の主が降伏でもして生かされているなら話は別ではあるが。
ともあれ、新たな奴隷を購入したベラはそのままジャダンを連れて奴隷商会の館を出た。続いてはジャダンの装備を購入してから昼食を取り、その後は傭兵組合所へと向かってコーザの紹介となる傭兵と会う予定であった。
次回更新は3月4日(火)0:00。
次回予告:『第21話 幼女、説得をする』
口うるさいおばさんの意地悪に、ついにベラちゃんの幼女流説得術が火を噴いた。
そして、幼女が説得とは何かを世に問いかける。




