第207話 少女、ペットたちを信じる
「バカな。そんな馬鹿なことがあるか!? なんだ? これはいったいどういうことだ!」
ザモスが動揺を隠すこともせず、立ち上がってその場で叫んだ。
それは周囲の配下たちの耳にも届き、それからザモスの視線の先を追うことで確認した黒煙に動揺の声が上がった。街の反対側、恐らくは西門に近いところで何かが起きているのは確かで、問題なのは何が起きていて、なぜ気付かなかったのかということだった。
「将軍、兵が動揺しております」
その場で冷静を保っていた副官モーゼルの言葉に、ザモスが「あ、ああ。そうだな」と頷きながら通信機に睨みつける。
「それで何が起こっている? 詳細を報告せよ」
『ハッ、森です。ロガンダの森の中から突如としてドラゴンが先導する巨獣の群れが現れ、街へと侵攻を開始したのです。私も今到着し状況を確認しているところでして』
広域通信型風精機の乗り手のエルフの兵の言葉にザモスの顔が青くなる。ここに来てドラゴンである。そもそもドラゴンの存在はまだヘイロー大傭兵団の陣地にいるという報告だったはずなのだ。それがまったく別の場所から出現した。ラーサ族の戦士といえども、その事実には驚愕せずにはいられない。
「獣人たちと組んでいたのは確かであったか。けれども、ここまで気付かぬとは」
「巨獣使い の操る巨獣は、野生のものとは違います。しかし、こうなると」
「アッダの砦との連絡が途絶えた理由は確定したな。竜の墓所の獣人たちが裏切ったのだ。だが今日という日に合わせて、連中がここまで侵攻していたとなぜ気付けなかったのか……」
ザモスが怒りを露わにするが、モーゼルは「それも巨獣故ですね」と口にした。
「恐らく連中は森の中を移動し続けていたのでしょう。ですが、本来であれば巨獣を率いたとしても獣人の戦力で我らをどうこうできるわけもないのですが」
今の彼らはベラ・ヘイローの大傭兵団と正面から激突している。
「つまりベラ・ヘイローは陽動か。我らはハメられたのだ」
苦々しい顔をしたザモスが拳をテーブルに叩き付ける。その予想が事実であろうことは西門が襲われている状況からも明らかだ。
「今すぐに西門に増援を送らねば危険です将軍!」
騎士団長のひとりがそう声を上げたが、次第に冷静になりつつあるその場では、そこまで悲観するものではないとの認識を持つ者も少なくはなかった。空を飛ぶドラゴンは脅威だが、それでも常識的に考えれば西門が早々に破られるわけがないと考えたのだ。
「しかし、ベラ・ヘイローは今や我らが包囲している。ここで戦力を分散しては元の木阿弥になりかねんぞ」
「そうだ。西門もこちらに負けず劣らず堅牢である。あちらには街内の戦力を集中して押さえておけば良いだろう」
少なくとも、今もっとも厄介である敵の総大将を仕留めることこそが急務であるという彼らの認識は決して間違いではない。だが状況は刻一刻と変わっていく。だが、その認識も次の通信兵の報告で霧散する。
『報告します。西門は破られました。繰り返します。西門は破られました。巨獣たちが街に侵入して……ああ、くそったれ。退避! 退避ぃぃい!』
もはや絶叫のような通信がその場に響き、広域通信型風精機からの連絡が途絶えた。何が起きたのかを伝えるものはなく、その場の全員が沈黙とともにザモスへと視線を向ける。そして苦渋の表情へと変わった顔をした彼が下した判断は……
「ベラ・ヘイローを倒すことこそがこの戦を終わらせる唯一の方法だ。門を閉め、背後を取られぬようにしろ。ベラ・ヘイローを仕留めるのだ!」
ベラ・ヘイローの討伐であった。
**********
『おぉぉおおおおおおおお!』
リンローが自ら咆哮しつつ、機竜形態の混機兵『レオルフ』を操り街の中を駆けていく。その『レオルフ』の真上には槍鱗竜ロックギーガが飛んでいて、後ろには巨獣や高機動型の獣機兵、それにカイゼル族の鉄機兵や鉄機獣たちが続いていた。
竜の墓所から進撃してきたロックギーガや獣人たちはアッダの砦を落とした後、森から森へと転進し、道無き道を通ってここまで辿り着いていたのだ。それは構成された兵力の多くが巨獣や魔獣、さらには獣機兵や鉄機獣がいたために可能だったことである。
道中もサティアの乗る航空型風精機によってヘイロー大傭兵団本隊との連携は密に取っていて、リンローと高機動型の獣機兵、ジャダンや雇いの精霊機たちは二日前には本隊を抜け、ロックギーガたちとの合流を果たしてもいた。
当然のことながら、ザモスたちムハルド王国東部軍が確認していたドラゴンらしきものはハリボテであり、それらはすべて交易都市レオール攻略のための布石であった。
それはベラたちがムハルド王国東部軍を押さえている間にリンローたち奇襲部隊が街の反対側から攻め入るという極めて単純な作戦ではあったが、実行にはふたつの大きな戦力の連携が必須となる。
当初の予定ではリンローたちの存在は敵に気付かれていることも前提にしていたのだが、幸いなことにムハルドは彼らを察知していなかった。だからベラは自らを囮として前面に出し、早期の決着を図ろうとしていたのである。
そして、彼らの計画もここまでは予定通り。
西門に三つ付けられていた閂のひとつは空より降り立ったロックギーガが燃やし、ひとつはロックギーガに乗って侵入したジャダンの火精機によって爆破され、最後の閂はリンローの『レオルフ』のチャージによって破壊されていた。門内で待機していた鉄機兵や兵たちはその場でリンローたちに壊滅させられ、もはや街内への侵入を防ぐ存在はなくなっていた。
『おぉぉおし、街の通路は頭に叩き込んであるな。このまま東門に突撃して、総団長と合流だ。ムハルドの連中を挟んで踏み潰してなぁ!』
リンローの掛け声に兵たちが、半獣人たちが声を上げ、さらには巨獣とロックギーガも咆哮する。半獣人から竜人ともなったリンローは獣機兵乗りだけではなく、獣人やカイゼル族までをも纏め上げるカリスマ性を帯びつつあった。
『いたぞ、裏切り者どもめ』
『ドラゴンが味方についたからといってどうだというのだ』
『対巨獣兵装があれば、空飛ぶ巨獣と大差はない。グッ、なんだ!?』
街の半ばまで来たところでムハルドの兵たちが対ドラゴン用の装備をして待ち構えていたが、それにはロックギーガの背から放られた爆炎球が兵たちのいる建物を破壊していく。
『ヒヒヒヒヒ、だからあっしは高いところが苦手なんですがねえ』
それから、ロックギーガの背からは泣きそうな声が響いてきた。ロックギーガに乗っているのはジャダンが纏った火精機『エクスプレシフ』だ。今の『エクスプレシフ』は機械製の義手をジャダンが手に入れたことに合わせて、右腕が爆炎球を撃ち出す砲身となっていた。それが上空を飛ぶロックギーガの背から撃たれるのだ。
飛行型の対巨獣兵装といえど、射程内にいなければ対処は不可能。ジャダンが高所恐怖症であることを考慮しなければ、それは完璧な組み合わせであった。
『ああ、あいつはあのまま飛ばしてた方が可愛げがあっていいな』
そして、ジャダンの様子を見ながらリンローがそうぼやいた。
勝手をさせれば吐き気がするような所業を行うトカゲ男だが、あのように楽しんでもいられない状況に追い込めばまともに機能はするようである。もっとも気分屋な男だ。ストレスが溜まればその反動も大きいだろうし、使い道は考えてやる必要があった。
ともあれロックギーガたちを捕縛できる兵はもうこの場には居らず、ムハルドの王国東部軍の鉄機兵たちもリンローたちの猛攻になすすべも無く破壊されていく。もはや彼らの進撃は止まらない。一方で彼らの総団長は今、数の暴力を相手に戦いを開始していた。
次回予告:『第208話 少女、かき分ける』
ベラちゃんはみんなを信じています。
今回はお仕置きの必要はないようですね。




