第205話 少女、くまさんのお口にアーンてする
『巨獣機兵!? なぜアレがここにいる?』
ベラが巨大な獣機兵と対峙していると、近隣で戦っていた獣機兵兵団のオルガンの声が通信機から響いてきた。ベラたちは戦場を縦断し続け、今は獣機兵兵団の戦場にまで到達していたのだ。そして、ベラがオルガンの言葉に眉をひそめて口を開く。
『なんだい、そりゃあ?』
巨獣機兵という呼称をベラは聞いたことがない。だが、その意味するところは予想が付いた。
『オルガン。まさかアレは巨獣の獣機兵かい?』
『そうだ、総団長。『巨獣の獣血剤を使った』獣機兵だ』
オルガンが苦い声で肯定する。
『そんなもの、今まで見たことも聞いたこともなかったけどね』
『ああ、そうさ。成功は知る限りは一度となく、俺ら獣機兵とは違って廃棄されたはずの技術だ。ムハルドはそれをまだ続けていたっていうのか!?』
そう吠えるオルガンの声には怒気を通り越して憎悪すらも混じっていた。自分たちを獣混じりに変えてラハールの地に捨てたにもかかわらず、ムハルド王国はまだ研究を重ねていたのだ。獣機兵乗りの半獣人の中では比較的物静かな性格をしているオルガンだが、今は牙をむき出しにして忌むべき同胞である巨獣機兵を睨みつけている。
『ベラ・ヘィィイロォォオオオオオ』
もっともそんなオルガンの心情など関係なく、巨獣機兵からは叫び声が響き渡った。そして、名指しされたベラが眉をひそめる。
『あん? なんだい。人の名前を呼んでくれちゃって。あたしも大概人気者だね』
そうベラは口にするが、そばにいるガイガンは『あの声、まさか』と口にした。どうやら、心当たりがあるようである。
『なんだいガイガン。アンタの知り合いかい?』
『違いますぞ総団長。あれだ。あの声、アッダの砦の司令官じゃないかと。確かモーザンとかいう』
その言葉にベラは目を見開き、それから納得した顔で頷いた。
『ああ、そうかい。あのときの……』
目の前の巨獣機兵の中の中にいるのだろう人物をベラは思い出し、それから目を細めた。ジルガ族の管理する竜の墓所そばにあったアッダの砦。カイゼル族を救出したベラが襲った砦の司令官がモーザン・ノードと呼ばれる男であったのだ。
『そういや、私の側に来るかどうかを聞いていたっけか。これが答えってわけかい? どうも仲間になりたそうな感じじゃあないが』
『貴様にすべてを奪われたぁああああああ!!』
ベラの問いかけには怒りの咆哮が返ってきた。それにガイガンが少しばかり同情の顔をする。
『総団長。ありゃあ、さすがに仲良くしましょうという感じではないでしょうが』
『こっちゃあ殺しもせずにチャンスをあげたってのに、逆恨みってのは怖いね。まったく』
『それで、いかがします?』
モーザンも自ら望んで巨獣機兵になったわけではないのだろうが、それでもモーザンが敵視しているのはベラだ。ゆっくりとだが、腰を落としながら、肉食獣のごとく狙いを定めに入っている。
対してベラは笑って、一歩を踏み出した。
『ご指名だしね。遊んでやるさ。見た目大物だが、ハリボテじゃあなきゃいいが』
そうベラが口にしている途中で巨獣機兵が動き出した。対してベラの方も『ヒャッ』と笑いながら、『アイアンディーナ』の腕からウォーハンマーを手放させ、ほとんど一瞬の動作で腰部の接合部を外し回転歯剣を構えさせる。
それは今や竜殺しとも謳われる、ベラ・ヘイローの代名詞とも言える武器だ。
(装甲が厚いのが厄介だ。先の槍も突き刺さっても動きも鈍らない。けど、だったら)
『こいつらならどうだろうね』
そして、ベラは回転歯剣を起動させ、獣の唸り声のような音が響かせながら『アイアンディーナ』を突撃させる。
『ベラァアアアアアアアアア!』
『ヒャッハァアアアア!!』
激突の瞬間、『アイアンディーナ』は迫る巨獣機兵をわずかに避けながら、回転歯剣を振り抜いた。
『ギャァアアアアア』
なぞるように切り裂かれた巨獣機兵の身体から赤い液体が噴き出た。
それを見て、ベラが眉をひそめる。
『普通に通用するが妙だね。こいつ、本当に獣機兵か?』
ベラがそう考えたのも当然のこと。飛び出た液体はどう見ても血だった。それに操者の座まで到達したわけでもないのに悲鳴が響いたのだ。その様子にオルガンが舌打ちする。
『総団長。そいつはもう融合してやがるぞ』
『ああ、そういうことだね。分かったよオルガン』
オルガンの言葉にベラが首肯する。
獣機兵乗りや竜機兵乗りの末期症状は機体との融合だ。人の意識がどれほど残っているかも定かではないが、モーザンの肉体は巨獣機兵と癒着し、もはや切り離すことはできないのだろう。
『ベラ総団長。歩兵を前に上げて、対鉄機兵兵装で動きを止めますかい?』
『いいや、ガイガン。言ったろう。こいつはあたしがやる。それよりも周りがヤバい。あんたらはそっちをどうにかしな』
ベラの言葉にガイガンが眉間にしわを寄せつつも頷いた。
モーザンが戦場に割り込んだのと同時にムハルドの兵たちは距離を取り始め、陣形の立て直しを図りつつあったのだ。その意味するところはひとつである。
『アレは捨て石代わりか。あいつらはどこまでも俺たちを畜生にしか見てないんだな。クソがっ』
オルガンが怒りのあまり咆哮するが、モーザンは止まらない。
ベラを必死に追い、その度に斬り付けられていく。
『おお、速い速い。けど単調なのは巨獣同様かい』
そもそもベラは巨獣を相手取ることを得意としている。
巨獣狩りを単騎で行い、巨獣を越える存在であるドラゴンすらも倒してきた。
だから相手が巨体であろうともベラは気にせず戦い続けている。
『ヒャッヒャッヒャ。そら、どうだい? 私の誘いを蹴ってまで手に入れた力だ。ダンスを踊りなよモーザン!』
『お前が! お前がいるからこそっ、俺はぁあああああああ』
凄まじい速度での攻撃の応酬。であるにもかかわらず、与えているのは一方だけ。一方だけの装甲が剥ぎ落とされ、一方だけの血しぶきが舞い、一方だけが苦痛の悲鳴を上げる。それは戦っているはずの周囲の兵たちが見入っているほどだ。
『クソッタレ。総団長のキレがヤバいな。だが、アレは』
オルガンが口にするのとほぼ同時に巨獣機兵が両腕を振り下ろし、そして地面に叩きつけられて土塊が舞った。それをわずかなステップで避けたベラが相手を睨む。
『ハァ、ロックギーガとなら良い勝負できたかねえ』
空を飛ばれても機動力でかき回せばドラゴンのブレスも避けられたかもしれない。或いはドラゴンの咆哮を受ければ巨獣の本能が刺激されて怯え、あっさりとケリが着くかもしれないが、そこにモーザンの人間の部分がどう反応するかまでは不明だ。もっとも、目の前の巨獣機兵の力はただ両腕を振り回すだけではない。
『ムッ、なんだい。そりゃあ!?』
ベラが訝しげな顔をしている前で、巨獣機兵が一歩退いて口元を広げた。
内部で何かが回転していく音がし、それを耳にしたベラの全身が総毛立った。
『こいつは……』
ベラの勘が一気に警鐘を鳴らしていく。
そうしている間にも巨獣機兵の背部装甲が次々と開かれ、銀霧蒸気がパイプより凄まじい勢いで噴き出していく。アイアンディーナ内のメーターが、周囲の魔力が急速に減っていることを示している。
『まずいね。ガイガン、近付くな』
『総団長!?』
この巨獣機兵の素体は、フェルノグリズリーという『氷のブレスを吐く』巨獣だ。その巨獣のブレスは、鉄機兵との結合により強固な兵器へと変換されていた。
『これがコイツの真価かいッ』
ベラが叫び、氷混じりの竜巻が吹き荒れて周囲が凍り付いていく。それはベラすらも戦慄する威力と範囲だ。
瞬く間に周囲が凍り付き、ベラが右腕からブレスを出すが竜の心臓起動なしではそれもほとんど意味をなさない。であれば、ここを切り抜けるには起動させるしかないとベラは目を細めた。
『やむなしだね。悪いが出番だよデイドン!!』
次の瞬間、ベラの叫びと共に氷結の竜巻に対して炎のブレスが吹き荒れた。そして、両者の間で爆発が起きるとベラはフットペダルを踏んで『アイアンディーナ』に飛びかからせて、
『ヒィッ、ヒャハァアアア!!』
『ヒギャァアアアアア!?』
巨獣機兵の口元へと回転歯剣が突き刺さったのである。
次回予告:『第206話 少女、くまさんを殺る』
おかしいですねベラちゃん。前回と予定が違います。
次はちゃんと殺りましょうね。約束ですよ。




