第203話 少女、餌になる
『殺せぇええ』
『ベラ・ヘイローだ。隊長たちの仇だぞ』
『隊列を組め。ひとりで勝てる相手と思うな!』
叫び声が木霊する。そこでは憎悪の炎が吹き荒れていた。
つい先ほどまでの戦士としての猛りを超えたモノがそこにはあったのだ。
それは戦場に一機の赤い鉄機兵が現れたことで生じた変化であった。
『ガイガン隊長。こりゃあ』
『言うな。ワシらの役割は総団長のお守りだ。背に近付けるな。護り切れ!』
その赤い鉄機兵に続き、ガイガン率いる竜撃隊も戦場に参戦していた。
現在はヘイロー大傭兵団とムハルド王国東部軍の開戦よりすでに1時間。数の差においてはムハルドに劣るヘイロー大傭兵団であったが、カイゼル族とドーマ族という北部族の中でも戦闘に長けた部族、それに獣機兵兵団の存在により質の差においては勝り、一進一退の様相を呈しているところであった。だが、そんな戦場に穴を開けるかのような事態が発生した。
それがヘイロー大傭兵団の総団長ベラ・ヘイローの乗る赤い鉄機兵『アイアンディーナ』率いる竜撃隊の登場であったのだ。
『ヒャッ、これだ。こういうのがいいのさ。まったく後ろで待ってるのはやっぱりあたしの性に合わないねえ。遊び相手がいないのはお子さまには辛いモノなんだよ。そう思うだろ、あんたらもぉ!』
『ふざけたことを。取り囲め。アレを討ち取れば戦いは勝利ぞ!』
戦いの場で少女と兵たちの声が響き渡る。
ベラの特攻は、端から見れば正気の沙汰とは思えぬ無謀にも等しいものだ。だが、結果としてムハルド王国東部軍は我先にと敵の総大将へと向かうものの仕留めることができず、戦場は混沌と化していく。
『ベラ様。ケフィンより連絡です。北西より騎士団が近付いてきています』
『入れ食いだね。ならこっちは南東に動いて誘導する。アイゼンには真横に延びたところをブチかませと伝えな。上等な囮を使ってんだ。このまま、上手くやるよ』
己を囮と嘯くベラの通信を横で聞きながらガイガンは苦笑いしか出ない。
考えなしに暴れているようで、彼らを率いている少女の頭はまったく熱くなっていなかった。
おおよその敵の動向を魔力の流れを読む竜眼で感知し、魔獣使いであるケフィンの憑いた魔鳥による上空からの観測をパラを通しての通信で受けながら、それらを基に戦場を操る芸当まで見せていた。
対して敵はクレバーとは言い難い。元よりムハルドの兵たちは必要以上に殺気立っていたが、ベラが出てからの彼らの激情は普通ではなかった。だが殺気立っていようとも連携も取れぬ相手では、ベラを倒すには至らない。ムハルドの鉄機兵たちが我先にと動き出すのをベラは一機ずつ確実に潰していく。
『お行儀が悪いねえ。順番に来てくれれば相手してやるさ』
『クソッ。炎を吐き出すか。歩兵は下がらせろ。この状況では味方に踏み潰されかねん』
併走して動いている対鉄機兵兵装持ちの歩兵も、時折牽制としてベラが振りまく炎のブレスによって近付くこともままならない。何より敵味方の鉄機兵が入り乱れて、入り込む余地がなくなってきてもいた。併せてガイガンたち竜撃隊の存在が、ムハルドの兵たちをベラに近付けるのを阻み続けてもいるのだ。
『ベラ総団長に置いていかれるなよ。兵団との連携も忘れるな』
ガイガン率いる竜撃隊は本来であれば槍鱗竜ロックギーガの戦闘運用に合わせて編成された部隊だったが、同時にベラの親衛隊としての役割もある。故に現在は、ガイガンの指揮の下でベラを取り囲ませないようにするのが彼らの役割となっていた。
そして、それこそがベラがガイガンに求めたもの。己という戦力を存分に動かすための部隊こそがベラの望む竜撃隊であった。
『いやあ、背中を気にしなくていいってのは楽でいいね』
それらすべての状況を把握しながらベラが笑う。けれども、その目は絶えず周囲への警戒を緩めない。
すべては順調だが、それも一時的だろうとベラは割り切っていた。浮き足だった敵ももうじき頭も冷えるだろうと。
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「不味いですね。我が軍は陣形を自ら崩し始めている」
副官のモーゼルの苦々しい言葉にザモスが舌打ちをする。
ベラが戦場で暴れている一方で、交易都市レオールの門前に陣取ったムハルド王国東部軍の陣営の中心では嬉しくない報告が飛び交い続けていた。そしてそれらの報告を受けているザモスは苛立ちを露わにした顔で戦場へと目を向けている。
ベラ・ヘイローの出現によりムハルドの兵たちが我先にとベラを狙って動き始めているのだ。普段に比べて実にお粗末な動きだが、それもザモスがベラを使って軍を煽り続けていたからこそのこと。
であればこそ、自制の利かぬ軍に仕立てた自身の迂闊さを彼は自覚していた。
「憎しみを煽りすぎたか。それに運良く仕留められるとは考えん方が良かろうな。あの化け物め」
苛立ちを隠さぬザモスの言葉にモーゼルが頷く。
カイゼル族包囲網での襲撃を利用し、ベラへの憎しみを前面に押し出す形でザモスは士気を上げていた。その甲斐もあって確かに兵たちの勢いは付いていたが、肝心の獲物が前線に自ら出てきたことで兵たちの制御が利かなくなってきていた。
ベラがただの猪侍であればそれでも良かったろう。追い詰めて誘い込んで狩り取れば良いだけのことだ。けれども相手は狡猾に獲物を狩り取る狩猟者の如き動きを見せている。今も攻撃と同時に移動を続けて戦線を乱し続けている。先ほどの報告ではドーマ族に横から突撃される形で騎士団のひとつが壊滅すらしているのだ。
「どうやら我が兵たちには少しばかり薬が効き過ぎたのでしょう。現状出過ぎた兵は退かせ、ベラ・ヘイローを足止めさせるべくマズダ団長のアイレーン騎士団を中心に包囲を行うよう指示を飛ばしています」
「当然だな。さすがにこれ以上の無様は見逃せん」
頷くザモスにモーゼルが続けて尋ねる。その視線はこの場よりも後方に置かれている檻のひとつに向けられていた。
「それとアレはいかがしましょう? ベラ・ヘイロー出現の報を聞き、暴れ出しているようですが」
その問いにはザモスが目を細めて、少しだけ考え込んだ。
「ヤツか……アレこそもはや手に負えんな。行かせてやれ。そのために用意したのだ」
そうザモスが口にしたのとほぼ同時に、鉄の砕ける音と兵たちの悲鳴が響き渡った。
「どうやら指示を出すのが遅かったようですな」
モーゼスがすでに柵が砕けた檻を見て、そう口にした。
すぐさま大盾持ち鉄機兵たちがザモスたちを護るように周囲に並び立つ。その様子にザモスが苦々しい顔をした。
「制御は利かぬし、使い捨てにしかならぬ。だから嫌なのだが……あるものは使わんとな。兵たちに伝達しろ。巻き添えを食らうなとな」
動き出した巨大な物体を見ながら、ザモスがそう指示を飛ばす。
また、檻から出た血走った瞳をした巨大な獣は、ザモスを一度睨んでからすぐさまその視線を戦場に向けると、一気にその場を駆け出していった。
そして、それこそはかつてモーザン・ノードと呼ばれた砦の指揮官の成れの果て。それが今、ベラを狙って動き出したのであった。
次回予告:『第204話 少女、くまさんに会う』
すごーい。
みんなは小さな女の子に興奮を隠せないフレンズなんだね。
熱烈な歓迎にはベラちゃんも思わずにっこりです。
次回、大きいくまさんが出ます。




