第202話 少女、餌を用意する
交易都市レオール。その正面にある平原では、ヘイロー大傭兵団とムハルド王国東部軍の両軍が向かい合っていた。その最前面で前に出たカイゼル兵団団長カール・カイゼルとアイレーン騎士団団長マズダ・アイレーンが互いに口上を述べ、戦闘開始を互いに宣言したことで両軍は進軍を開始した。
戦いの咆哮や鉄と鉄のぶつかり合う音が響き渡り、銀霧蒸気が吐き出され、鮮血が舞う。ヘイロー大傭兵団の士気も高いが、ムハルド王国東部軍も怒りの混じった気迫に満ちていた。
『怒ってるねえ、あいつら』
後方で待機している『アイアンディーナ』の中で、ベラが戦いの様子を見ながらそう呟いた。
敵軍の兵たちから漏れる魔力に乗った感情に怒気が混ざっていることをベラは竜眼によって敏感に感じ取っていたのである。
『ワシらを捕まえようと包囲していた連中ですからな。あのときの総団長の襲撃がよほど痛かったのでしょう。まあ、同情はしますが』
ガイガンの言葉にベラが『ヒャハッ』と笑う。
なお、ベラ直属の竜撃隊隊長であるガイガンの今の役割はベラの護衛だ。
そしてムハルド王国東部軍がベラの襲撃によってただならぬ損害を被っていたことは、捕らえた敵兵への尋問や諜報によって得た情報からすでにヘイロー大傭兵団の間でも明らかになっている。故にこの戦争が、彼らにとって都市を護る戦いであると同時にベラに対しての雪辱戦でもあるのだとはベラたちも理解していた。
『戦う前に上官がボコボコやられてたってんだ。我ながらいい仕事をしていたよ』
『ザモスもただならぬ傷を負ったと聞いておりますからな。一兵に至るまで今の彼らにあるのは闘争心のみ。油断の欠片もないでしょう』
竜眼を持たぬガイガンだが、戦士としての長年の経験から渦巻く闘気が戦場全体に充満しているのは感じとれていた。
『とはいえ、それに怯える弱兵は我が軍にはおりませんが』
しかし気迫十分なムハルド王国東部軍が相手であっても、今のヘイロー大傭兵団は負けていない。何しろ北部族の頂点にあったマスカー、ドーマ、カイゼルの内の二部族が率いる兵団に、三年前のラーサ族同士の戦いを終わらせた獣機兵兵団が主力となっているのだ。
『それに叔父上たちも張り切っておるようですしな』
それからガイガンが見た先はドーマ兵団だ。
特に彼らの戦いは激しく、ムハルドの兵たちを蹴散らし続けていた。それもただの力押しではなく、アイゼンを中心とした鉄機兵と歩兵の対鉄機兵用兵装との連携が光っているようであった
『なるほど、派手に見えて上手く立ち回るもんだ。さすがに三年ムハルドと戦い続けただけはあるかい』
『カールにも習わせたいですな。アレは経験なくしては無理な動きだ』
それにはベラも感心した顔を見せた。
個人としての戦闘力もアイゼンはベラに次ぐものがあったが、仲間たちとの連携によってその実力は大きく跳ね上がるようである。それは個人での戦闘に特化しているベラにはないものだ。
『それでパラ。街の中はどうなってるんだい?』
『はい。魔獣使いからの魔鳥での監視報告によれば、戦力はこちら側に集中しています。反対側の門に対しての警戒は薄いようです』
ベラの問いに、広域通信型風精機で戦域の中継を行っていたパラからのすぐさま返答が来た。
『また、あちら側に魔獣使いの使い魔はいない可能性が高いとの報告もあります』
『不信感から、相手が獣人を起用していないのが効いていますな』
ガイガンが笑ってそう口にした。ダール将軍が雇っていた獣人の一族が裏切った事実が、彼らの中で獣人の扱いを危ぶませていた。
『にしてもだ。後ろがお留守とは、砦が落とされたことに気付いてないのかい?』
『どうでしょう。『あちらは』獣人たちが主力なので、通常とは違うルートを通って移動しているとは聞いていますし、可能性はあるかと』
『そうかい……なるほどねぇ』
そう言いながら、ベラが考え込む。
予定としては、自身らに十分に意識を引きつけてからの行動を予定していたのだが、それからベラは『良し』と口にした。
『数日かけてとも思ったが……行けるのであれば、行ってしまうのも手かね』
その言葉にガイガンが眉をひそめながらも口を開く。予定とは違うが、ベラの意図を察して頷く。
『総団長が、そう判断するなら従いますがね。けれども、このままこちらに釘付けにできますかな。気付かれれば連中が壁の内に下がる可能性もありますぜ』
その言葉にベラがニヤリと笑って、己を見た。
『だったら……ガーメの首が隠れちまわないように、美味しい餌をくれてやるさ』
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『厄介だな』
自らの鉄機兵に乗ったザモスがそう呟いた。
ベラたちと同様に後衛にいるザモスだが、見る限り戦況は思いの外、芳しくないようだった。
数の上では上回っているものの、押し切れない。それどころか拮抗しているどころか、押し込まれているところすらもあった。
『やはり、ドーマ族の増援は痛かったですね』
副官のモーゼルの言葉にザモスは『まったくだな』と返した。
この三年、隣国に逃れて襲撃を繰り返しては悩ませ続けていたドーマ族の参入は彼らにとって大きな痛手だった。
そもそもドーマ族のポジションは、本来であれば戦力的には劣る雇いの傭兵団が担うはずだったのだ。
『アレを通したアッガ伯爵らには、後で手痛い目にあってもらうが……しかし、獣機兵たちの統率が取れているのも気に入らんな。元よりああなら、僻地に飛ばす必要もなかったろうに』
獣機兵乗りは、気が狂って人を喰らうようになることが戦後に発覚したために英雄から畜生扱いへと変わり、蔑まれる存在となった。もっともそうでなくとも獣機兵はもはや人と思えぬ、魔獣に近い動きで戦場を闊歩していたために、今のヘイロー大傭兵団のように軍団としての動きが取れること自体がザモスにとっては考えられないものであったのだ。
それは半獣人となって三年を生き延びた獣機兵乗りたちの研鑽の結果ではあるが、そのことをザモスは当然知らない。彼らは獣機兵を腫れ物として扱い、捨てたも同然でラハール領に追いやったのだから。
『ともあれ、ヤツらの突進力は馬鹿にできん。やはり、一度下げてこちらの陣に引きずり込むのが定石か』
正面衝突は、兵たちの士気を考慮してこそだ。目の前で上官を、仲間たちをベラに奪われた鬱憤が彼らにはあった。怒りを勢いに変えて普段以上の力を発揮できると考えてこその指示であり、それ自体は間違いではなかったが、それに抗せるだけの力が敵にはあったのだ。
『頃合いでしょう。一時退かせ、壁を盾としてやつらを削りましょう』
『そうだな。であれば』
それからザモスが指示を飛ばそうとした直後のことである。
『報告いたします。赤い鉄機兵の存在を確認。ベラ・ヘイローが戦場に現れました!』
その通信兵よりもたらされた情報は、敵の首魁ベラ・ヘイローの出現であり、それは彼らの中に宿る怒りの炎が再び燃え上がった瞬間でもあった。
次回予告:『第203話 少女、餌になる』
熱烈な歓迎にベラちゃんたちもにっこり。
けれども、ベラちゃんたちもこっそりとサプライズを用意しているのです。
みなさん、喜んでくれると良いのですが。
※来週はお休みです。次回の更新は2月13日0:00となります。




