第201話 少女、目的地に着く
「あいつら、大人しくなり過ぎじゃあないかい」
交易都市レオールのすぐそばの丘、そこに現在ヘイロー大傭兵団は陣を張っていた。その陣地の中央に設置された天幕の中で、ベラが少しだけつまらなさそうな顔でそんなことを口にした。アイゼンとの一戦以降、合流したドーマ族の態度は一変し、問題ひとつなくここまで辿り着いていたのである。
「ベラ様の戦いを見て、彼らも力のほどが分かったのでしょう」
その場にいる従者パラがそう答える。その言葉は誇張ではなく、確かにアイゼンとの戦いを目撃したドーマ族からは最初の天幕での無礼な態度はなりをひそめ、今ではアイゼンに対するものと変わらない態度でベラに接していた。そこにパラと共に天幕内にいたガイガンが口を開く。
「アイゼン叔父上の孫娘…というのも効いておるのでしょうな。ドーマ族へと別個に兵団を設けたのは、血筋故ですかな?」
その言葉にベラが「ハッ」と笑った。
現在のヘイロー大傭兵団は、ラーサ兵団と付けられていたカール率いるカイゼル族と北部族の軍勢をカイゼル兵団と名付け直し、アイゼンが連れてきたドーマ族を始めとする北部族の一派をドーマ兵団として新設していた。そこに獣機兵兵団と雇いの傭兵団、それに獣人たちを合わせた五つの兵団がヘイロー大傭兵団の戦力であった。
「別に今更ジイさんだって言われたところで、あたしに思うところはないよ。ただ必要だからそうしただけさね」
アイゼンが己の祖父であるという事実をベラは戦いの後に知らされたが、一族との繋がりはベラの両親が一族を抜け出した時点で、またその両親との繋がりも奴隷として売られた時点でも切れているとベラは口にし、己がドーマ族であることを今の時点でも認めてはいない。
「それよりもカイゼル兵団からドーマ兵団への移動希望が結構あるようだね。カールは案外人望がないのかい?」
「身内の自慢になりますが、アレは人の上に立つ器ではあります。だが、北部族が割れた原因がカイゼル族であると考える者も少なくはありませんし、それは見方によっては間違ってもおりません。もっとも、あの当時に一致団結して挑んだとしても最後には全滅だった可能性の方が高かったでしょうが」
ガイガンがそう答える。
三年前に行われたラーサ族の北部族とムハルド王国の戦いでは、ローウェン帝国がムハルド側に協力していた。当時のムハルド王国は自身らの兵たちを獣機兵化させるなど、帝国より与えられた力に依存してもいたのだ。
戦争が終わった後には獣機兵の後遺症の問題もあってムハルド王国もローウェン帝国とは距離を置くようになっていたのだが、あのまま戦いが続いていれば、国自体がローウェンに乗っ取られていた可能性は高いとガイガンは考えていた。
「確かにな。それはお前の言う通りだガイガン」
「アイゼン叔父上か!?」
突如として天幕の外から聞こえてきた声に、ガイガンが眉をひそめた。それからベラが天幕の入り口に視線を向けながら「アイゼンかい。入ってきな」と口にすると、天幕へアイゼンが入ってきた。
「失礼。ガイガンの話が聞こえてきましてな」
「む……」
「ちゃんと聞こえていたわけではありませんが……三年前に戦いが続けば……という話であったようで」
その耳の良さにガイガンが眉をひそめ、ベラが少しだけ笑って頷く。
「やはり、そうでしたか。まあ、確かに当時の北部族が結集したとして勝てた可能性は薄かったのは間違いないでしょうが……な」
そう言いながら、アイゼンがガイガンへと視線を向ける。
「だとしても、それでも戦士の終わりをカイゼル族が汚したことには変わりない。多くの戦士たちが隷属を強いられ、無残な終わりを迎えた者も少なくはない。カイゼル族こそ恥辱にまみれた扱いを受け続けてきたとも聞いていますしな。それにガイガン。お前の息子の目論見も結局のところ、ベラ総団長がいなければ成功していたとは思えない。玉砕か、夢破れ我らの傘下に入っていた可能性は高かったであろうよ」
「それについては返す言葉もないな叔父上」
アイゼンの言葉をガイガンが認める。
カール・カイゼルがムハルド王国への反抗を企てるための準備をしていたことは事実だが、今の時点での状況を顧みれば、カールだけでは成功の可能性がほとんどなかったのはガイガンも認めるところだ。少なくともムハルド王国内にいたカイゼル族についてはベラの助けなくば壊滅していたのは間違いない。
「ふん、まあいい。すべてを水に流す気もないが、お前たちが今は戦場に立つ覚悟を持っている以上、ワシからはもう何か言うつもりもない。いずれ貴様のウォーハンマーが答えを示してくれるだろうさ」
「ああ、見せてやるぞアイゼン叔父上」
ガイガンが頷くと、そのふたりの会話を遮る形でベラがパンパンと手を叩く。
「そこまでだよ。交流を深めるのは結構だ。だが、今はもっと重要なことがあるだろうアイゼン。状況はどうなんだい?」
「はっ、そうでしたな。やはりレオールは堅牢の一言に尽きますぞ。正面から挑んで門をこじ開けるのは難しいでしょう」
アイゼンがそう報告する。
アイゼンがここにやってきたのは、交易都市レオール攻略戦の準備状況をベラに報告するためであったのだ。
「まあ、当然かい。実際あの街は王都に次ぐ堅さだろうが……とはいえ問題はないさ。リンローはすでに機動部隊と共に動いている。そうだろう、パラ?」
「はい。タイムスケジュールの誤差は今のところありません。こちらの動きにあわせて、作戦は速やかに進行されることとなるでしょう」
そう言ってパラが力強く頷く。すでに魔獣使い経由による魔鳥同士の連絡網によって、別働隊の準備も進められている。
「連中が攻め込まずに縮こまってくれているおかげで、こちらも予定通りにことが進められるわけだ」
レオールに近付いた時点であちらからの先制攻撃が開始されることもベラは想定していたのだが、ムハルド王国東部軍はヘイロー大傭兵団を待ちかまえる形での戦いを展開する腹積もりのようで、現時点までに相手からの襲撃はなかった。
「ま、他から増援が来る可能性を考えると、早急に街は落としておきたい。そして、今回あたしらの役割は連中を引きつけることだ。与えられた仕事をしかとこなしてもらうよふたりとも」
その言葉に、アイゼンとガイガンが頷く。そしてベラはパラたちにそれぞれ指示を出すと、自身も立ち上がって進軍のための準備を進め出したのであった。
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「動き出したか」
ベラの指示でヘイロー大傭兵団が行動を開始した一方で、交易都市レオールの中央施設内ではムハルド王国東部軍の将軍ザモスがそんなことを口にした。そして、そのザモスの前には彼に報告に来たマズダ団長が立ち、ザモスの言葉に頷きを返していた。
「ハッ。ヘイロー大傭兵団、全隊が進軍の準備を開始したようです」
「こちらが待ち構えていることは分かっていように、構わずか。それで、ドラゴンの姿はあったのか?」
ザモスが眼光鋭くして続けて尋ねる。もはやドラゴンという存在は彼にとってのトラウマとなっていた。
魔術師の治癒によって回復したことでもう包帯を巻かれていないが、ザモスの顔は火傷跡のせいで斑になっていた。
「後方にそれらしき姿はありますが、動き出す様子はないようで」
遠目から見れば、それらしい大きな影は確認できたとの報告をマズダは受けていた。ただ動く様子はなく、現時点では戦闘に加わるのかも判明はしていない。
「となると戦力を温存するつもりか?」
「かもしれませんが、空を飛ぶ以上、交戦中に城門を内側から狙うつもりなのでは? あのベラ・ヘイローの機体も空を飛ぶようですし」
横にいる副官モーザンの言葉にザモスが「分かっている」と返す。
「今回はこちらも対飛行型巨獣対策の兵装は用意してある。単独で入り込んでくれば、いかにドラゴンといえど倒しきることは可能だろう。ベラ・ヘイローでも良いがな」
以前の経験を経て、空への対策はすでに準備済み。対鉄機兵兵装には対空は存在していないが、その大元である対巨獣兵装には飛行型に対応したものもある。一度大損害を被ったザモスは、それらを集めてヘイロー大傭兵団に対して備えていた。
「それと、やはり報告があった通りにドーマ族の一派が傘下に入ったようです。狂戦士アイゼンの機体も確認されています」
「あの忌々しい反乱軍か。まさか国土を一直線に蹂躙して合流するとはな」
苦々しい顔をしたザモスがそう言い捨てる。ムハルド王国領内の防衛線を抜け、追い詰めた反乱軍が迷うことなくヘイロー大傭兵団に合流してしまったことは、彼らにとって大きな誤算であった。
「工作も意味を為さぬとは、戦闘狂め。嗅覚の鋭さは相変わらずか」
ムハルドに支配された北部族とドーマ族を仲違いさせるための工作は常時行われ続けてもいたのだが、それらもアイゼンたちには功を奏さなかったのだろうとザモスは理解していた。実際のところは、そこもまたベラという要素が入ったことで回避されてしまったのではあるが、それは神の視点持たざるザモスには分からないことだ。
「まあ良い。ともあれ来るのであれば迎え撃つのみだな。厄介なのが纏まったと考えれば良かろうさ」
そう言ってザモスが立ち上がり、それからモーゼルとマズダを見た。
「では、行くぞ。この地で反乱軍を一掃し、ムハルドの不安の種を刈り取る。すぐさま準備を!」
そしてムハルド王国東部軍も動き出し、ここにレオール攻防戦が開始されることとなる。だが、彼らはまだ気付いていなかった。ベラたちの軍勢とは別の方向からも脅威が迫っていることを、彼らは未だ把握していなかったのである。
次回予告:『第202話 少女、街に訪れる』
どうやら、街のみなさんも歓迎してくれるようですね。
ご馳走もたくさん用意されていますよ。
さあベラちゃん、お友達と一緒にいただきに参りましょうか。




