第01話 幼女、首を売る
その日、ルーイン王国のハロルド騎士団は奇妙な光景を目撃していた。
この数ヶ月、ハロルド騎士団は近辺を荒らしているヴァルハルアという盗賊団を追っていた。そして数日前にその動向を掴み、盗賊団が向かったというロクの村に急ぎ進軍したのだ。
しかし、いざ村にたどり着いてみれば、村人の亡骸が無惨な姿をさらしてそこら中に転がっていた。その村はそれはもう一目見れば分かるぐらいに完璧に壊滅していた。生き残っている者はなく、聞こえるのは僅かに残った家畜の鳴き声くらいだったのだ。
すでに騎士団に目を付けられていた盗賊団である。拠点もなく、村を襲っても村人を奴隷に流すような伝手もない。なので彼らは単に食料と僅かな村の蓄えの金銭を手に入れるために襲い、助けを呼ばれぬ為に村人を皆殺しにしてしまったのだろう。
もっとも、それはそれほど珍しい光景ではなかった。嫌な話ではあるが、騎士団も盗賊を追っている以上はそうした悲劇を何度となく見ている。だから、それ自体は問題ではなかったのだ。
そして騎士団にとって問題だったのは『追っていた盗賊団が全滅していた』ということだった。
状況を見る限り、どうやら盗賊団は鉄機兵同士による争いの末に全滅したようである。
この鉄機兵というものは人が乗って操る3~4メートルほどの鉄の巨人であり、盗賊団のものらしき鉄機兵が一機、家屋にもたれ掛かるように崩れ落ちており、もう一機の鉄機兵も村の中央の広場で仲間の盗賊を巻き込んで潰しながら転げて倒れていた。また、そのどちらの鉄機兵も核である竜心石は破壊されており、既に死んでいるようだった。
ここに来るまでに騎士団には、ヴァルハルア盗賊団が所有する鉄機兵は3体と報告されていた。だが、村に残されていた鉄機兵は破壊された2体のみだった。そして、残り一体は、まだ3メートルほどの若い機体だったと騎士団は聞いていたのだが、村にはその姿はなかった。
なので恐らくは、この場で盗賊団を壊滅させた誰かがその若い機体だけは売るために持ち去ったのだろうと推測がなされた。
いずれにせよ、騎士団は出遅れ、手柄は何者かに奪われたのには違いない。そしてハロルド騎士団は自分たちの行動が徒労に終わってしまったのだと知ったのだった。
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それは、壊滅した村の様子にハロルド騎士団が困惑しているのとほぼ同時刻のことである。ロクの村より西にあるヤルケの街の傭兵組合所では少しばかりの騒動があった。
「なるほどねえ。君がこれを収穫してきたと」
傭兵組合所の受付でミラン・ヴァウは頭を抱えながら、報告書に記入していた。それはこの場に似つかわしくない目の前の少女が原因だった。
「ゴロゴロとなってたからねえ。もぎ取るのは初めてだったからちょっと傷んだのもあるけどさ。まあ美味しそうなのだけ見繕って持ってきたんだよ」
そう話す褐色肌でブロンド髪の少女にミランは引きつった顔で相づちを打つ。
交わしている内容は『収穫』と言われる傭兵たちの間でよく交わされる例え話だ。そして目の前の少女はその例え話でいうならば、たわわに実ったおいしいモノをいっぱい収穫してきたので買って頂戴な……と言っているのである。まるで村から街に収穫物を売りに来た女の子が口にするような話ではある。収穫物の内容を考えなければだが。
(ああ、村に住んでたんだったっけ?)
ライラの村出身のベラ・ヘイロー。さきほど受け取った書類にはそう記入してあったのをミランは思い出す。しかしミランは即座に、ないな……と考えた。目の前の少女の異質さから考えれば村の中で普通に育ったなどという戯言は到底受け入れられるものではなかったのだ。
このミランの所属する傭兵組合というものは、大陸全土に存在している傭兵たちを取り仕切る組織の名称である。とはいってもそれらは皆ひとつの組織というわけではない。傭兵を斡旋し金銭のやり取りを仲介する仕組みを持つ組織の総称がそう呼ばれているだけのことで、大概の傭兵組合はその地方の領主、或いは国が直接運営している組織である。
また、戦争も起きていない国内の街中に傭兵組合所などというものがあるのは、盗賊や魔獣、巨獣の討伐依頼や報酬の換金所も兼ねているためである。人々を襲うのは戦争や飢餓だけではないのだ。
とはいえ、傭兵組合に子供を加入させることなど本来は想定していない。だが、そこは実力主義を謳う組織であり、年齢制限なども設けてはいなかった。
それにミランの目の前の置かれたシロモノのおかげで、加入申請を子供の戯言と無視することも出来ない。さらにはさきほど渡された書類の内容にも不備はない。そもそも筆記が出来なかったとしても、ミランたち職員が代筆すればよいだけのことでもあるのだ。つまりはベラ・ヘイローという少女を傭兵組合に加入させることは、ミランの一般常識からくる忌避感以外には、なんの問題も存在していなかった。
「まあ、いい。ベラさんだったっけ。とりあえず書類は問題なし。組合の組員にも今日中にも登録できるよ」
よってこの時点で、ミランは目の前の少女を少女として扱うことを放棄することで問題点をなかったことにした。ミランにしてみれば少女と言うよりはどことなく田舎の意地の悪い方の祖母に似ている気すらしてきている。さきほどからのやり取りでもとても子供を相手にしているとは思えなかった。
「そうかい。そんじゃあすぐに金をくれないかい。こっちは急いできたんでね。もう腹ぺこなのさ」
ポンと腹を叩くが、田舎娘にしては多少育ちが良さそうだという程度の体格である。特に良い音もしない。
「金ねえ」
ミランは唸る。目の前の賞金首は問題なく換金できるだろうが、しかしすぐさま賞金を渡せるというものでもない。それよりもミランはベラの言葉に引っかかるモノを感じた。
「それで急いできたってのはなんなんです? 鉄機兵に乗ってきたってのは聞いたけれど」
さきほど聞いた話では少女は盗賊団から鉄の巨人である鉄機兵を奪って、その場で盗賊団を壊滅させてきたのだという。ミランも、いかに目の前の少女が子供らしくない存在だとしても、鉄機兵の心臓部である竜心石を見せてもらうまでは、さすがに少女の言葉を信じられなかった。
その竜心石は他のモノに比べればまだ小さくその赤色も明るい。一般的な認識では竜心石のサイズは魂力の吸収量を示し、色の明るさは若さを示している。ベラが奪ったのは戦闘経験の少ない若い鉄機兵なのだろうとミランは理解していた。
そして、その子供らしからぬ少女は、ミランの問いに「ハッ」と忌々しそうに笑った。
「騎士団が来るって聞いたからねえ」
ベラの言葉に、ミランは「ああ……」と頷いた。
確かにヴァルハルア盗賊団はルーイン王国の騎士団が追いかけていたとは報告が入っている。そして一般的に知られている騎士団ならば、それを横からかっさらった相手を殺して自分たちの手柄にするなんてことぐらいはやるだろう。そのベラの意図を察してミランがかすかに笑う。
「うちの国の騎士団は比較的まともだから、別に横取りなんぞしなかったと思いますよ。特に追っていたハロルド騎士団の評判も悪くはなかったハズですしね」
「おや、そうなのかい?」
ミランの言葉に意外そうな顔をしてベラは問い返した。
「だったら慌てずにそこらへんのもん回収しとくべきだったね」
そういって悔しがる姿は普通の子供のようである。
「しかし、どうやって騎士団のこと知ったんですか? まさか騎士団を尾行して先んじて襲ったとかないですよね?」
その言葉にはベラは首を横に振る。
「あー違う違う。えーと、これから聞いたのさ?」
そして、転がっているもののひとつをベラが指さす。それは形こそ綺麗ではあるが、その表情は苦痛に歪みきっていた。
「ちょーっと隠れて見てたら、村の連中をさっさと殺してたんでね。ま、お楽しみもせずに女にまで手をかけてたから妙だとは思ったんだよね、あたしゃ。なんでちょっと絞めたら騎士団が来るんでさっさと逃げるつもりだったって言うんだよ」
「なるほど……」
ミランはため息をついた。見た目は少女だが、この言い様は手慣れた傭兵のものである。魔術で若返るなど大魔術師でもなければ無理だろうし、かといって目の前の少女は大魔術師にしては俗物過ぎる。ともあれ、ミランにとって目の前の少女がマトモな存在ではないという認識には変わりはない。
「まあ、どのみちモノはあるんだ。金は払いますけどね」
「ひゃっ、結構だよ。そんじゃあ金だよ。金。はようおくれ」
ベラは手をニギニギとしながら、そう口にした。だがミランは苦笑いで首を横に振る。
「すみませんが、賞金を出すには手配の人物かの確認が必要なんですよ。それに組合への登録も少しかかるんで、今からだと2〜3時間くらいにはなるんですが」
しかし、その言葉にベラは憤慨する。
「おいおい、冗談じゃないんだけどね。こっちゃあ、こんな育ち盛りだってのに昨日の夜からロクに食べてもいないんだよ」
そう言うだろうなとはミランも思ってはいた。なのでミランはため息をつきながら「少し待ってください」と口にして自分の財布を取り出す。そして、とりあえず後の報酬分から引いておくと言いながらポケットマネーから食事代を手渡したのである。
そしてベラは「ヒャッヒャ、さっさと渡しゃあいいんだよ」と引ったくって、そのまま悠々とした足取りで組合所を出て行ったのであった。
「なんですかい。ありゃあ?」
ベラが出て行ったのを見届けたゲートキーパーの男がミランのところまで歩いてきて尋ねた。当然ミランはその答えを持たない。
「知らないよ。とりあえずガキに偽装しているような人物だ。まともじゃないが腕は立つんだろう」
「へぇ、偽装ってそんなこと可能なんすか?」
「さあな。小人族ではなさそうだったが、あれがただの子どもと考えるよりは俺の精神が安定するってだけの話だ。一応、注意人物として頭に入れとけ。下手に騒がれて余計なトラブルに会うのはごめんだ」
ミランの言葉にゲートキーパーが頷いた。
「いいですが、中はともかく外の連中にゃあ伝わりませんぜ。ツラは悪くない。すぐに襲われまさあ?」
「別にあのお子さまを保護したいワケじゃない。この組合所の中以外で殺されてくれるんなら、その方が助かる」
「了解っす」
そういってゲートキーパーは回れ右をして、扉へと戻っていく。
「やれやれ」
そう口にしてミランはイスの背もたれにゆっくりと体重をかけてため息をついた。
元よりあの少女もどきの身の安全についてはミランは心配はしていない。あの何かしらの面倒の臭いを発する少女が襲われて殺されるなり、もしくは売り飛ばされるなりするならそれはそれで構わなかったし、自分でも言ったとおり面倒事の臭いが消えてくれるなら助かると考えていた。
(ま、そう簡単にくたばりそうもないツラだったが)
そして、背中のウォーハンマーの血のこびりついた跡を見れば襲う方も相当に腕が立たねば返り討ちにあうだろうなとミランは考えた。全くもって厄介そうな相手だろうと。