第198話 少女、親戚に会う
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「北部族が合流してきた?」
ベラがその報告を受けたのは、交易都市レオールまで後三、四日というところでの野営地であった。ここに至るまでに小規模な襲撃こそあったものの順調に進んできたヘイロー大傭兵団だが、現時点での戦力は予想されたレオールのものよりも些か見劣りがあると予想されていた。
それを補充するための準備をベラたちも整えてはいたのだが、そこにその報告が入ってきたのだ。状況では戦力は多ければ多いほどにありがたい。だが、合流してきた相手には些かの問題があるようだった。
「来たのはドーマ族。アイゼンの爺さんか」
ヘイロー大傭兵団の幹部たちが揃っている天幕の中で、カールがそうボソリと呟いた。
ドーマ族合流の報告を聞いてもっとも苦い顔をしたのはカールであった。またガイガンもなんとも言えない顔をし、ラーサ兵団の面々も何かしら思うところがある様子であった。
一方でリンローやオルガンたち獣機兵兵団の面々は特に変わらず、平然としていた。元々北部族は彼らにとって潜在的な敵であり、それはドーマ族だからとなんら変わることはなかったための反応だ。
「ドーマ族ねえ」
全員が注目する中で、ベラがそう口にする。
それはカールたちのような苦渋の表情ではないものの、どこか引っ掛かりを覚えた顔であった。
「大将、何か気になることでも?」
その、いつもと違う総団長の様子に気付いたリンローが問うと、ベラは「いやね」と返す。
「あたしの両親がドーマ族だったらしいんだよねえ」
「は? つまり来たのは大将の一族ってわけで?」
そのリンローの言葉は、パラやカールといったベラの素性を知っている者以外の全員が頭に浮かんだ問いであった。だが、その言葉に対してベラは首を横に振った。
「いんや。うちの親は一族から逃げた流民だ。まあ、あたしはルーインで生まれたわけだし、あたしゃそのドーマ族ってのはまったく知らないんだけどね」
ベラの言葉にリンローたちが愕然とする。
その言葉の意味するところはつまり、ベラには両親がいたという事実であった。まったく当たり前のことではあるものの、彼らは総団長である少女に親がいたという事実が信じられなかったのだ。クィーン・ベラドンナが魔術で子供に変えられたと言われた方がまだ納得がいくと感じていた。それほどまでにベラが親のいる子供であるという現実を彼らは認識していなかったのである。
「ああ、いや……まあ、そりゃあ大将もおっかさんの股ぐらから出てきてはいるか。いや、そうだよな」
「そうだな。確かに……って、いや当たり前だろ。何言ってんだリンロー団長」
リンローの言葉にオルガンが同意しかけたが、ベラの睨みを受けて声が小さくなっていった。とはいえ、その場にいるほとんどが豆鉄砲を食らったような気分になったのは間違いない。その状況にベラが面白くなさそうな顔で口を開く。
「なんだい。失礼な奴らだね。ともかくだ。そのドーマ族のアイゼンだったっけ。そいつが合流したいって話だが、結局どうしたいのかねえ。連中、ここまで反乱軍として活動してたんだろ?」
そのベラの問いには、横にいる従者のパラが「はい」と頷いた。ベラの言葉通り、ドーマ族はここまでムハルド王国に従わずに戦ってきた北部族であった。
「ドーマ族は北部族の中でもマスカー、カイゼルに並ぶ戦士の一族と聞いています。また、彼らは未だムハルドには従わず、隣国に篭って今まで戦い続けてきました。近年ではその動きも鈍ってはおりましたが、それでも活動は続いております」
「ええ、その通り。アイゼンめはワシらと違って屈することなく今もムハルドと戦い続けておりました。であれば、あやつの性格からして、素直にベラ総団長の配下にと言うのはあまり考え辛いかと……」
ガイガンが眉をひそめながらそう告げる。そのガイガンの様子にベラが訝しげな顔をするとカールが苦笑しながら口を挟む。
「総団長、親父は元々ドーマの出だ。だからアイゼンのジジイは親父の叔父なんだよ。で、母さんがカイゼルの長の娘で入り婿だったわけで。親父はアイゼンに頭が上がらねえのさ」
「やかましいわ。嫌なこと思い出させるな」
カールの言葉に、ガイガンが本気で嫌そうな顔をして声を荒らげた。
そのやり取りでベラを含めて「ああ、なるほど」とその場の全員がドーマ族とカイゼル族の状況を理解する。
「ただでさえあのアイゼンの叔父上は、脳みそが筋肉でできているような男でな。ムハルドに占拠されたときには腹切って死ねと手紙を送ってこられた。まあワシひとりならそうしたのだがな」
「ハッ、あのジジイが言いそうなことだ。ん、なんだ?」
カールが乾いた笑いを上げたのとほぼ同時に、外で何やらガヤガヤと騒がしくなっているのがその場の者たちにも感じ取れた。それは次第にこの天幕へと近付いてきているようだった。
「なるほど。脳みそが筋肉ねえ」
パラが目を細めて天幕の入り口を睨み、周囲の者たちのそれぞれが己が武器を手に取る。そして、次の瞬間に天幕の外から一団が中へとなだれ込んできた。
「よぉ、ガイガン。迎えが遅いので邪魔させてもらったぞ」
「アイゼン叔父上!?」
ガイガンの非難の声がその場に響き、ベラたちの視線は入ってきた戦士の一団へと向けられた。
その中心にいるのはボルドと同年齢ほどの、ラーサ族特有の褐色肌の老人であった。もっとも剥き出しの肌から見える筋肉は老人のものとはとても思えぬほどのもの。また、アイゼンが手にしているのはベラやガイガンの得物と同じ戦鎚、ウォーハンマーであった。その様子を見てベラが笑う。
「ヒャッヒャ、血気盛んな爺様のご登場かい。立ちんぼの待ち惚けは年寄りには堪えたかね?」
パラの非難の視線が後から入ってきた警護の兵に向けられるが、警備兵はドーマ族であろう戦士たちに威圧されて何も口にできないようだった。それからアイゼンが一歩を踏み出し、ガイガンを見た。
「ふん。餓鬼を中心に大人たちが取り囲んでママゴトか。ガイガン。貴様は、どこまでもワシを失望させるのだな」
「叔父上、いやアイゼン。ママゴトとは聞き捨てならなんぞ。今やヘイロー大傭兵団はこのヴォルディアナの地をムハルドから奪い返すための希望そのものだ」
ガイガンの言葉にアイゼンが「笑止」と笑う。
「ここまで戦い続けたのは我らドーマ族だ。早々にムハルドに隷属した貴様らが今更どのツラを下げてワシにその言葉を垂れるのか!」
「グッ」
その返しにはガイガンも言葉が詰まる。
ヴォルディアナ地方最北に居を構えていたドーマ族とは違い、カイゼル族は中央に近く、戦争の最初期に彼らはムハルド王国に敗北していた。また、カールがラハール領の領主となっていたことからも分かる通り、その後の北部族懐柔策に積極的に利用されたのもカイゼル族だ。
アイゼンから見れば、カイゼル族は敵に寝返ったと言われても言い返せぬ存在であり、自分たちがここまでムハルドに対して小競り合い程度にしか反旗を翻せなかったのも、カイゼル族を利用したムハルドの懐柔策が功を奏して北部族を反抗勢力として統合できなかったことも原因のひとつであった。
しかし、そんな裏切り者のカイゼル族が中心となり、今ムハルド王国を打ち倒そうと動いている。それはムハルド王国内の北部族へと浸透し、今まさに北部族全体が動き出そうとしている。けれども、それはアイゼンからすれば何もかもをカイゼル族にかすめ取られたも同然の行いだ。アイゼンの怒りも決して理不尽とは言えない。
とはいえ、そんなものはベラにとっては知ったことではない。
「ギャーギャー喚くんじゃないよジジィ。取っておいた焼き菓子を食われた餓鬼みたいなツラしてるよアンタ」
むしろ呆れたという顔をしているベラの言葉に、アイゼンは眉間にしわを寄せながらもベラではなくカールを睨みつけて口を開いた。
「カール。御輿の口がデカイようだが、躾けは行き届いていないようだな」
「なんだと?」
眉をひそめるカールに対し、アイゼンが言葉を重ねていく。
「ヘイローの名には覚えがある。我が血族の末を使ったことは褒めてやるが、アレは臆病者の血でできているぞ。一族を逃げ出した弱者の腐りきった血でな」
言葉こそ苛烈で節々より侮辱を感じさせるものだが、それは先ほどベラが口にした事実でもあった。
「おい、餓鬼。両親はどうした?」
「ん、死んだらしいよ。鉄機兵も金に換えて、それでも足らずに娘も売って、結局はパロマに蹂躙されたときに村ごと焼き払われたらしいね」
あっけらかんとベラは答える。それはパラが密かに調べ、ベラに伝えられていた事実だ。ベラが生まれ育った村は、現在はただの焼け野原と化し、彼女を育てた両親も、共に生きた村人ももうこの世にはいなかった。
「ふん。らしい終わりか」
そしてベラの言葉を聞いたアイゼンがそう言って、アイゼンの仲間たちが笑う。
もっとも、その様子を、周囲の者たちは憤りを見せるどころかどこか恐れた顔をして眺めていた。彼らはアイゼンの態度よりも主人の憤りをこそ恐れていた。
だがベラの表情は変わらない。なんでもないことのような顔をして、すました顔でアイゼンを見ている。
「両親が侮辱されて憤りも見せぬか。本気で腐っているのか?」
ベラのその反応もアイゼンは気に食わぬようで、怒りの篭った眼でベラを睨みつける。対してベラは「別にねえ」と口にした。
「そりゃあ親父や母さんがあたしを生んだことには感謝もしてるさ。奴隷として売られたが、そのことも別に恨んじゃいない。あの村で普通に暮らしてたら死んでいただけだろうしね」
そこまでは知らなかったアイゼンが、ムッとした顔で口をつぐむ。
「ただ奴隷商から受け取った金と共にあの人らとあたしは縁が切れてる。ま、親父や母さんのことは別にいいさ。アンタの言う通り、臆病者ではあったんだろう。で、それで?」
その言葉と共にその場の空気が変わった。
「それを肴にあたしを侮辱しようとしているんなら、良い度胸さ」
突如としてビリビリとした威圧がその場の空間を支配し、それは重圧となって誰も彼もが膝をつきたくなるほどに体が重くなった。
「……竜眼」
その中で獣人のケフィンがボソリと呟く。
ベラの瞳が、爛々と黄金色に輝いていたのだ。それはまさしく竜の瞳そのもの。そのベラの様子を見てアイゼンの表情が戦士のソレへと変わっていく。額から冷たい汗を流しながら、それでもアイゼンは退かず一歩前へ出て口を開く。
「なるほどな。その身より発せられるは武人の気配。カールの御輿ではないのは分かった。されど、臆病者の血を我ら一族は認められぬ」
「ならどうする? ケツまくってこの場から消えるかい?」
「戦えぃ、ベラ・ヘイロー」
返ってきた言葉にベラが「へぇ」と呟いて、アイゼンを見た。
「ドーマ一族最強の戦士はワシだ。我らは強者のみに従う。ワシを打ち倒せるならば我らが一族。ベラ・ヘイローの下に付こう」
そう言ったアイゼンから発せられたものは闘気。もはや枯れているはずの年である彼から滲み出る気配は確かに強靭なる戦士のものであった。
その様子に満足げな顔でベラが頷く。
「まあ、そうなるかい。ならば、うちの連中にも見せつけないとねえ。パラ、準備をしな。ちょっとした見世物をやるよ」
その言葉にパラが頷き、アイゼンが「であれば」と背を向けようとしたときだ。ニタリと笑ったベラが口を開く。
「ああ、その前にだ」
「ぬっ?」
アイゼンが目を見開いたと同時に天幕の上から何かが落ちてきて、その場で火花が散った。
「族長ッ!?」
「ぬぐぉっ!?」
驚くドーマ族の戦士がたちの前で鉄機兵のウォーハンマーのピックの先をウォーハンマーで受け止めたアイゼンが膝をついていた。
「こんな外から見えぬ場に鉄機兵で攻撃だと!?」
「正気なのか。あの乗り手は!」
そうドーマ族の戦士が叫ぶ。何しろ、この場にいるのはヘイロー大傭兵団の重鎮たちだ。それらが勢ぞろいしている場に、自軍の鉄機兵が攻撃を仕掛けたのだ。確かに彼らの言う通りそんなことは正気の沙汰ではないのだろうが、それを成したのは『アイアンディーナ』だ。
当然ベラ以外の乗り手など乗っているはずもなく、『アイアンディーナ』の攻撃はベラが竜心石を通して操作したものだ。そして、ベラが満足そうな顔で跪くアイゼンを見て口を開く。
「人の家に入るときにはまず頭を下げな。お邪魔しますってさ」
「まさか、これはお前が?」
直感的にベラが何をしたのかを理解したアイゼンが叫ぶが、鉄機兵のパワーで押し込められてはさすがに動けない。そのアイゼンを見下ろしながらベラは笑いながらこう告げたのであった。
「そして、覚えておくんだね。あたしゃあ、礼儀にはうるさい。まったく田舎者を躾けるのは面倒だがとりあえず付き合ってやるんだ。少しは楽しませておくれよアイゼン・ドーマ」
次回予告:『第199話 少女、お爺ちゃんを打つ』
実はベラちゃん、お人形さんを動かしてタイミングを合わせるのに集中していてお爺ちゃんの話は適当に聞き流しています。
この手の類はとりあえず軽く撫でてあげれば懐くと思いますので頑張ってベラちゃん!




