第194話 少女、黒くてぶっといものを硬くしろと言う
交易都市レオール。ムハルド王国東部最大と言われている都市へとヘイロー大傭兵団が進軍することはすでに決定した。
とはいえ、状況はそうすぐには動かせるわけではない。もはや自身の指で数えられる人数を大きく超えた軍隊を率いているベラは、ただ己の足だけで動くことができない立場になってしまった。
今は準備をして待つのみ。その間にベラがやっていることといえば、己を錆び付かせぬための訓練だ。
『デカい身体持て余して。もちっと上手く動けないのかねえ』
『クソッタレ。相変わらず、速い』
現在ベラの訓練相手をしているのは、ようやく復帰したリンローと混騎兵『レオルフ』であった。もっとも周囲に死屍累々と横たわる鉄機兵や大の字で倒れ込んでいる兵たちの姿を見れば、訓練相手は始めからひとりであったわけではなく、ただ彼ひとりが残れているだけだということはすぐに分かるだろう。そして、そんな状況の訓練場にヘイロー大傭兵団内ではすでに幹部扱いとして携わっているコーザが足を運んできていた。
「おやおや。相変わらずの様子ですね」
「お、コーザの旦那か。こっちに来ていいのかい?」
ボルドが近づいてきたコーザにそう尋ねる。対してコーザは肩をすくめながら笑った。
「粗方の整理は済ませましたし、今は肩休めですよ。三日後に届く荷を分けて、軍の編成を定めたらすぐさま遠征だそうです。ま、私はここで後方支援となりますが」
「そうかい。また戦争かい。どこもかしこも戦争だな」
「どこもかしこも……というのは確かにそうですね。ルーインの方も新生パロマとの戦いが一進一退になっているという話ですし、そっちにも目を光らせておかないと後ろから食われかねません。それに今回の戦いを乗り切ったとしても、ベラ様にとっての本命はムハルドではないようですし」
ベラたちが離れた後のルーイン解放軍は、現在はパロマ王国の支援を受けつつ旧ルーイン王国の王都へと進軍し続け、新生パロマ王国軍と膠着状態にあった。
新生パロマ王国軍にとってパロマ本国の裏切りは手痛く、また協力状態にあるムハルド王国もラハール領をベラに奪われ、北部族による内乱の不安もあるために兵を送ることもできない。
その上にルーイン王国侵略の際は協力関係にあったものの戦後ルーイン領地から追い出されたビアーマ共和国もルーイン解放軍側へと付いたために、新生パロマ王国軍は四面楚歌の状態にある。
とはいえその状態でようやく戦力差は均衡が保たれた状態であり、予断は許さない事態のままである。
「パロマもこのまま膠着していりゃあいいんだが。それにムハルドの先はローウェン帝国に傭兵国家だろ。まあ、それがご主人様の道なら奴隷の俺はついてくしかねえんだけどよ」
「しかし、ボルド。それはつまり、あなたはかつての祖国に弓を引くことになるわけですが大丈夫ですか?」
そう問いかけるコーザにボルドが「止せよ」と返す。
ボルドは元々、鷲獅子大戦においてはローウェン帝国側であったが、戦時に捕らえれ戦奴隷とされた身だ。つまりローウェン王国と戦うということは、コーザの言う通り己の故郷と戦うということでもあった。
「ダチも身内もみんな戦争で死んじまった。俺の心残りはもうあっちにはねえさ。それにだ。帝国が相手だろうが今更だぜ。身受けもされなかった以上、捨てられたも同然の国に何の義理がある?」
「そうですか」
「ああ。そっちこそ、このままいいのかよ商人さん? そろそろ頭も冷えたんじゃあねえの?」
お返しとばかりのボルドの問いに、コーザは首を横に振る。
「戦争だったからと言って、奪われたすべてを許せるほど私は物分かりはよくありませんよ。恨みは消えません。パロマもローウェンもみな死ねばいい」
そう口にしたコーザの目には憎悪の炎が宿っていたが「ともあれ」と口にしながら、再び冷静さを取り戻した顔で目の前の訓練へと視線を向ける。
「私が前線に立つことはもうないかもしれませんね。ボルド、あなたの方も似たようなものでしょう」
コーザの鉄機獣『ハチコー』は、超振動の大盾のタテガミを装着し通信能力も強化されている通常よりも強力なカスタム機だが、現時点においては『ハチコー』の戦力よりもコーザ自身の軍団運営能力自体の方が重宝されているのが実情だ。この大傭兵団の中で、前線で命を散らすことが許されない価値をコーザは得ていた。
一方でそれはボルドも同じこと。規格外に近い機体である『アイアンディーナ』の調整は今となってはボルド抜きではまともに成立せず、現在彼らの目の前で『アイアンディーナ』と訓練試合をしている『レオルフ』もボルドの編成した整備チームでなければ扱えない。
後進を育てる準備もしているが、まったく時間も人も足りていない状況だ。
「どうであるにせよ、俺は生涯ただの奴隷なんだがな」
「ベラ様付きという時点であなたに手出しする馬鹿はいませんよ。それで私はあの新しい機体を見に来たのですが、『レオルフ』でしたか。どうなんです?」
「見ての通りだ。性能は折り紙付きだな」
ボルドがそう言って目の前で戦っている『レオルフ』を指差した。
大型のオーガタイプ獣機兵を超える全長6メートルの大型機体。トゲ付き鉄球の鞭を携えた重装甲型でありながら、高機動型の機竜形態へも変形できる混機兵。今の『レオルフ』は『竜の心臓』解放時の『アイアンディーナ』より最大出力こそ劣るものの機体性能は大きく上回り、ヘイロー大傭兵団内の個体としては槍鱗竜ロックギーガに次ぐ戦闘能力を誇るに至っていた。
もっとも、現実において『レオルフ』は『アイアンディーナ』にまるで勝てはしなかった。
『分かってないねえ。機体に振り回され過ぎなんだよ。で、アンタの持ってるのはなんだい? その黒くてぶっといのをビンビンに伸ばして硬くしな。女ぁ、抱くときゃそうしてんだろ』
『やってるっての。クソッ』
そう叫びながらリンローが鉄球付きの鞭を『レオルフ』に振るわせるが、ベラの操る『アイアンディーナ』は易々と避ける。実のところ、すでにベラも疲労困憊ではあるのだが、両者における集中力には大きく開きがあった。
「ああ、あの尻尾。硬くなるんですね」
「つーか、元々鞭じゃなくて鉄球付きメイスなんだよ。ロックがかかれば普通に使えんだが、最初に鞭みたいに使っちまってイメージが掴めなくなっちまったらしい。ありゃあ矯正には時間がかかるな」
ボルドがため息をつきながらそう返す。
鉄機兵の操者の座はアームグリップやフットペダルなどといった操縦用の装置が設置されてはいるが、それらは基本的に補助器でしかない。鉄機兵とは竜心石を通して首裏部分に設置された感応石から乗り手の意思で操作する機械の生命体なのだ。さらに獣機兵や竜機兵は鉄機兵よりもリミッターが外された状態でもあるため、意志の力での操作の反応速度も向上しているが反面精密な操作が難しくもなる。
特に半獣人化で乗り手の性格が荒く操縦も雑になる獣機兵にとってそのデメリットは顕著で、スペックこそ上回るのにある程度の実力を持つ鉄機兵を相手にすると想定以上の戦果が出せない原因ともなっていた……という説明をボルドがすると、コーザもなるほどと頷いた。
「まあ、ガルムの操縦だけでもかなり難しいですしね。けれど戦力としては得難いのでしょう。同様の機体を生み出すことは」
「無理だ無理。上手くいく可能性は低いし、ありゃ偶然の産物に近い。だから……と!?」
ボルドがそう返した途端に『レオルフ』が転倒した。突撃した『レオルフ』が『アイアンディーナ』の臀部から伸びた尾に足を絡められて転んだのだ。土煙が舞い上がり、『レオルフ』が転げて壁に激突した。
『たく。足元がお留守なんだよね、ボケが』
そう言いながらベラがついに『レオルフ』の頭へとウォーハンマーをコツンとぶつけた。すでにベラの方も体力の限界。これで幕引きと理解したボルドが周囲にいた部下の整備兵たちに手振りで動くように命じて、自分も立ち上がった。
「たーく、派手に転ばしやがって。そんじゃあ、俺は自分の仕事に戻るぜ、コーザの旦那」
「ええ、それではこちらも戻りますか」
そして、コーザの方も休憩も終わりだと口にしながら立ち上がり、その場を去っていく。
それは、出陣までのわずかな日々での一幕であった。
また、今このときにも交易都市レオール、竜の墓所、アッダの砦などの各所でもそれぞれが戦いに向けて動き出している。そして、それらがぶつかり合うまではもうまもなく……
次回予告:『第195話 少女、侵略を開始する』
ベラちゃんが飼っているおじさんやおじいさんたちも、どうやらそれぞれ居場所を手に入れ始めているようです。それはそれで良いことですが、あまり従順すぎるというのも刺激が欲しい年頃の女の子としては面白くないかもしれませんね。
これは、新しいオモチャを仕入れることを検討する必要があるかも?




