第191話 少女、ご褒美を決める
槍鱗竜ロックギーガ。
全長15メートルを超える巨体のソレがメガハヌの街の中に入ってきたとき、出迎えた住民たちは一瞬にして静まり返った。ドラゴンが戦列に加わっていたというのは彼らも聞かされてはいたが、それでも実物を目にしては恐怖が先に来る。もっともその前を進んでいた機竜形態の『アイアンディーナ』に乗ったベラがロックギーガの下げた頭を撫でてドラゴンを御せていることを示すと、彼らも落ち着きを取り戻してベラ・ヘイローの名を讃え始めた。
また、彼女らと共に街に入ってきた兵たちの多くもベラという存在に対しての見方が変わっていた。
実のところ獣機兵部隊などの遠征途中で合流した、ベラの戦いを直接見たことのない者たちはベラという存在そのものに対して半信半疑であった。
赤い鉄機兵を駆り、ムハルドの王子を殺した後にローウェン帝国に追われて行方不明になっていた少女の戦士。そんなものが戻ってきて反乱軍のトップに収まるというのは如何にも出来過ぎな話であった。であれば、それはただの御輿であり、カール・カイゼルが用意した偽物だろうと疑う者も少なくなかったのである。
しかし帰還してすぐさまムハルド王国中央軍を二度も退けたベラの能力を疑う者はもうおらず、ドラゴンという力の象徴が自分たちの下にいるという事実も彼らの心を強く掴んでいた。
そして翌日にメガハヌの街からムハルド側の平地に陣取っていたムハルド王国中央軍が撤退し始めたのが確認され、街は侵略から護られたのだと街中に告げられたのはさらにその翌朝。それからベラの名の下に各部隊のトップに召集がかかったのはその日の夕刻頃であった。
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「リンローは怪我で来れないので、俺が代理だ」
会議室でオルガンがそう言って、その場の席に座った。そこは上座にいるベラの左の席で、真向かいの席にはカールが、並んでガイガンがいて、その反対側には竜の巫女である獣人リリエが座っている。
そしてベラの背の左右には従者であるパラと、団全体の運営調整を担っているコーザが立っている。それらが現在のヘイロー大傭兵団の幹部というべき者たちだった。
「せっかく立場にふさわしいように体裁を整えてやったってのに情けないねえ」
「身体の変化と共に傷が治ったっていっても万全とは言い辛かったですからね。あの馬鹿、無理し過ぎたんですよ」
オルガンがベラの言葉にそう返して肩をすくめた。
「ま、獣機兵兵団の編成については滞りなく。待遇の改善に今回の勝利とみんな浮かれてる。羽目を外しすぎないように注意はしてますがね」
オルガンが口にした通り、獣機兵部隊は獣機兵兵団と現在名を変え、リンローを団長とし副官をオルガンに据え、それぞれの副官を部隊長として構成し直していた。
「こちらも現状は問題もない。俺自身は度重なる親父の説教で頭が痛いところだがな」
オルガンの向かいに座っているカールが続けてそう口にしてため息をついた。現在のカールは己を団長とした、カイゼル族が中心となっているラーサ兵団を編成している。
「ふん。まだ言い足りぬわ」
そしてカールの隣に座っているガイガン・カイゼルは、ラーサ兵団へは参入せず、竜撃隊というロックギーガを中心としたベラ直下の部隊の隊長となっていた。メンバーはベラと共に竜の墓所から帰還した者たちであり、言ってみれば前線に赴くことの多いベラに付き添う親衛隊に近い。またロックギーガや鉄機兵たち以外の竜の墓所から同行していたカイゼル族の者たちも昨日には無事メガハヌの街に辿り着いていた。
「ま、親子の会話は後でやんな。しかしガイガンの部隊は置いてきた鉄機兵の回収ができれば戦力も倍増するんだけどね」
「そいつはそうですが、それに東部軍に見つかってなきゃいいんですがね。こればかりは運に任せるしかないでしょう」
ガイガンがそう口にする。遅れていた機体も含めメガハヌの街に辿り着いた機体は十二機。魔力の川の薄い土地を抜けるためにそれ以外の機体はすべて森の中などに隠した状態で置いてきてある。それがムハルド王国東部軍によって発見されるか否かによって戦力の差も生まれてくるが、そればかりは今のベラたちにはどうしようもないことだ。それからベラはオルガンの横に座っている獣人族の娘へと視線を向けた。
「それでリリエ。連れてきたロロナ族だったかい? あの獣人たちの方は今どうなってるんだい?」
「はい。現在はケフィンが彼らにロックギーガ様のお世話の指導をしております。ロロナ族の里へは我が里への誘導と他の獣人族への呼び掛けをさせるように伝えてあります。魔獣を使っての連絡網ですから、ムハルドの手が及ぶよりも早く動けるでしょう」
「それは結構。それでロロナ族は確かにこちらに付いたが、他の獣人族は信用できるのかい?」
ベラが目を細めながらそう尋ねる。
前回の戦闘においてベラがムハルドの陣地のすぐそばまで辿り着けたのはムハルドが雇った獣人のロロナ族がベラへと寝返ったからだ。もっとも当初のベラはリリエより提案された敵側の獣人たちの裏切りをあまり期待してはいなかったし、上手くいかずともガイガンたちとの合流ついでにムハルドの数を減らせれば良いぐらいにしか考えていなかった。結果的にすべてが上手くいった形だが、今でもベラは獣人が己の側につくことに対しての理解が及ばないため、慎重になっている。そのベラにリリエは笑って「大丈夫です」と返した。
「量はわずかではありますが竜血と鱗の欠片を共に持っていかせましたので、竜気を理解できぬ魔獣使いなどおりませぬよベラ様」
リリエの言葉には絶対の自信が込められていた。
獣人が魔獣使いや巨獣使いとなれるのは、彼らが魔獣の頂点である竜の声を真似ているためだ。大陸の各地にある竜の墓所で竜の声を授かることで獣人は晴れて魔獣使いへと至れる。だからその根元である竜気を魔獣使い らは間違えない。だからドラゴンを有する己らに味方せぬ獣人はいないというのが、リリエの主張であった。
「そして、ベラ様よりロックギーガ様を導く役割を与えられた私に逆らう獣人族もおりませんでしょう。何ひとつとして問題はありません」
そこまで口にしてからリリエが「ふふふ」と陶酔した顔で笑う。
ベラが聞いた話ではドラゴンの使役は獣人にとっては最高位の栄誉であるとのことで、現在その立場にあるリリエは恐らくは人生の中でもっとも充実しているのだろうと感じられた。
そしてベラはリリエの言葉の信憑性を後でケフィンに尋ねておくべきだろうな……と心の中で考えてながら、話を切って己の従者に視線を送ると、パラが頭を下げて一歩前に出た。
「傭兵部隊には報酬を支払い、今後については保留としています。また、前回の戦闘で白旗を揚げた傭兵たちの中にはラーサの北部族の者たちも多くいたようです」
「降参した連中も、単純に及び腰だったばかりというわけではなかったということかい?」
「そのようです。現在彼らには、ラーサ兵団に参入するよう話はしております」
「ま、傭兵っても俺ら北部族は奴隷扱いだからな。隙あらばなびくだろうさ。奴隷印でも付いてなければな」
パラの言葉をカールが補足すると、コーザが少しばかり苦い顔で口を挟む。
「とはいえ、今の取りまとめの団長では力不足の感は否めません。いざこざの頻度が増えていますし、それにこのまま兵を駐留させていてはメガハヌの街が保ちませんよ。ただでさえ数が多いんですから」
その言葉に全員が眉をひそめる。いざ戦がなくなれば兵など文字通りの無駄飯ぐらいだ。ラハール領の各地から備蓄は運ばせてはいるが、ムハルド王国の軍勢の撤退が確定的となった今では、このまま戦がなければ、兵団は分散させて各地で養う必要がある。もっともここで戦が終わればの話だ。それからベラがコーザの言葉に「分かっているさ」と返して笑う。
「で、これからどうするかって話だけどね。まあ、当然あたしゃあこのまま鞘に刃を収めるつもりもない。パラ、地図を広げな」
「はい」
ベラの指示によりパラが現在ムハルド王国が治めているヴォルディアナ地方の地図をテーブルの上で広げていく。このヴォルディアナ地方の北方面は元々カイゼル族やマスカー族などといった部族単位によって治められていた。だが二年前にローウェン帝国の手を借りたムハルド王国が北を制圧し、今ではすべてがムハルド王国になっていた。
「さて」
その地図の、東の部分へとベラが視線を向けると腰に差していたナイフを抜いてトンと突き刺した。
「あたしらが見たときに東部軍は今ここにいた。で、竜の墓所はこっちだね。天然の要塞だ。そこのジルガ族はあたしらの側についている」
「我らは竜様と共に」
リリエがそう言って、ベラに頭を垂れた。
「でだ。メガハヌから竜の墓所の直線より少しだけ北にあるここに大きな街があるだろう?」
ベラの言葉にカールやオルガンたちが目を見開き、ざわついた。
その指を指した先にあったのはレオールと呼ばれる街。それはルーイン王国などとの交易を主にしていたムハルド王国東部最大の都市だった。
「ご褒美だ。こいつをみんなで美味しくいただこうじゃあないか。どうだい。食いごたえがありそうだろう?」
次回予告:『第192話 少女、ペットを見舞う』
ベラちゃんの幸せはみんなが死合わせであることです。
みんなが楽しければベラちゃんも楽しいし、ベラちゃんが楽しければきっとみんなも楽しいはずです。
だから今回はビックなご褒美を用意してみました。最初にご褒美をいただけるのは誰でしょうね?




