第18話 幼女、護衛をする
『バル、しっかりと片付けなー。今回はアンタにも半分、分けたげるんだからね』
『承知ッ!』
小柄で赤色の鉄機兵と、大型で黒色の鉄機兵が木々の生い茂る森の中を駆けている。
対峙しているのは四機の鉄機兵だった。
小汚い、汚れまみれの姿で、手に持つのは四機とも錆びた斧である。それがこの戦奴都市コロセスとモルソンの街の間の街道で度々現れていた盗賊団の鉄機兵であるようだった。
『なんだ。こいつ、聞いてたのは精霊機だけだって話だったのに!?』
『黙ってやがれ。数じゃあこっちの方が上なんだ。片方はあんなチビだぞ。精霊機と変わりゃしねえ!』
その声にバルが苦笑する。見た目からすればそうだろうが、自分とベラのどちらが与しやすいかはバル自身の身体が一番理解できている。自分の主の異常な強さをバルは全身に叩き込まれている。とはいえ、自分の方が強敵だと考えて挑んでくれるならばバルにとっては本望ではある。
『それじゃ、この機体での初めての実戦を体験させて貰おうか』
そしてバルが速度を上げる。性能的には『ムサシ』の方が『アイアンディーナ』よりも高い。故に、こうして全速力で走れば『アイアンディーナ』では追いつけない。
『チッ、盛りやがって。テメエ等はあの黒いのをやれ。俺は赤いのをやる』
『了解です親分』
『ぶっ殺してやる』
『いい装備しやがって。奪ってやんよ!』
最もガタイの良い盗賊団の鉄機兵の指示に従い、三機がバルの鉄機兵『ムサシ』の元へと向かう。
『主様?』
予定では半々のはずではあったので、とりあえずバルはベラに尋ねるが、ベラからの指示は短かった。
『いい、殺れ』
その言葉にバルが刀を抜いた。そして正面に迫る鉄機兵に対して一閃する。その斬撃は盗賊の鉄機兵の持つ斧の柄を切り裂き、
『バカなッ!?』
そしてバルはそのまま、胸部をも一気に切りつけた。
『グッ、ギャアッ!?』
そして盗賊の一人が悲鳴を上げて腰を落とすがまだ動きは止まっていなかった。
(浅いか!?)
そうバルは考えるが、だが戦意は感じない。今の一撃で心を断ち切ったと感じる。先走って挑んできたくせに臆病なものだとバルは思うが、動く気配がないのであれば好都合である。
(であれば、次だッ!)
バルはその鉄機兵を蹴り倒すと、続けて迫る二体を見た。
『野郎っ!』
『ぶっ殺せ!』
そして二機の鉄機兵がバルに向かって走り出す。
『ふぅっ』
それにはバルはフットペダルを軽く踏んで腰を落とし、構える。そして速い方の一機が近付いたのを見計らって一気に駆けだした。
『くそ。速ぇえッ!?』
その速度には盗賊団の鉄機兵程度では反応出来ない。そしてバルの『ムサシ』は鉄機兵の胸部を、中の操者の座ごと貫いた。
『テメェッ!?』
『最後だなッ!』
最後の一機が斧を振り上げて迫ってくる。これにはバルは下がらずに、フットペダルを思いっきり踏んで、前へと出る。突き刺さった刀を抜く時間はないようだ。
『死ねや黒いのッ!』
『それは御免だ』
そして刃こぼれした斧をガントレットで受け流し、腰に差した小刀を抜いて胸部に突き刺す。盗賊の鉄機兵の背部のパイプから断末魔のように銀霧蒸気が吹き上がった。
(さて、主様は……と)
バルはそう思って、ベラの『アイアンディーナ』と最後の盗賊の鉄機兵のいるであろう場所を見る。
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『クッソ、女か。俺は女子供が大ッ嫌いでな』
『ヒャッハハ、そいつは気の毒だったね』
女と子供の両方に該当するベラが笑う。目の前の盗賊は恐らく連中のボスなのだろう。ベラも全力ではないとはいえ、鉄機兵『アイアンディーナ』の攻撃にも堪える技量の持ち主のようであった。
『そんじゃあ衆道かい。キタねえケツ同士並べて、さぞかし臭かろうよ』
『舐めるなよ。テメエをヒン剥いてぼろぼろに犯されても同じことが言えるか!』
『ハッ、育ちの悪さがにじみ出る言葉だね。あたしをどうするってんだい?』
そのベラの言葉と共に、盗賊の鉄機兵の手の甲がウォーハンマーに叩き潰される。
『グッ』
その衝撃に盗賊が呻き、斧も地面に落ちて刺さるが、だがベラは止まらない。そのまま突進し足払いをかけ、1メートルは違う巨体を崩して地面に叩きつけた。
『ガアッ』
盗賊の悲鳴が聞こえたが、気にせずにベラは胸部のハッチだけを器用にたたき壊す。
「テメェッ!?」
盗賊はそう叫ぶが、地面に叩きつけられた衝撃で起きあがれない。そして盗賊の目の前に、ひとつの影が降り立った。
「ああ、やっぱり不細工だし臭いか。盗賊だし当然といえば当然か。ま、あんたみたいなののガーメの首を刺されるのはやっぱりゴメンだね」
「な、なんだ、お前は?」
そう盗賊が驚くのも無理はないだろう。破壊された胸部ハッチの先、外から現れたその影はどう見ても小さな子供だったのだ。そして、その声にも盗賊は聞き覚えがある。それはつい先ほどまで聞いていた相手の鉄機兵の……
「お前が、まさかッ!?」
「ヒャヒャヒャッ」
そして幼女が手に持つウォーハンマーが盗賊の頭部を粉砕した。
**********
戦闘を終えたベラとバルが、街道にいるキャラバンの元に戻ると、そちらも血臭漂う場となっていた。周囲には20を越える人間の死骸が転がっているが、それらの多くの身なりが汚く、ほとんどが盗賊たちのものであるようだ。
「いやー、助かりましたよベラさん」
そして鉄機兵から降りたベラに声をかけてきたのは商人のコーザだ。コーザの笑顔で告げられた言葉にベラもヒャッヒャッと笑いながら「ま、仕事だからねえ」と答える。
現在のベラたちの立場は、モルソンの街行きのベンマーク商会キャラバンの護衛である。とはいっても、今回ベラたちに求められていたのはキャラバンの護りではなく、誘い出された盗賊の討伐であった。
ここ最近、この戦奴都市コロセスとモルソンの街の間の街道で、鉄機兵の護衛のないキャラバンが襲われる被害が立て続けに起こっていたのだ。そしてその中にはベンマーク商会のキャラバンもあった。そのため、今回はわざわざ鉄機兵なしのキャラバンを用意して囮として動き、その後ろをベラとバルが森の中からコッソリと尾けてきていた。
そして案の定、現れた盗賊たちはこうして制圧された。キャラバンのメンバーも上級の戦士や、精霊機乗りで構成されており、盗賊相手では歯が立つわけもなかったのである。
『はー、終わったか。寿命が縮んだかと思ったぜ』
そう口にするのはボルドだ。地精機に乗り込んだまま、コーザの背後にいた。その盾は黒く煤だらけとなっている。
「なんだい。やられたのかい」
『盗賊に火精機がいたんだよ。まったく、死ぬかと思ったぜ』
ベラの問いにはボルドはそう返した。火精機は火炎放射を武器とする。精霊機や鉄機兵なら兎も角、生身の人間相手には有効な精霊機なのだ。
「それで、そちらはどうでした?」
「ああ、こいつを見な」
ベラがポケットからふたつの石を取り出すと、周囲がにわかにざわめいた。
「四機のうち、二機分の竜心石を手に入れたんですか」
コーザは半ばあきれるようにそう口にする。
それはベラが倒した盗賊団のボスらしき男の鉄機兵と、バルが初手でしとめられなかった相手の鉄機兵の竜心石だった。鉄機兵は堅く頑丈だ。故に鉄機兵を倒すには、鉄機兵ではなく乗り手ごと竜心石を破壊することが基本となるのだが、今回ベラとバルは半数の鉄機兵の竜心石を壊すことなく奪ったのであった。
そしてその場の精霊族はともかく、雇われた戦士たちはその竜心石に憧憬の眼差しを浮かべていた。彼らにとっては鉄機兵という存在は、自分たちが生涯の中で手に入れるべき目的の一つでもあるのだ。
「では、こちらで購入させていただきますがよろしいですか?」
「結構だよ。機体の方のダメージも動かすことは出来る程度に抑えてあるしね。ま、先行投資に金がかかるところだったしちょうど良かったさ」
そしていつも通りにヒャッヒャとベラが笑った。目的の地であるモルソンの街まではもう間近であった。
次回更新は2月25日(火)0:00。
次回予告:『第19話 幼女、名前を決める』
幼女は街に着いたら早速のお買い物に出かけます。
生きのいい奴隷とか、雇うべき傭兵とか、良い女の買い物には時間がかかるものです。




