第188話 少女、横切る
そして、生まれ変わった獣機兵『レオルフ』が駆け出した。
四つ足で走っているために高さはないが、実際には極めて巨躯の機体だ。鉄機兵としては大型の『ドーラン』であっても衝突されればただではすまなかろうというダール将軍は察して『デカイな』と呟いた。
『ま、俺の『レオルフ』にゃあ団長みたいに『竜の心臓』があるわけでもねえし、出力は低いがよ。見てビビれよダール!』
そうリンローが叫び、獅子にも似た竜頭の顎が開いて口の中に炎が生まれる。けれどもそれは飛び出さずに『レオルフ』の口が閉じられると頭部周囲の排出口から炎が一気に噴き出した。
それはまるでたてがみのように放出され、また額から伸びた一本角へも熱が伝導して灼熱化していく。
『なんなのだ、それは!?』
ダール将軍が叫びながら突進してくる『レオルフ』をとっさに避けたが、炎を掠めた腕の装甲がわずかに熔解しかかったのを見て眉をひそめた。それからすぐに『レオルフ』の先にあるものに気付く。
『下がれ。接触も危険だぞ』
ダール将軍が背後に叫ぶがもう遅い。控えていた鉄機兵の一機が『レオルフ』の角に操者の座を貫かれて、そのままUターンした『レオルフ』の鉄球付きの尾が振られて、二機の鉄機兵がその場から弾かれた。
その様子を見ながらダール将軍は奥歯を噛み締めて怒りの形相をし、大小の大きさの違う両剣を構えた。もはや以前の獣機兵とは別物だと察し、警戒のレベルを一気に引き上げる。
『獣如きがいい気になりおって』
『おいおい、怒るなよオッさん。こっちゃあ、死にかけた体を引きずってここまで来てるんだぜ?』
そう言いながらもリンローはゆっくりと『レオルフ』を前へと進める。
すでに炎のたてがみは消えているが、尾の鉄球が振られることで周囲のムハルドの鉄機兵たちも容易には近付けない。ダール将軍を差し置いて手を出すべきかの判断もつかず、仲間がやられたにもかかわらず、彼らは動けなかった。
『それによ。いつまでも獣如きと見下してんじゃねえぞ!』
そしてリンローの叫び声と共に『レオルフ』が立ち上がると、両手足の関節部が変形し、竜の頭部が下がって胸部に張り付いて中から獣機兵の顔が現れた。瞬く間に6メートルはあろう大型獣機兵がその場に現れたことに、さすがのダール将軍も驚きの顔を隠せずうめいた。
『変形……しただと?』
『はっはぁあ。どうよ。それにビビるのはこれからだぜ大将! さあ、殺しあおうぜ!!』
リンローが笑いながら機人形態になった『レオルフ』を『ドーラン』に向かって突撃させる。
今の『レオルフ』はベラの『アイアンディーナ』と同様に機竜に可変する獣機兵となっていた。それこそが目覚めたリンローと共に生まれ変わった獣機兵『レオルフ』の新しい姿であった。
その『レオルフ』が走りながら臀部についていた尾を取り外し、それを握って鞭のようにしならせて、『ドーラン』へと尾の先の鉄球を振り下ろす。
『変わった武器だが、確かにそのパワーで振り下ろされれば厄介か』
ダール将軍はとっさに鉄球を『ドーラン』に避けさせるが、それが地面に直撃して土塊が周囲に吹き飛び、同時に地面をはねた鉄球がそのまま横に流れた。
『それに妙な動きもする』
その鉄球を『ドーラン』は剣で弾き、そのままの流れで『レオルフ』の懐へと一歩踏み込むが、リンローの表情に焦りはなかった。
『へっ、上等だぁ!』
『これは!?』
次の瞬間、『レオルフ』が胸部にある竜頭の周囲から先ほど同様に炎のたてがみを噴き出させたのだ。
『近寄るのも難しいということか。ぬぅっ』
炎のたてがみは広範囲に広がるものではないが、接近する『ドーラン』を退けるには十分な威力があった。その事実に『ドーラン』は危険を承知で剣を振るうが、炎を恐れた腰の入っていない振りでは竜頭に阻まれて操者の座までは届かない。
『竜頭部が盾に!? となれば背後を狙うしかないか』
続けてダール将軍がフットペダルを強く踏み、姿勢を低くしたまま『レオルフ』の後ろに回ろうと踏み込もうとする。
『チッ、チョコマカと。当たれってんだ!』
対してリンローが舌打ちしながら再び鉄球鞭を振るうが、『ドーラン』はそれを紙一重で避けてすぐさま一歩下がり、目標を見失ったまま勢いのついた鉄球が『レオルフ』自身にぶつかって自爆によりその巨体がゴロゴロと転げていった。
『んだ、こらぁあああ!?』
『リンロー。お前、馬鹿だろ。慣れねえ武器で自爆してんじゃねえ!』
思わずオルガンが叫ぶが、リンローは『うっせぇえ』と返しながら『レオルフ』の身体を起こした。竜血剤によって回復したリンローは目覚めてすぐに戦闘に復帰したものの、己の身体にも『レオルフ』の変化にもまだ対応しきれていなかった。
その様子を見ながらダール将軍が『危険だな』と呟く。
『あん?』
『その力、ドラゴンのものだな。あのベラ・ヘイローの乗っていた機体といい、お前たちが有するには危険すぎる代物だ。だから、ここで貴様は確実に排除する!』
ダール将軍がそう口にすると、鉄機兵『ドーラン』の背のバックパックからいくつものパイプが飛び出して銀霧蒸気が一気に噴き出した。同時にリンローたちが操者の座に備わっている魔力計測器のメーターの針が一気に下がるのに気付く。
『なんだ? あれがヤツのギミックか!?』
『銀霧蒸気の量が普通じゃない。出力が上がって……不味いな。魔力濃度が急激に下がって、こっちの出力は落ちてるぞ』
リンローが驚きの声を上げ、オルガンがそう口にする。
ダール将軍の『ドーラン』は魔力を大量のキープすることで己の機体の出力を上げ、同時に周囲の魔力濃度を下げ、機体の動きを抑制する力を秘めていた。
しかし本気になった『ドーラン』が反撃に出ようと動こうとした直後に通信兵より報告が入る。
『将軍。ドラゴンです。本物のドラゴンが後方の森の中から出現しました』
『何だと!?』
そしてダール将軍の驚きの声と共に、その場より離れた戦場の一角から妙な喧噪が広がっていくのをこの場の全員が感じた。その間にも通信兵の報告は続いていく。
『ベラ・ヘイローの乗っていた竜型の鉄機兵と共にドラゴンが確認されました。五機の鉄機兵を引き連れて戦場を横断しています。勢いを止められません』
『馬鹿な。アレがここにいるということは、であればゼニスは!?』
冷たい汗がダール将軍の頬を伝う。己の副官は追いきれなかったか、或いは……
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「ヒャッハァアアア!」
そして、リンローとダール将軍の戦いから離れた戦場の左翼側では、炎のブレスが飛び交い、悲鳴が響き渡り、その中を二頭のドラゴンとそれに尽き従う鉄機兵や獣人たちが通り抜けていた。
『巨獣? 獣人共が攻めてきたのか?』
『鉄機兵や変な鉄機獣もいるぞ!』
『チィ、炎に邪魔されて対鉄機兵兵装が使えない!?』
森から飛び出したベラが最初に遭遇したのは左翼の端に陣取っていた傭兵団だ。無警戒の味方の陣地側から急に襲われた彼らは今まさにパニックになり、それらを蹴散らしながらベラたちは戦場を突き進んでいく。
『団長。このまま突破するんですかい?』
「ああ、そうさ。ロックギーガを中心に戦線をかき回す。ドラゴンの脅威ってヤツを存分に連中に植え付けてやろうじゃあないか!」
ガイガンの問いにベラはそう答えて、ヒャッヒャッヒャと笑いながら機竜形態の『アイアンディーナ』を走らせる。ドラゴンと共に現れたベラ・ヘイローの参戦。その事実は熱を帯びた巨大な嵐のように戦場へと一気に広がり、その場を混沌に染め上げていった。
次回予告:『第189話 少女、ペットを褒める』
一生懸命頑張って走る女の子って応援したくなります。
だからでしょうか。一生懸命走るベラちゃんを見て周りのみんなも熱くなってるみたい。
ひょっとしたらこれが身を焦がす様な恋なのかもしれませんね。