第185話 少女、誘う
「ヒャッヒャッヒャ。ようく引っかかってるじゃあないか。ま、餌が上等だからね。そりゃあ、追わずにはいられないかい」
ベラが愉快そうに声を張り上げながら機竜形態の『アイアンディーナ』を操って先へと進んでいく。機人形態に比べて自動制御の面が大きいとはいえ、舵取りはあくまでベラが行っている。アームグリップを操作し、フットペダルで速度を調整しながら場に生えている木々を次々と避け、ベラは追ってくる敵を観察していた。
「とはいえ、こりゃあ上手くいき過ぎているね。どういう意図なんだか」
そう自分でも疑問に思うほどに、すべてはベラの思い通りに状況が動いていた。単独でメガハヌの街を離れ、森に配置されていた敵の監視網を抜け、見事に奇襲に成功して、今は予定通りに敵を誘き出している。それは一見して無謀な行動にも見えるが『森の見張り』がすべて沈黙しているのは偶然ではなく、奇襲の成功は彼女が有するアドバンテージが働いた結果であった。
『追いついたぞ』
『取り囲んで押さえつけろ』
『生身を晒しているんだ。このまま潰しちまえ』
とはいえ機竜形態は前傾姿勢となって機人形態よりも速いのだが、空も飛べぬ今の『アイアンディーナ』の移動速度は鉄機獣よりも遅い。だから追ってきていた鉄機獣たちはすでに『アイアンディーナ』を取り囲む形で並走しており、一気に飛びかかろうというところにまで接近していた。
「数は十かい。まあ、ここら辺だったね……っと」
囲まれてなおベラは余裕の笑みを隠さず、『ヒャッ』と笑いながら正面にある大木の後ろへと『アイアンディーナ』を飛び込ませた。
『木を壁にするつもりか。すぐに回り込んで』
『止せ。突出するな。なっ!?』
隊長機の注意も聞かずに飛び込んだ鉄機獣が、次の瞬間に弾き飛ばされて地面を転げていった。『アイアンディーナ』が大木に尾を引っ掛け、Uターンした勢いのまま蹴りを放ったのだ。
『あの尾は飾りではないのか?』
『ちょっと待て。蹴った機体が』
『赤い鉄機兵に変わっただと!?』
そして、鉄機獣を蹴り飛ばした『アイアンディーナ』が空中で回転しながら機竜形態から機人形態へと変形し、地面に着地する。
『犬肉はあまり好きじゃあないんだけどね』
それからベラは不敵な笑みを浮かべたまま、『アイアンディーナ』の腰に差していたショートソードと後腰部に接続されていた回転歯剣を抜いて構える。
『ま、我慢して喰ってやるよ。お代わりが後から来るだろうしねえ』
『ふざけたことを抜かす。変形しようが相手は一機だ。スピードでかき回せ』
鉄機獣部隊の隊長がそう叫ぶが、その言葉をベラが『ヒャッヒャ』と笑う。それを挑発と感じた隊長が、怒りの眼を『アイアンディーナ』に向けた。
『何がおかしい?』
『は? いや、だってさ』
その場で破壊音と悲鳴が響く。そして鉄機獣部隊の隊長が驚きの顔で後ろを向くと、そこには土塊に汚れた鉄機兵と、それに倒される鉄機獣たちの姿があった。
『あたしがひとりだって、誰が言ったんだい?』
『チィ、隠れていただと? ハメられたか!?』
時すでに遅し。元より鉄機兵と鉄機獣の戦闘力の差には開きがある。ましてや速度を活かせぬ森の中で、足止めを食らった状態では尚更だ。故に、この場に誘い込まれた鉄機獣部隊が『ガイガン率いるカイゼル族の部隊』によって殲滅されるまでにさしたる時間はかからず、続けてやってきた軽装甲鉄機兵部隊もまた森から戻ることはなかった。
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『追撃部隊すべて沈黙。敵戦力不明。ゼニス副官、これは明らかに罠です』
『罠だと? 分かりきっていることをいうな馬鹿者。それよりも周囲に気を配れ。数の差で優位なのは変わらん。問題なのは、鉄機獣と軽装甲鉄機兵がヤツを留められんのであれば、逃げられてしまうかもしれんということだ』
鉄機兵部隊を率いて森の中を進んでいるゼニスが部下を叱咤する。
先行させた鉄機獣部隊と軽装甲鉄機兵部隊から連絡がないことにはゼニスも大いに動揺していた。
ベラ・ヘイローが誘っているのは分かっていたことだ。それでもダール将軍は討てと命じたのだ。だからゼニスはそれを遂行することを第一に考えるしかない。己が指揮する二十機。さらには後続には三十機の鉄機兵部隊が到着する予定となっている。たかだか一機の鉄機兵を追いつめるには過剰すぎる戦力。それが、たとえ相手に策があろうと正面から崩すためにダール将軍から与えられた力だ。しかし、ゼニスに対して更なる悲報が届く。それは、森の中にいるはずの見張りの部隊の陣地からの広域通信型風精機の連絡であった。
『ゼニス副官。急ぎ報告いたします。見張り、全滅していました』
その報告は予想されたものだ。何も連絡がないなどあり得ない。問題はそうなった理由だ。
『やはりか。原因はなんだ?』
『はっ、どうやら獣に襲われたような有様で……その、考えたくはありませんが』
『獣人どもが裏切ったか?』
ゼニスが怒りをにじませて言葉を返す。もっとも、それも予想はできていた。内部の状況に精通している協力者なしに、隠れて監視についていた見張り部隊を壊滅させられることは難しい。問題なのは獣人たちが『裏切った理由』だ。世俗と交わることなく隠れ里で生きている獣人たちは、だからこそ唯一といっても良い雇い主との関係性に対しては誠実であった。それが崩された理由がゼニスには分からない。
『はい。これはそうとしか……な!?』
通信先から悲鳴のような声が響く。
『今度はなんだ?』
『これはドラゴ――』
言葉の途中で通信が途切れ、鉄機兵の水晶眼を通して、ゼニスの視界に森の一部で炎の柱が上がったのが見えた。
そこが通信先である見張りのいた陣地であるのは明らかで、またその場所から何かが羽ばたき飛び立ったのが見えた。その姿は鳥というにはあまりにも大きく、形も鳥のソレとは大きく違っている。そして、その姿をゼニスは知っていた。
『まさか、本当にドラゴンがいたというのか?』
それはダール将軍からいるものとして教えられ、ヘイロー傭兵団を探り、つい先ほど正体が鉄機兵だろうと結論が出たものだった。
『しかし、どうやって? いた様子などそもそもなかったはずなのに!?』
ゼニスが叫ぶ。この二日間、ずっとその存在を警戒し調べていたのだ。けれども彼らは見つけることができなかった。であるにもかかわらず、ドラゴンがなぜこんな場所にいるのか。その状況に思わずゼニスたちが足を止めた瞬間、一瞬の隙が次の後悔に繋がる。
『ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ』
まるで獣の咆哮のような笑い声がその場に響いたのだ。同時に木々や土塊の中に隠れていた鉄機兵たちが一斉に飛び出して、ゼニスたちを襲う。そして、唐突に戦闘状態となったことにゼニスが目を見開き、正面の大木の後ろから現れた鉄機兵を見た。
『赤い鉄機兵……ベラ・ヘイローか。それに、こいつらはまさか!?』
赤い鉄機兵『アイアンディーナ』。さらには続いてカイゼル族の元族長ガイガンの鉄機兵である『ダーティズム』が姿を現し、またゼニスたちを襲った四機の鉄機兵は、いずれも強兵であろうことはゼニスにも感覚で分かった。
『控えさせていたわけか。けれど六機ではなぁ』
今のゼニスの率いている鉄機兵の数は二十を超える。後追いでさらに三十は増援が来るのだから、状況は有利とゼニスは考えた。空を近付いてくる物体を見るまでは。
『副官、あれが来ます。想像以上にデカい!?』
『落ち着くのだ。所詮は獣。巨獣と同じように対処をすれば……クソッ、下がれ。散れぇ!』
ゼニスが叫びながら、鉄機兵を駆け出させた。空にいる怪物の口の中から赤い輝きが見えたのだ。そして、すぐさま空中から迫るドラゴンの容赦のない火炎のブレスが、同時に赤い鉄機兵の右腕に付いている竜頭の顎からも炎が吐き出され、その場は一瞬で紅蓮の炎に包まれていった。
次回予告:『第186話 少女、燃やす』
ベラちゃんが楽しそうで何よりです。




