第184話 少女、攻める
『ふぅ。調子は悪くないようだな』
鉄機兵用輸送車の中で鉄機兵『ドーラン』が起き上がり、操者の座内でダール将軍がアームグリップとフットペダルを動かしながら、機体の動作の確認を行っていく。
「将軍、どうでしょう? 各パーツの交換は完了し、生成に至った箇所はございません。整備は万全と自負しておりますが、何か違和感ございますか?」
鉄機兵は、魂力と呼ばれる文字通りの魂の力を吸収し、それを糧に物質を創造して、自身を修復させたり、成長を行うことができる存在だ。もっとも生成直後の物質は不安定で、戦闘などにより物質化が解けて消失することもある。そのため、共通した鉄機兵パーツや物質生成によって予備を用意し、戦いの間はパーツ交換によって機体を維持していくのが基本であった。
故にベラたちの戦いで両腕を損傷した『ドーラン』も現時点で完全な状態で修復されており、ダール将軍も操作に違和感なしと感じ『問題ない』と返した。
『いつものドーランだ。この仕上がり、諸君らの仕事に感謝する』
ダール将軍はそう言うと鉄機兵用輸送車から『ドーラン』を外へと出していく。そして、その先には彼の副官の鉄機兵を筆頭にした彼の配下たちの部隊が並んでいた。
現在はムハルド王国中央軍が戦闘を退却してから二日目の、朝日が昇る前の時間帯だ。彼らは目覚めの前の時間を選んで仕掛けようと動き出していた。
『ゼニス、隊の方はどうだ?』
『はい。各隊の鉄機兵は概ね稼働可能となっております。前回の戦闘に鑑みれば、損害はあちらの方が大きく、戦力差はさらに開いているはずではありますが』
副官であるゼニスの言葉にダール将軍が『油断はできんな』と返し、メガハヌの街へと自らの鉄機兵の水晶眼を向けさせた。ベラ・ヘイローが戻ってきたことで指揮系統も前回までとの戦いとは変わっているはずであった。
街の中で彼らがどう動いているのかが気になるところだが、斥候として使っていた獣人の魔獣使い が操る鳥の魔獣も矢で射られてすべて落とされ、状況の確認は困難となっていた。
『斥候からの報告です』
そして彼らが出陣の動きを見せたとき、報告の通信が届いた。
『街付近で待機させている魔術師たちが鉄機兵の起動反応を複数感知しました。正門内で一斉に動き出しているようです』
その報告にゼニスが眉をひそめた。
『おや。連中、こちらの動きに気付きましたかな?』
『いや、それにしては早いだろう。恐らくは同じ狙いであったのだろうよ』
ダール将軍の言葉に、ゼニスが『なるほど』と返す。
『やはり、指揮が変わればそうなりますか』
数に劣る彼らが街を盾にせず、攻勢にでる。
その状況はダール将軍が予測していたことであり、将軍から話を聞かされていたゼニスも驚きはなかった。
『とはいえ、こちらのやることは変わらない。ここまでの戦いの記録を見れば、ベラ・ヘイローは恐らく戦場の最前線にやってくるだろう』
『腕に自信があるのでしょうが、もはや己が一介の傭兵ではないことをアレは理解しておらんのでしょうな』
『左様。だが、愚かしいとは言えない。実際にやつはそうしてここまで上ってきたのだからな』
かつてムハルドの王子を殺したベラ・ヘイロー。ヘイロー傭兵団はその名を利用しただけのカールの傀儡などという声もムハルド王国内ではあったが、先の戦いでそうではないのだということをダール将軍はその身を以って知っている。
『だからこそ、仕留める必要があるのだ。そして象徴を失った連中を瓦解させ、北部族を完全に我らの……む!?』
そのダール将軍の言葉の途中で、南方より炎が上がったのが見えた。
『なんだ?』
『将軍、南方の森より敵襲です』
赤い炎をその眼に映したダール将軍の耳に、伝令係である広域通信型風精機からの通信が届いてきた。そして、その報告にダール将軍が眉をひそめ、同時にゼニスが声を上げる。
『馬鹿な? 森の中には見張りも雇いの獣人たちも配置していたのだぞ? それらはどうした?』
『申し訳ございません。見張りも獣人からも連絡はありません。すべてすり抜けたか、或いは全滅させてやってきたとしか』
『馬鹿なことを言うな。あり得るのか、そんなことが!?』
ゼニスが驚き、ダール将軍が目を細めて南方を凝視する。
天幕にも炎が移ったのか、先ほどよりも火の手が広がっていた。
そして、その間にも報告は続いてくる。
『ドラゴン、ドラゴンなんです。報告にあったドラゴンがこちらに!? それが炎を吐いて……ああ、歩兵部隊から燃やしている。いや、違うのか』
『違う?』
ゼニスが眉をひそめ、広域通信型風精機の乗り手へと問いかける。
『はい。ドラゴンじゃありません。あれは鉄機兵です。いや、竜機兵なのか?』
『どういうことだ。状況は正確に知らせよ』
苛立ったゼニスの注意に、通信先から『申し訳ありません』と声が返ってくる。
『鉄機獣と似たような、ドラゴンのフォルムをした機体が襲撃者の正体です。背にラーサ族の少女が乗っています。なぜ子供があんなところにいるんだ!?』
『何を言っている? 混乱しているのか?』
『それはベラ・ヘイローだ』
ゼニスの問いかけに答えたのはダール将軍だった。それにゼニスが『まさか』と口にする。ベラ・ヘイローの姿が子供だとはゼニスも聞いてはいる。しかし、それでも彼にはすぐさまラーサ族の少女とベラ・ヘイローが頭に中ではすぐに結びつかなかった。
『まさか、単騎で? いや、あり得んでしょう』
『ですが現在、襲撃を受けています。歩兵部隊へ攻撃が行われており、対鉄機兵兵装も炎に阻まれ、それに攻撃を受けている歩兵たちが壁となって、鉄機兵も近付けません』
その状況を、現場で戦う兵たちを無能と責めるのは難しい。
陣形を整える前のこの場まで敵の侵入を許すこと自体が想定外なのだ。
『ドラゴン……型の鉄機兵……そういうことか。カイゼル族とのことは分からぬが、ドラゴンの正体はやつの保有する鉄機兵だ。しかし、自らの鉄機兵にも乗らず、それの背に乗って戦うだと? どういうつもりだ?』
ダール将軍が訝しげな顔をしているが、その問いの答えにこの場では辿り着けない。しかし、彼が行う指示は決まっている。
『将軍、ドラゴン型の機体が森の中に退却していきます』
『追え。鉄機獣部隊と軽装甲鉄機兵を向かわせよ。ここまでに街から軍勢が離れたという報告はない。であれば、あの一機だけ街から抜け出してきたのだろう』
その言葉にゼニスが『罠の確率が高いと思いますが』と言葉を返す。敵の動きは明らかに誘いであったが、それでもダール将軍の意志は変わらない。
『だとしてもだ。森の中にヤツの鉄機兵が置かれておるのかもしれぬが、森から連絡がないのであれば、歩兵部隊を率いている可能性はある。故にゼニス!』
『ハッ』
『ヘイロー傭兵団の本隊は正面からすでに動き出しているし、そちらには私が出ねば士気に関わる。ベラはお前が倒せ。どれほどの兵を使っても構わん。全力で仕留めるのだ!』
『承知いたしました。見事ご期待に応えてみせましょう』
そう言ってゼニスの機体が踵を返し、兵を率いて南の森の方へと動き出す。
その後ろ姿をダール将軍がどこか不安そうな顔で見ていたが、彼には自らの仕事があった。前回ベラ・ヘイローとの戦いを逃げたとの見方もされている自らの汚名を雪ぐために、彼は兵たちの前で己の武勇を示さねばならなかった。
そして、森の中だが……
次回予告:『第185話 少女、誘う』
ベラちゃんたら、少々はしゃいでしまっていますね。
よほど遊びたかったのでしょう。
さて、お兄さんたちをお誘いして森のお散歩といきましょうか。




