第180話 少女、傷つける
『ッッッッッッッッッッッッ!?』
咆哮のような激しい金属音がそこでは木霊していた。
それは街の中にある堅牢な施設の中庭から響き渡っていたものだ。
「なるほど。こりゃあ、見物だねぇ」
音の出元は獣機兵『レオルフ』。対鉄機兵兵装である鎖を無数に打ち込まれて拘束されているその機体は今急激な変異を行いつつあるようだった。そして、その機体の前にベラは立っていた。
「ジャダン、あたしんときもああだったのかね?」
「いんやぁ。ディーナちゃんは大人しいものでしたよ。姿だってそんなに変わっちゃいなかったじゃあないっすか」
そう返したのはジャダンだ。ベラとジャダンのふたりは、目の前の変異し続ける獣機兵の乗り手と会うために、この場にやってきていた。それからベラがジャダンの言葉に頷いてから、改めて『レオルフ』を見る。ダール将軍との戦いの際にさらに獣に近いフォルムに変わった『レオルフ』であったが、部分的には獣が色濃く、人の形状を保ちつつも、竜へとも変わろうとしているという、不安定な変異が生じていた。
「確かに、そうだねえ。リンローだからか、鉄機兵を獣機兵なんてもんに変異させたから『タガが外れた』のか……どちらにせよマギノは喜びそうなネタではあるね」
そう口にしてベラが笑うと、施設の衛兵に案内されてジャダンと共に施設の中に入っていく。そして彼女らが辿りついた施設の奥の一室には、マギノとオルガン、それにマギノの助手たちと共に拘束されたリンローの姿があった。
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「やあ、ベラちゃん。ようやく起きたようだね」
開口一番のマギノの言葉にベラが「まあね」と肩をすくめて返す。
会釈だけしたオルガンの表情は強張っており、また魚人であるマギノの表情は読みにくくはあったが、ギョロッとした目からは疲労の色が見えていた。
どちらも翌日から眠っていないのだろうと思われたが、心まで疲れているかのようなオルガンに対して、マギノの方は充実している雰囲気があった。実際にベラに対しての声は明らかに弾んでいたし、その様子を見てベラが苦笑する。
「あんたは相変わらずだねえ。楽しくて仕方がないって顔をしてる」
「そうだねえ。まあ、僕にとっては非常に貴重な時間を体験させてもらっているからね。乗り手と鉄機兵の繋がりを確かめるには今の状態は最適だ。それでベラちゃん、外の獣機兵は見たかい?」
マギノの言葉にベラが頷く。見ずに通れないほどの奇っ怪なものだった。
「竜機兵に近い形状になりつつあるが、妙に迷いがある感じもしたね」
「そうなんだ。問題はそこだね。今、リンローくんの中の人と獣と竜の因子がせめぎ合っている。それが竜心石を通じて、機体に影響を与え続けているんだ。バランスを崩せば、場合によってはドラゴンに堕ちるかもしれない。それはそれでおもしろそうだけど」
その言葉にベラが眼を細めて「へぇ」と口にする。
ロックギーガやデイドンも鉄機兵から竜機兵を経てドラゴンへと変わった。場合によっては己と『アイアンディーナ』がそうなる可能性もあるのだから、ベラとしても気になる話ではあった。
「ハァ、鉄機兵魔術式研究者冥利に尽きるよ。結局のところ、鉄機兵が人型である理由が我々の因子によるところが大きいと証明されているようなものだ。あの鉄の巨人の根幹を造っているのは人間なんだ。それを彼は証明してくれた」
そう言ってマギノがベッドに縛り付けられているリンローを見た。口も布で縛られてうめき声が先ほどから響き続けている。外にいる『レオルフ』と同様にリンローの全身もその場で拘束されており、ギシギシと逃れようと動き続けていた。
「ハッ、随分と暴れたさそうな感じじゃないか。大丈夫なのかい?」
「どうだろう。外の獣機兵がまだ人型を保っているということは今のリンローくんは、支えられるギリギリのところにいる……とは思うけどね。実際に話せるわけではないから何とも言えないよ」
「まるで狂っちまったときの仲間と同じだベラ団長」
そのリンローの前ではオルガンが目にクマを作りながら憔悴した顔で立っていた。
「ふん。部隊長のアンタが夜更かしかい? よくないねえ」
ベラの咎める言葉に、オルガンが眉をひそめる。もっともそれはオルガンも言われずともそれは理解していた。
「先ほど仮眠は取った」
「そうには見えないよ」
「仮眠を取ろうとして、けれども眠れなかったから、そうなっているのさベラちゃん」
マギノの横槍にジャダンがヒヒヒと笑う。
「まあ、仕方ありませんぜ。あっしにはよく分かりやす。何しろご主人様も、少し前まではああだったんですからねえ。とはいえ、もう少し寝付きはよろしかったと思いますが」
「こんな状態を……団長も?」
ジャダンの言葉にオルガンが何とも言えない顔でベラを見るが、ベラは気にせずリンローの前まで進む。それからリンローの状態を注視した。
「なるほどねえ。随分と変わってきてるじゃあないかリンロー?」
元々リンローはサーベルライオンなる魔獣から生み出した獣血剤で変化した獅子型の半獣人だ。けれども今のリンローはたてがみやその顔つきなどに獅子の特徴を残してはいるものの、露出した肌には鱗が生え始め、充血した瞳はベラ同様の金色になっている。
「随分とドラゴンの部分が色濃く出てるもんだ。あたしとは違うようだね」
一方でベラの方はといえば、外見状の変化は眼が金色になり成長が遅くなっただけである。全体的に身体能力が上がってもいるが、鱗も生えてはいない。だが、リンローは明らかにドラゴンの特徴が強く出始めている。
「そうなんだよ。デイドンドラゴンの残りの血を竜血剤にして注入したんだけどご覧の有様だ。半獣人ってことは、変異に耐性があると思ったんだけど……どうも逆なのかもしれない。それに全身の変異に凄まじい痛みが彼を襲っているようなんだ。正直、今も正気を保っているのかも分からない」
マギノがそう口にし、その言葉を聞いたオルガンが顔を落とす。
ダール将軍との戦いの後にベラの指示を受けたオルガンは、リンローをいち早くマギノのもとへと送り届けていた。
リンローがマギノのもとに運ばれた理由は、マギノがベラから研究のためにと渡されたデイドンドラゴンの血を所持していたためだ。
戦場にベラが到着したときには、すでにリンローの身体は致命傷に近い負傷に加えて魔獣の因子の暴走によって崩壊寸前となっていた。そのままでは確実に死を迎えるはずのリンローを生かすために、ベラが判断したのは己と同様に竜人へと変えて変質する際の超回復に頼ることだった。
「獣人に変わったときも似たような状態だったが……もう一度見る羽目になるとはな」
「ま、打ったのはデイドンドラゴンの血から作った竜血剤だから似たようなものではあるよ。それは説明しただろうオルガンくん。けれど、ベラちゃんの例があったから分が悪い賭けでもない……と思ってたんだけど、当てが外れたかな?」
そのマギノの言葉にベラが目を細めながら、言葉を返す。
「獣人の里で竜人化を試みた獣人を見た。成功例はあたしだけじゃあない」
だからこその提案でもあった。それにはマギノがギョロッとした目をさらに広げて驚きの顔をする。
「へぇ、それは興味深い。見てみたいね」
「まあ、合流する予定はあるからそのときにでも会ってみるんだね。それで、あたしは少し試してみるがいいかい?」
マギノとドラゴンを崇める獣人、両者の視点から調べれば色々と、特に自分や『アイアンディーナ』のことも分かるではないかとベラは考えたが、ともあれ今は目の前のリンローだ。そう考えて、ベラが腰に刺していたナイフを取り出してリンローの前へと立った。
「団長、何をするつもりだ?」
まさか殺すのか……と考えたオルガンが一歩前に出たが、次の瞬間にベラが刃を突き刺したのは己の左腕であった。そして、ポタリと血がこぼれ落ちた。
次回予告:『第181話 少女、あげる』
成長痛は、成長期にしばしば見られる現象です。
夜中におじさんが泣き叫ぶような成長痛を感じているようでしたら、小さな女の子の血を与えてあげると良いのかもしれませんね。




