第17話 幼女、特訓をする
そして、バルをベラが購入してから五日が過ぎた。
コーザに依頼していた鉄機兵の隷属化も無事完了し、パロマ騎士団製鉄機兵の竜心石は無事バルへと手渡されていた。
この隷属化とは乗り手が固定化された鉄機兵の竜心石を解除するもので、これを行うには乗り手と竜心石のリンクが既に切れていること。つまりは乗り手が死ぬか、魔術でリンクを外す必要がある。当然、パロマ騎士団製鉄機兵の乗り手はベラがしっかりと殺しているため、隷属化に支障はなかった。
そしてその鉄機兵の装備だが、元々持っていた騎士団製の剣と盾は引き渡して、代わりに大太刀をバルの要望通りにベラはコーザから仕入れていた。
その外装もパロマを象徴する緑から、バルの望むままに黒く塗られ、名も以前にバルの乗っていた鉄機兵と同じ『ムサシ』という名を付けられた。
それは、かつてラーサ族を救ったという異国の戦士の名であり、バルの持つアダマンチウム製の刀の元の持ち主の名でもあるとのことだった。
そして、新たなる鉄機兵を手に入れたバル・マスカーは今、街を離れた場所で、ベラの赤く塗り替えられた『アイアンディーナ』と対峙していたのだった。
『参るッ!』
そう口にしてバルの『ムサシ』が走り出す。鉄機兵『ムサシ』はベラの『アイアンディーナ』よりも1メートルは大きい。それは子供と大人ほどの差だ。だが『アイアンディーナ』は気圧されることもなく、堂々と待ちかまえる。さあ、斬りつけてこいと言わんばかりの構えだった。
『つぇいっ!!』
その『アイアンディーナ』にバルの気合いの入った上段からの斬撃が降り注ぐ。しかし『アイアンディーナ』には当たらない。
わずかな動作で右に避け、そしてバルの懐に入り込もうと地面を蹴って前へと出る。それは以前にバルが闘技場で見せたかのような動きだった。そしてバルも『アイアンディーナ』の動きを見て振り下ろした刀を横に薙ごうとして、
『はい、失格だ』
その刀の上にウォーハンマーを叩きつけられて動きを止められる。
『グッ!?』
その衝撃にバルの顔が歪み、鉄機兵の両腕と同期しているグリップがまったく動かないことにうめき声を上げる。
(しかし、この程度で)
であればと、バルは左手を刀の柄から放しガントレットによる裏拳を飛ばそうとする。だがベラはそれを見越していた。その裏拳がスピードに乗る前に自らぶつかり、勢いを殺したのだ。
『なんだとっ!?』
それをバルが察したときにはもう遅かった。そして懐に入り込んだ『アイアンディーナ』は『ムサシ』の胸部に左腕を近づかせて、
ガシュンッ
と音がしたと思えば、バルの操者の座に熱風が吹き渡った。
『ぐぁあっ!?』
その急な猛烈な熱を帯びた風にはバルも目をつぶって悲鳴を上げた。それはベラの左腕のギミック『仕込み杭打機』から灼熱化した杭を解放されたためだ。鉄機兵の装甲すらも溶かすその熱量を間近に受けて、バルのいる操者の座にまで熱風が入り込んできたのである。
『ちぃっ!』
それには思わず退いたバルだが、今度は機体の足に何かがひっかけられたのを感じた。
(なんだ? これはウォーハンマーか?)
バルは瞬間的にそう推測する。しかし、だからといってどうこう出来るというものではない。しかし同時に今は刀には何も負荷はかかっていないのも確認する。
(くっ、仕方あるまい!?)
そしてバルの『ムサシ』は倒されるがままにその巨体を地面に転ばせた。そこまではなされるがまま。だが回避は出来ないと察知したバルは、受け身をとることで衝撃を吸収して、そして片腕で『アイアンディーナ』のいるであろう場所に向かって勘だけで剣を振るったのだ。
『惜しい? いやどうだろうね』
激しい金属音がして、ベラの声も聞こえた。しかし振るった刀の感触は硬い。そして首裏に設置されている感応石を通じて鉄機兵の水晶眼で見えたのは、自分の刀が『アイアンディーナ』のギミック腕から生えている杭で受け止められている光景だった。
『まあ、手癖が悪いのは合格か。そんじゃ寝な』
そして何かに引っかけられる音がしたかと思えば、バルの『ムサシ』は盛大に転がっていった。バル自身は何が起きたのかは見れないが、だが、おそらくはベラの『アイアンディーナ』のウォーハンマーだろうと、ピック部分を引っかけてそのまま持ち上げて飛ばしたのだろうという予想は付いた。そしてそのまま、あまりの高回転と衝撃を受けたことでバルの意識が飛んだのだった。
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「いや、まったく一対一じゃあホントにご主人様には敵わねえんだな」
ブスッとした顔のバルの全身に湿布を貼りながら、ボルドがそう口にした。ただでさえ若く、パワーもスピードもない鉄機兵で騎士団製の鉄機兵を手玉に取っているのだ。盗賊団殲滅の時にも感じたが、ボルドの主人であるベラの鉄機兵の腕は尋常ではないレベルのようだった。
「機体に慣れてないとは言え、ここまで手玉に取られるとはな。確かに我が主にふさわしい腕だ」
すでに6度ベラに挑んで負け続けたバルがそう答える。吐いた数も同じ数だ。もう胃の中には何も残っていないだろう。
そしてそう口にしたバルの顔は苦く、今の言葉も負け惜しみに近いものではあるとはボルドは見ていた。
そもそもバルはベラから本気で挑んで良いと言われていて実際に挑み、そしてベラ自身は加減をして鉄機兵をなるべく傷つけないように、その上で内部の人間にはダメージが通るように痛めつけてきたのである。
操者の座はベルトで固定しているし、ある程度の衝撃には耐えられるとはいえ、ああも何度も衝撃を受け、転がされてしまえば乗り手も目を回し、全身が打ち身になるのも当然ではあった。
闘技場では無敗。それ以前の鉄機兵戦でも常に勝ち続けてきたらしい男にとって、手加減された上での惨敗はそれだけにあまりにも衝撃的だったのだろう。ましてや相手は6歳の子供だ。ショックを受けないはずもなかったのである。
そして手当をされているバルの前では、さすがに疲れたのか汗をかきながら上気した顔でベラが水筒の水を飲んでいた。
「しかし、主様はまるで全身に目があるように動くな」
そのバルの言葉にベラは口を開く。
「んなもん、考えて動きゃあなんとかなるもんさ」
そう言うベラにバルは苦笑で返す。
鉄機兵には感応石という乗り手と鉄機兵を繋ぐ石が操者の座の首辺りの裏側に仕込まれており、それを介して鉄機兵の水晶眼で見た光景を乗り手は見ることが出来る。もっとも鉄機兵の首の可動範囲は狭く、視界は常に制限されているのだ。それはフルプレートメイルに近いものがあるが、鉄機兵では五感で感じることは出来ない分把握しづらい部分もあった。だがベラはまるで見えないところまでもを完全に把握して動いているという印象がバルにはある。
(考えて動く……予測してあそこまで動けるというのは驚異だな)
そうバルは考える。以前に乗っていた鉄機兵でもギミックなしではベラに勝てるか否か分からないとバルは見ている。ギミックなしでと考えているあたりがバルの矜持の限界ではあるが、ともあれ自身の主の実力は骨身に染みて理解できたようだ。
「まあ、いいさ。バルの出来は大体分かった。とりあえずは戦の準備は整ったと見るべきだね」
「では?」
「ああ、今はルーインが押してるらしいしね。まあ、チョイと戦力は足りないが、スカベンジャーを待って金を手に入れたらひとまずはドロワ平野のモルソンの街に向かうことにする。補充の戦力はそっちで集めた方が早そうだ」
そうベラは言う。現状でボルドやバルのように奴隷を買うには金がかかるが、雇うだけならばそうではない。並の戦奴隷の相場は100〜200万ゴルディンだが傭兵の月の給料は10〜20万ゴルディン程度だ。契約も月単位でならば後腐れもないしどちらを使い捨てにしやすいかは明らかではあろう。
もっとも子供が一人募集をかけたところで人が集まるはずもない。しかし、今はバルとボルドという奴隷がいる。ふたりを前面に出せば子供と舐められる心配も減るだろう。
ともあれ、そうしたこともあちらについてから考えようとベラは思い、そしてあちらに向かうことをコーザに伝えて、いろいろと融通してもらおうかと考えていたのだった。
次回更新は2月24日(月)0:00。
次回予告:『第18話 幼女、護衛をする』
ついに戦地であるモルソンの街に行くことを決意するベラちゃん。
ついでにモルソンの街へのキャラバンの護衛の仕事も引き受けることにしたのでした。六歳の幼女にしてはしっかりしています。




