第178話 少女、疲れる
『ふん。なるほど、強い』
そう呟きながらベラは回転歯剣を振り回し、目の前の鉄機兵へと攻撃を仕掛けていく。一方でそれを避け、かわしきれねば剣で受けている敵の鉄機兵『ドーラン』の状態は決して良いとは言えなかった。錨投擲機を当てられた右腕の調子は悪く、左腕もリンローの攻撃のためか微妙に動作に不安がある。
もっともそのコンディションを把握し、カバーするだけの実力がダール将軍にはあった。対して、ベラは相手が自分の状態を注視していることに気付き舌打ちをしていた。
『なんだい? 女をジロジロ見るんじゃないよ。マナーがなってないんじゃないかい?』
『そう口にするということは、どうやらそちらの調子もよろしくはないようだが……しかし、まさかとは思っていたが本当に子供だとはな』
ダール将軍が感じ取ったのは、鉄機兵の乗り手が相当に疲労しているようだということだった。そして、同時に乗り手の異常性も感じ取っていた。少なくとも彼が感じる限り、相手は子供なのだ。これまでにもベラの情報はダール将軍へと届けられていたが、声、鉄機兵の
重心の取り方……感覚的に感じる部分や相手の動きの癖などからようやくその実感を得た。
『小人族ではないのか?』
『失礼だね。うちは両方とも生粋のラーサさ!』
そう言いながらベラが回転歯剣を振るって、ダール将軍の『ドーラン』の剣が弾かれる。回転歯剣の回転力を前にすれば、通常の剣では打ち合うことは困難だ。寧ろ、よくぞ剣の刃が破壊されずに済んでいると感心するほどの負荷がかかっている。
とはいえ、ベラの方とて決して無理がないとは言えない。
(チッ、受けるかい)
ベラは大量に流れ出ている汗を拭いながら、水晶眼に映る映像に集中している。
回転歯剣は強力ではあるが、振動による自機と乗り手への負担も大きい。ここまで『アイアンディーナ』がウォーハンマーをメインに戦ってきたのも、回転歯剣が長期の戦闘は不向きであったためだ。
とはいえ、一戦程度ならばそう大したものではないのだが、今のベラは疲労困憊な状態だ。唸りを上げているような振動とそれを制御するための集中力を維持しながら、ベラはペロリと舌なめずりをする。
『仕方ない。とっととケリ付けないとね』
そう口にしたベラが竜尾をグルリと竜腕に巻き付けた。負荷がかかるのであれば、それを軽減するようにすればいい。その手段としてベラは、竜尾を腕を支えるために使用した。
対してダール将軍の『ドーラン』も両手に大小の剣を構えながら、にじり寄る。
ダール将軍にしても、これ以上の戦闘は望ましいとは言えなかった。回転歯剣とまともにやり合うには剣の負荷が大きすぎた。どちらともいつ砕けるか分からない状態だ。であれば、踏み込み、懐に飛び込んで致命の一撃を狙う。ダール将軍にとっても己の勝ち筋はそこにしかないと覚悟を決めた。
そして両者が一歩を踏み込み、己の刃を叩き付けようと飛び出して、けたたましい金属音が響いた。
『チィッ』
『クソッタレッ』
その次の瞬間、両者が同じタイミングで舌打ちした。どちらの目論見も上手くはいかなかったのだ。
ダール将軍の右の剣は回転歯剣によって刃が折れ、左の剣は胸部装甲へと届きはしたが、竜の甲殻で造られたソレを貫くことはできなかった。
ベラの方はといえば、胸部装甲が刃を受け止めることを見越しての攻撃だったが、回転歯剣で相手の剣を破壊した際の衝撃についに己の身体が耐えることができず、続く一手が出せなかった。
そして、二体の鉄機兵が同時に跳び下がる。
『体力の限界か。不味いね』
誰にも聞こえぬようにそうボソリと呟いたベラがすぐさま一歩を退いて、これ以上の使用は難しいと判断した回転歯剣を腰の接続部に戻した。それからすぐに腰に差していたショートソードを抜いて構える。
『たく。年を取りたいもんだね。ガキの身体じゃあ、ここいらが限界だ』
ベラが、皮肉げに笑う。手足の震えが止まらなくなっている。竜人となったとはいえ子供の体力だ。特に持久力に関しては不足していた。故にこれ以上の負荷は『アイアンディーナ』よりも己の身体が保たぬとベラは判断したのだ。であれば『竜の心臓』を起動し、力が尽きる前に仕留めようと……そう動き出した次の瞬間に、
『何? ドラゴンの炎が……』
ベラの耳にわずかにダール将軍の声が聞こえたかと思えば、鉄機兵『ドーラン』が下がり始めた。その様子に訝しげな顔を見せたベラだが、敵の引き際は早い。
『なんだい?』
追いかければ、敵の真っ只中に飛び込むことになる。今の己の状況を顧みて、ベラはその無謀を実行しなかった。その間にもいくつもの閃光弾が空に打ち上げられると、ムハルド王国の軍勢のすべてが退却を開始していく。それを勝利と受け取りヘイロー傭兵団は一斉に勝鬨を上げたが、ベラにしてみればそれは拍子抜けする展開だった。
『こっちも助かったっちゃー助かったが……何かあったのかねえ?』
そう言ってベラが操者の座にもたれかかる。それから胸元を開けると中からムワッと汗が蒸気となって出てくる。それに顔をしかめながらも、ベラは獣機兵部隊のオルガンへと通信を繋げた。
『まあ、いい。おい、オルガン。聞こえてるかい?』
『は、はい』
唐突な問いにオルガンが目を丸くしてそう返す。
『あんたは、すぐにリンローをマギノのもとに向かわせな。残りの血を全部使っても構わないと伝えろ。そんで、選択はアンタに任せる』
『任せるって?』
その言葉の意味が分からず首をかしげるオルガンだが、ベラの声は次第に小さくなっていく。
『まあ、可能性は小指の先程度だろうが……それでも……ハァ、あたしゃ寝る。あとは頼んだよ』
『は?』
呆気に取られるオルガンの耳に、小さな寝息が響き始めた。
その状況にオルガンは訳が分からぬまでも、ひとまずはリンローの獣機兵を抱え、そのまま街に戻り始めた。もはや親友が生き残れるとはオルガンには思えなかったが、それでもわずかな希望にすがった結果、彼は一応『間に合わせる』ことには成功した。
そして『アイアンディーナ』の方はといえば、撤退する敵陣を前に仁王立ちで威嚇していた後、獣機兵部隊によっておっかなびっくり担がれて回収されたのであった。
そして、この場を撤退したムハルド王国中央軍だが……
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「将軍。部隊の帰投を確認いたしました」
「そうか。それで、ドラゴンはどうだった?」
ムハルド王国中央軍の陣地内にある天幕の中、用意された席に座っているダール将軍が報告に来た配下にそう尋ねる。すでに戦闘は終了となり、ダール将軍も今はその後の処理を行っている状況だ。
そして、ダール将軍は先ほど戦場で受けた報告の裏付けを取っていた。それはつまり『ドラゴンの存在』の有無の確認である。
「街へと飛んでいった巨獣らしき存在の影に、街の中で確認されたブレスと思わしき炎。東部軍の報告にもあったドラゴンがまだ街の中にいる……だったな。となれば……」
「カイゼル族もいるはず……ですか。やはり南方面からの部隊は戻ってはきませんし、ドラゴンについては実際に目撃した者はおりません」
その報告にダール将軍が目を細める。
「しかし、二年半前に連中がハシド王子を殺した際にもドラゴンはいた。それはローウェンの手を逃れ、今なお見つかってはいない」
「ローウェンではすでに戦竜兵の実践投入も始まっていると聞きます。ソレと同様の兵器をヘイロー傭兵団が所持しているとなれば……」
「ドラゴンは強力だが、倒せぬという存在ではない。しかし、こちらがその存在を知らずに戦えば、混乱を生み被害をいたずらに増やすだけだ」
それがダール将軍が一時撤退した理由であった。先の戦いにおいて全体での戦局は優勢であったが、彼はベラ・ヘイローに続いてのドラゴンとカイゼル族の参入を恐れた。何しろ、
(問題なのは……あのままでは、負けたのは私だということだ)
続けていればどちらが負けていたのかをダール将軍は正しく理解していたのだ。回転歯剣の動きが止まったのは乗り手の疲労の問題だろうとは読めたが、剣を片方失った状態では次のショートソードの攻撃を止められる自信がなかった。相手の鉄機兵の右肩部が開き始め、中から強大な力の波動が発せられたのも感じられた。あちらにはまだ切り札があったのだとダール将軍は確信していた。
戦闘中にドラゴンについての報告が届いたのは偶然であったが、あの場で己が敵の大将に討ち取られ、そのうえにドラゴンとカイゼル族が参戦すれば一気に自軍は崩されていただろうとダール将軍は判断しての、あの退却である。
(どうあるにせよ、己の負けは確定か)
そう思いながらダール将軍が苛立ちを拳に乗せてテーブルを叩く。それを見た配下が神妙そうな顔で頷く。
「東部軍の間抜けどもへの怒りはごもっともです。あいつら、まんまと出し抜かれて……すべてはザモス将軍の責にありましょう」
どうやらダール将軍の怒りの矛先を別のものだと深読みして勘違いしている配下を見て、ダール将軍は少しばかり苦笑してから椅子にもたれかかる。それから目の前の配下に対して口を開いた。
「ともかくだ。ドラゴンについては至急調べさせるんだ。獣人を使って街の中もくまなく探させろ。間に合わんだろうが東部にも連絡してやれ。あの馬鹿どもは待ちぼうけを食っている可能性もある。行け。態勢をすぐにでも整え、次こそはアレを落としたい」
「はっ」
そして敬礼をしてその場を去っていく配下を見送りながら、ダール将軍はひとり考え込む。
「さて、どうする?」
天幕へと視線を向けながら彼はそう呟いた。カイゼル族とドラゴン。どちらも強力な相手だ。特に未知の敵であるドラゴンについては、認識を統一させておかねば大きな混乱をもたらすだろうと。
もっとも、ダール将軍にとってもっと懸念すべき存在は別にあった。
「どうであるにせよ。倒すべきは」
ベラ・ヘイロー。その存在を断たねば敵は止まらないと確信する。
その戦闘能力と存在自体の特異性。エナ王妃の懸念が決して大げさなものではないことをダール将軍は実際に対峙して理解した。根であるソレを倒さねば戦いは終わらぬと考えながら、ダール将軍は次の戦いに向けて思案し始める。
次回予告:『第179話 少女、起きる』
ベラちゃんも少しハシャぎ過ぎたみたいですね。
今はゆっくりとお休みなさい。
そしてダールおじちゃんは少し恐がりだったかもしれませんが、安全第一の人です。
痛い目を見なくて済んだのですから結果的には正解だったのでしょうね。




