第177話 少女、割り込みをする
※今週は短めです。
『フゥッ!?』
思わずオルガンが息を飲み込んだ。
終わりだと思っていた。己の相棒がこの世から去るその瞬間を見ることになると諦めていた。しかし、その瞬間は訪れなかった。
何故ならば、リンローへと突き刺さるはずだった剣は少し離れた大地に突き刺さっていたのだ。そして、破損し震えている右腕を下ろした鉄機兵『ドーラン』の中で、ダール将軍が目を細めて己の腕に錨を投擲した機体を睨みつける。
また、その場にいる他の者たちの視線も、一機の鉄機兵に向けられていた。
『なんだよ……ベラ団長、来たのかよ?』
そして、倒れている獣機兵の中から声が響く。錨投擲機と呼ばれる『ドーラン』の剣を弾いたギミックウェポンの持ち主のことをリンローは知っていた。であれば、転げた錨を見れば、誰が来たのかぐらいは顔を上げずとも理解できた。
ベラ・ヘイロー。
この場に来たのは、彼らヘイロー傭兵団の象徴だとリンローは気付いていた。それから赤い鉄機兵『アイアンディーナ』の中から『フゥ』と息をついた声が響いてくる。
『なんだい。ギリギリだったとはねえ。まったく子供に無茶させるなんて、ロクな大人じゃあないねリンロー』
『いや、それ笑えねえ。ゴプッ、ゲッ、ハハハ』
血を吐きながら笑うリンローだが、その声は弱々しい。もっともベラはそれを一瞥しただけで、すぐさま『ドーラン』へと視線を向けた。ベラがリンローにできるのはここまでだ。治療するのはベラの役割ではない。
『で、そっちが敵の大将かい。ハァ、図体デカいくせにうちの猫ちゃんを随分といじめてくれたようだね。動物を虐待する趣味でもあるのかい?』
『貴様がベラ・ヘイローか。ふざけたことを言う。それよりもだ。我らがハシド王子を殺した大罪人が、何故に今、どうやってここに戻ってきた?』
そのダール将軍の疑問はもっともなものだった。今、ベラがこの場にいるはずがないのを彼は知っていたのだ。
ベラが単独でムハルド王国内に侵入してカイゼル族と共に行動しているとの情報は、すでにダール将軍のもとへと届いている。そして、報告によればベラとカイゼル族は今、ムハルド王国東部軍が動きを抑えているはずだった。そのダール将軍の言葉にベラが笑う。
『そうさねえ。それに答える義務はないんだけど……まあ、いいかい。北と南の方から人ん家に上がりこもうとしたネズミがいてね。まあそいつらをちょいと駆除してたら、ここまで辿り着いちまったんだよ』
『そうか。南の部隊からの反応がなかったのは貴様がすでに全滅させていたからか』
ダール将軍の言葉を聞いて、ムハルド側の兵たちがどよめいた。
ともあれ彼らも南の部隊の連絡がきていないことは知っていた。想定外の事態は起こるものだと考えていた。
例えば道中に巨獣と遭遇すれば、ダール将軍が定めた期日にメガハヌの街へと到着が間に合わなくなる可能性もないわけではなかったが、まさか仲間たちがすでにベラの手によって殲滅されていたとは彼らも思ってはいなかった。
『ヒャッヒャッヒャ、ムハルドのネズミはちょいとデカくて仕留めるのにもちょいと苦労したけどね。まあ……とりあえず息の根は止めてやったし、戸締りもしっかりしておいたから問題は後ひとつさ。ネズミを放った親ネズミを仕留めりゃ全部終わりってわけだ』
その言葉を聞いて、ダール将軍が苦々しいといった感じの声で唸ったが、ベラは左手を前に掲げながら続けて口を開く。
『で、いつまで人のモンの上に乗ってんだい? 金取るよ』
次の瞬間に『アイアンディーナ』の左腕の掌から赤い鉄芯が飛び出した。
『仕込み杭打機か』
叫んだダール将軍の『ドーラン』がその攻撃を避けるためにその場で跳び下がり、それに合わせて『アイアンディーナ』がリンローの獣機兵のもとへと駆け出した。
『させるかっ』
それを見たムハルドの鉄機兵が一機飛び出す。そして、リンローの獣機兵との間に立って『アイアンディーナ』を倒そうと剣を振り下ろしたが、
『甘いんだよねえ!』
すれ違いざまに『アイアンディーナ』の竜尾によって転ばされると、その場でウォーハンマーのピックで胸部ハッチを貫かれた。
『まったく、邪魔すんじゃあないよ』
それから『アイアンディーナ』はウォーハンマーのピックを抜くことなく手放すと、獣機兵『レオルフ』のもとへと辿り着く。その様子を見て、ダール将軍が眼を細めた。
『我が配下を一撃で……なるほど、鉄機兵の腕一本でのし上がっただけのことはあるわけか』
その言葉に「ヒャハッ」と笑ったベラが、腰の回転歯剣を取り出して、起動させる。
『そんじゃあ、オルガン。リンローを回収しな。あたしはそっちの偉そうなのとサシで殺り合う』
『了解だ団長。しかし、そいつは強いですよ』
オルガンの言葉にヒャッヒャとベラが笑うと、腰を低く、ゆっくりと回転歯剣を構えた。
『まあ、試してみるさ』
『ふむ。では、こちらこそ試させてもらおうか』
対してダール将軍の『ドーラン』も弾かれた剣を拾い、左右の腕それぞれに剣を握って構えると、どちらからともなく鉄機兵同士が走り出し、そして響きわたる金属音と共に火花が散った。
次回予告:『第178話 少女、疲れる』
おやおや、ベラちゃん。少しお疲れのご様子ですね。
運動した後はお昼寝タイムにいたしますので、それまでにお片づけを済ませておいてくださいね。




