第176話 少女、一生懸命走る
『ハッ、力はある! 足もある! 確かに獣機兵は二年前ならば脅威であったな。巨獣の如き性能を持つ鉄機兵をわずかな手間で生み出せるのだからな。あのときは私も脅威を覚えたものよ』
そう言いながら、ダール将軍の鉄機兵『ドーラン』が長さの違うふた振りの剣を使ってリンローの獣機兵『レオルフ』を斬り裂いていく。その斬撃の軌道は変幻自在。大きさも重量も違うふたつの刃を捉えるのは容易ではなく、それらを完全に使いこなす技量を持つダール将軍は確かに恐るべき鉄機兵乗りであった。
『しかしな。巨獣モドキと考えれば、そう厄介な相手ではないのだ。戦闘となれば闘争本能に支配され、動きも獣じみて読みやすくなる。お前はその域こそ超えているようだが、それでも私には勝てんよリンローとやら!』
『んなこた分かってんだよ。だけどな、せめてひと噛みくらいはさせてもらうぜダールさんよぉ!』
対するリンローの『レオルフ』は元々三日月刀を装備していた獣機兵であったが、今はそれを手放し両腕から伸ばした爪と、頭部を変形させて造り上げた顎と牙で攻撃を行っていた。
『届かせると思うか? しかし、その変形には驚いたぞ。竜機兵などは魂力で物質生成を行っても即座に安定すると聞くし、獣機兵にもそれに近い能力があるとは知らされてはいたがな』
『知るかよ。おおお、今度こそ捉えたぜ!』
そう叫びながら、リンローの『レオルフ』の爪が迫る『ドーラン』の双剣を受け止めた。
『このまま喰い殺してッ!? と、クォオオオッ』
さらに一歩進んで噛み砕こうと頭部を前に出したところに『ドーラン』は『レオルフ』の腹へと蹴りを放った。
『受け止めたのではない。そうさせたのだ。私がな』
ダール将軍がそう口にする前で、蹴り飛ばされた『レオルフ』が大地を転げておく。またリンローもその衝撃により傷口が開いて操者の座内に血が飛び散った。
『リンロー!? クソ、不味い』
その様子にオルガンが目を見開き、フットペダルを踏む。
だが、ムハルド王国の鉄機兵が壁となってオルガンの行く手を遮った。
『退け貴様ら!』
『黙れ、将軍の邪魔はさせん!』
『鬼風情が。我らを抜けるのであれば、その金棒で退けてみよ!』
そして、オルガンとムハルドの兵たちが叫び合う前で、リンローの『レオルフ』が地面に崩れ落ちた。
『リンロー。クソッ、死ぬな。もう少しで団長がッ!』
『グッ、分かってるよオルガン。まだだ。まだ、俺は……死んでは』
その声と共に倒れた獣機兵がさらに己の機体を変異させていく。壊れかけた身体を構築し直し再び立ち上がろうとするが、そこに『ドーラン』が突撃していく。
『先ほどからよく分からぬ変異を繰り返す……それ以上は危険だな。仕留めさせてもらう!』
『それはこっちの台詞だ。ダァアル!』
次の瞬間には、迫る『ドーラン』の刃が振り上げられた『レオルフ』の右腕を斬り飛ばす。
その様子に、リンローが苦い顔をしながら笑った。
『ハハ、ここまでか……よ』
『そう言うな。貴様はよくはやった。称賛に値する戦士ではあったさ』
そう口にしたダール将軍の『ドーラン』の左肩部には『レオルフ』の左腕の爪が突き刺さっていた。わずかな動きで避けたはずのソレは、物質生成により瞬間的に先端を伸ばして『ドーラン』に傷を付けることに成功していた。もっとも、その損傷は左腕の機能をわずかに鈍らせる程度のものだ。致命傷には程遠い。
『牙ではなく爪だったが、しかし私に届いたことは認めよう』
そして、ダール将軍が『ドーラン』の手を振り上げて天に剣をかざし、トドメを刺すのだということをその行動で周囲に宣言する。
『ではさらばだ!』
そして激しい金属音と共に『ドーランの剣が』宙を舞った。
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「ハァアア、まったく嫌んなるな。化け物揃いってのは」
それはダール将軍とリンローが戦い合っていた戦場よりわずかに離れた高原から響いたぼやきであった。そして、その声の主は、倒れているムハルドの鉄機兵にトドメを刺している巨人族の戦士であった。
『団長、なんなんすか。あの人は? つか、人間かアレ?』
騎士型と違う、系譜の定かではない傭兵型鉄機兵が尋ねると、巨人は「さあな」と返す。それから右腕の義手で胸部ハッチを開けて中で死んでいる人間から無傷の『竜心石』を奪うとニンマリと笑った。
鉄機兵のボディはなくとも、その竜心石があれば新たに鉄機兵を生み出すことも可能だ。そのため高額で取り引きされているし、目の前の鉄機兵を戦闘後に回収できれば、さらに金額が上乗せもされる。鉄機兵とは戦場の華であると同時に傭兵たちにとっては稼ぎの種でもあるのだ。
それから巨人は、先ほど彼らが護衛していた赤い鉄機兵が駆けていった先を見る。その先は現在もっとも激しいであろう戦場だった。だが、ヴェルゼフは特に心配もしていなかった。
「何しろ、俺の腕を切り落とした男の主だった人だからな。ま、アレが敵じゃなくうちの大将だったことに俺は心底安堵するね」
そう言って、苦笑いをしながら巨人族の男は周囲を見回す。
巨人の男は、かつて怪人ヴェルゼフの二つ名で闘技場を席巻していた闘士であった。バル・マスカーという生身の剣士に右腕を奪われパトロンにも捨てられた彼は、後に闘技場を出て傭兵となって戦場を渡り歩いていた。
そして、そんな経歴を持つヴェルゼフが団長を務めるヴェルゼフ傭兵団の進軍してきた道には、破壊された無数の鉄機兵があった。それらの半数にトドメを刺したのはヴェルゼフたちであったが、半数は一機の赤い鉄機兵が一撃で仕留めたものだ。また、残り半分の鉄機兵にしても赤い鉄機兵の攻撃によって殺しきれなかった相手であり、ヴェルゼフたちはそれらにトドメを刺すだけの残飯処理をしたようなモノだった。
「おし。ひとまず相当稼げたしな。ムハルドの連中の足止めもこれくらいでいいだろ。仕事はした。俺らは下がるぞ!」
ヴェルゼフの言葉に、傭兵たちが「オォォオオ」と声を上げる。
元々門前を護っていた彼らは、一機の鉄機兵の護衛のためにここまで連れてこられていた。
目的地が見えた時点でもう用済みとばかりに退却を指示された彼らはこの場に置いていかれ、また被害の規模から一度は退きかけたムハルド王国の兵たちも赤い鉄機兵がいないと見ると徐々に距離を詰め始めてもいた。
相手は正規の騎士たち。傭兵であるヴェルゼフたちが正面切って戦うには戦力不足であり、指示された通りに引き時でもあった。そして彼らが背を向けた戦場の中心では、多くの者にとって予想外の事態が起きていた。
次回予告:『第177話 少女、割り込みをする』
あらベラちゃん。到着はできたようですね。
はい、それじゃあみなさんにご挨拶をしましょう。
そして、次はこそはちゃんと割り込みましょう。




