第172話 少女、男を待たせる
メガハヌの街、それはムハルド王国とルーイン王国の境にある街であった。
かつて幾度かルーイン王国とラーサ族の間で矛が交えられたことがあり、ルーイン王国における主要な防衛拠点のひとつとしてそこは今では分厚い壁に囲まれた要塞都市となっている。
対鉄機兵戦闘を想定し、その建設に多くの鉄機兵を投入したその街はまさしくルーインを護る盾のようでもあった。もっとも、ムハルド王国が生まれた際に国家間で和平を結び、久しく本来の役割を発揮してはいなかったのだが、今のメガハヌの街はまさしく敵より身を護る盾として機能していた。そう戦争が始まっていたのだ。
そして、街を守護するはベラより任されたカールが指揮するヘイロー傭兵団。対して街へと刃を向けるはムハルド王国中央軍。両者の激突は昨日に続いて二度目を迎え、振るいあう刃はより一層激しさを増していた。
『陣形を整えろ。敵はムハルドのダールだ。攻め続けねば一気に狩られるぞ』
『ははは、カール・カイゼル。子供に担がれた愚か者か。いいや、それともお前が担いだのかね。もっとも、どちらにせよ敗北者が今更駄々をこねてなかったことにしろと癇癪を起こすなど、武人としてあるまじき行為であろう。哀れを通り越していっそ滑稽にしか見えぬぞ』
『抜かせダール! ムハルドの犬がッ!』
『犬か。番犬というならばその通り。国ですらなかった蛮族のお前たちも仲間にしてやったのだ。感謝こそされ、恨まれる覚えはない』
『ふざけるなぁあああッ』
叫び声を上げながら、カールが操者の座の中でアームグリップを振るい続ける。左右それぞれの腕に角付き盾を篭手のように装備させているのが鉄機兵『ムスタッシュ』の特徴だ。まるで拳闘士のように左右の盾を振るう戦闘スタイルの機体であったが、現状は目の前の鉄機兵に対して防戦一方となっていた。
『吠えながらも見事なコンビネーション。ふん。怒りに我を失うように装っても、お前は感情を御しすぎるよ』
その言葉を発した男の名はムハルド王国中央軍を率いしダール将軍。彼が乗る機体の名は『ドーラン』だ。大剣と小剣のふた振りを操るその機体は高い戦闘性能を誇り、カールがどれだけ盾を振るっても付け入る隙が見えることがない。
『だが、その護りは確かに強固。カール、貴様の腕は想像以上のものだ』
『クッ!?』
恐るべきコンビネーションで長さの違うふた振りの剣を仕掛けてくる『ドーラン』に対し、カールが行えているのは防御のみ。ベラのときとは違い、今回カールは攻撃よりも防御に重きを置いていた。
何しろカールが対峙しているのは、ムハルド王国中央軍の一角を担う男だ。鉄機兵戦闘においてムハルド王国内でも一二を争う実力者に対し、カールは己の力量では叶わぬことを最初から理解していたし、ダール将軍をこの場に留めることこそを主眼において動いていた。無論、倒せるならば倒しておきたいとも考えていたが。
『今だ、やれ!』
そしてカールの言葉と共に、周囲から一斉に鉄機兵四機が飛び出して『ドーラン』に対して刃を伸ばす。同時に己は盾を前に押し出し、ダール将軍の動きを止めようとして突進する。
『ウォォオオオオッ』
カールは自ら攻撃せずとも良かったのだ。己という鎖で相手を縛り、部下にトドメを刺させる。そのためにここまで耐えてきたのだ。しかし……
『甘いなカール・カイゼル!』
その行動は、ダール将軍にとって折り込み済みのものだった。カールの盾にひと蹴り入れながら迫る鉄機兵たちの一機へと急速に突き進むと、すれ違いざまに剣を振るってカイゼル族の鉄機兵の胸部ハッチを貫き、その場から距離を取った。
『くっ、オルトンが』
『ならば、私が仇を討つ!』
『動くな、お前たち! 陣形を崩すなと言ったはずだぞ!!』
そのまま追撃しようとした配下にカールの注意が飛ぶ。
己以外の者が正面から対峙すれば、返り討ちにあうのは目に見えていた。
それから再びカール先頭に立ってダール将軍と対峙しようとしたが、鉄機兵『ドーラン』は再度カールの『ムスタッシュ』へは向かわず、その場から離れて狼煙代わりであろう閃光弾を空に投げた。
『あれは昨日と同じ……撤退する気か?』
そう口にするカールの前で『ドーラン』は踵を返して己の陣地へと戻り始めると、それにムハルド王国中央軍側の鉄機兵や歩兵たちも続いて動き出し、一斉に街から遠ざかっていった。
『追撃しますか?』
その様子を見ながらの配下の言葉に、カールは首を横に振り『戻るぞ』と返した。
『こちらは所詮寄せ集めだ。練度で負けてる以上、地の利を取れない状況に誘い込まれればすぐさま終わるぞ』
カールがそう言いながら、ベラの従者であるパラの広域通信型風精機を通じて全軍に戦闘終了を告げていく。そして、ヘイロー傭兵団から勝利の歓声が上がり始めたが、その場をしのげただけで未だ窮地を脱しているわけではなかった。
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「今回もダール将軍には逃げられた。すまない」
戦闘終了後、メガハヌの街の内側に築かれた監視所内で、ヘイロー傭兵団の主要メンバーらが集っていた。そして、その場でカールが苦い顔をしながら謝罪していた。
敵の大将と戦いながら逃したことは確かに結果としては失態だ。けれども、それに何かを言える者はこの場にはいない。カールでなければあの敵は止められなかっただろうとは、戦いを見ていれば分かることだ。むしろカールが生きてこの場に戻ってきたことこそが最大の成果だと誰もが理解していた。
なお、この場にいるのはカールと、その配下であるカイゼル族の部隊長三人。それにベラの従者であるパラと、獣機兵部隊の隊長であるリンローとオルガンであった。さらにはこのメガハヌの街を任されていたゾルンというカイゼル族の戦士も参加している。
その中でパラが一歩前に出て口を開く。
「あちらとの戦力にそう差はないはずです。街の城壁を利用し戦えるこちらの方が有利だというのに、終始あちら側にリードされている感じがあるのは、やはり敵の練度の差によるものでしょうか」
パラの言葉にカールも「そうだな」と頷いて返した。今のヘイロー傭兵団は、カイゼル族と獣機兵部隊、それに傭兵団が組み合わさった軍団である。それぞれを離して役割を任せている故に今は揉め事もほとんどないが、それでは戦士としての質はともあれ、軍隊の質はムハルドに及ぶわけもない。そのことを考えながらカールは「ま、こちらの指揮官の差もある」と口にする。
「カール様、それは」
対してゾルンが納得いかぬという顔でカールを見た。
誰が見てもカールはよくやっていた。ベラが抜けた穴を埋めるべく、かつては睨み合う中であった獣機兵部隊も上手く動かし、戦いをイーブンにまで持ってきている。それにはカールも「別に下手を打ってるつもりはないさ」とゾルンに返す。
「ただ、相手が上手だってだけの話だ。俺ではその差を埋めきれていないな」
認めるべきは認め、それを即座に己の行動に反映させることこそがカールの美徳であった。だからこそ、ベラを受け入れ、獣機兵部隊も扱える。それをこの場にいる獣機兵乗りオルガンとリンローも理解しているが故に、隊の不満も己たちで留めて骨を折っている。立場こそ違えど、彼らは同じラーサ族なのだ。強者には敬意を払う。
「もっとも、こちらも負けてはいないさ。今は確かに拮抗しているが、獣機兵部隊がいなければ、確実に押し切られる戦力差だ。相手はこちらをよく見て動いているが……それでも我らが団長様の行動は測りきれていない」
そう言ってカールが笑う。
「それに、俺の方でムハルド王国内へといくつものルートを使って反乱の情報を流している。他の北部族たちの行動にも目を向けねばならぬ以上、こちらばかりに手を割くわけには行かぬだろうし、これ以上の増援は難しいだろうな」
そのカールの言葉は正しい。今のヘイロー傭兵団の戦力はムハルド王国想定した数の倍以上。彼らは想定した数を上回る戦力でもって早期に決着をつけようとしていたのだが、それは完全に崩された形となっている。こればかりは、ムハルド王国にとっても想定外の事態であった。
「となればこちらの増援が来れば形勢は逆転するかもなぁ」
半獣人のリンローが肉食獣特有の獰猛な笑みを浮かべて舌なめずりをする。それにオルガンが頷き、視線をムハルド王国領へと向けた。
「となると、ますます団長のお戻りが重要となるわけか。問題はいつ戻ってくるかだが……」
数に差はなく決め手に欠ける状態であるならば、数と決め手が加われば良い。
そして、彼らにはその宛てがあった。航空型風精機で戻ってきたサティアの言葉を信じるならば、団長が帰還する日もそう遠くはないのだ。問題は彼女らが戻るまでに彼らが耐えきれるか否か……ということだった。
次回予告:『第173話 少女、ダイブする』
今回、ダイブはできませんでした。
ベラちゃんは焦らすタイプのようですね。成長したら男を振り回す悪女になってしまうかも?
このままスクスクと育って欲しいものですが、少しベラちゃんの将来が心配になってきました。




