第171話 少女、ケツにブッ刺す
※来週は所用によりお休みします。次回更新は6月20日(月)0:00となります。
ガイガンがこの状況を奇妙と感じるのは至極自然ではあった。
何しろ、己の息子の娘よりも幼い少女が己らを率いているのだ。少し前であれば冗談だろうと笑い飛ばすような状況の中にガイガンはいた。
『相手はいきなりやってきたこっちにビビってるよ。柔いエルゾナの門が見えるだろう。ブチ込んで盛大によがらせて昇天させてやりな。クソを垂れ流すだけの場所じゃないってことを教えてやるんだよ』
そんなことを叫びながら、少女赤い機体を駆り最前線に立って戦い続けていた。その後に続きながら、ガイガンはウォーハンマーを振るいつつ『アイアンディーナ』の動きを見ている。
(見事としか言いようがない)
それ以上の言葉がガイガンには浮かばない。
それほどにベラ・ヘイローによる鉄機兵の操縦技術は卓越していた。用兵こそ異彩を放ってはいないが、奇策に走るのでもなく正道を地で行っている。その足に迷いはなく、また彼女の戦いは己ひとりではなく、ガイガンたちカイゼル族の動きも意識しているものだった。猪ではなく、視野も広い。その年齢を考えればあり得ぬことだった。
『おっと。今度は杭か。ギミックの多い機体だな』
そう漏らすガイガンの前で、また一機の鉄機兵が『アイアンディーナ』の前で崩れ落ちる。胸部装甲が『アイアンディーナ』の左腕の仕込みである仕込み杭打機によって貫かれているようだった。
灼かれた鉄杭に操者の座を貫通されたのだから乗り手はもう遺体すら残っていないだろう。続けて迫る鉄機兵の攻撃を捌くと、今度は己ではなく後ろについてきているカイゼル族の鉄機兵へと回していく。
『さあて、続いてはどいつが私の相手をしてくれるんだい。おっと、アンタかねぇ?』
そう言ってベラの操る『アイアンディーナ』の水晶眼が向けられた先には、護衛に囲まれた敵の指揮官機らしき鉄機兵があった。そして、ベラがウォーハンマーを持ち上げて、背後に向かって叫ぶ。
『さあロックギーガ、そろそろ出番だ。道を作りたいから、一気に貫いておくれ』
「グギャァアアアアア」
咆哮がその場で響き渡り、次の瞬間にはここまでカイゼル族に護衛されながら極力攻撃を控えて体力を温存していたロックギーガが一気に突撃していく。
それをムハルド王国の鉄機兵たちも迎え撃つが、全身を覆う硬い鱗は鉄機兵の攻撃を通さない。それどころか槍のように伸びた鱗に突き刺さった鉄機兵が持ち上げられて、ロックギーガを護る盾のような形となって味方の鉄機兵を弾き飛ばしていく。
『カイゼル族はロックギーガの取りこぼしを拾いな。残飯漁りは趣味じゃないだろうが、贅沢は無しだ。ご飯が出るだけでもありがたいと思うんだね』
ベラが声を張り上げる。ロックギーガの勢いも留まることを知らず、ムハルドの兵たちはなす術もなく弾かれていく。
また、ロックギーガは単純に突撃しているようで、両腕から伸びた槍のような爪を使って槍使いのような動きをしてムハルドの鉄機兵を屠ってもいた。さらには口から吐き出した炎は生身の歩兵たちを焼き尽くし、対鉄機兵兵装を使う隙も与えない。
(果たして、あれに人間が勝てるのか?)
その様子に思わずそう呟いたガイガンだが、不可能ではないだろうとも考えていた。
あのロックギーガなるドラゴンは確かに強力だが、その性質は巨獣に近い。数で圧して動きを封じ、対鉄機兵兵装か、或いは対巨獣兵装かを用いれば仕留め切れると。
(まあ、それでもこの場では無理だろうが)
今のロックギーガは、ベラとカイゼル族が護っている。
その防御をここにいるムハルド王国軍では崩せない。
そして、ロックギーガが鉄機兵たちを押し切り、指揮官機の前まで到達すると周囲の護衛の兵たちを牽制し、その間に『アイアンディーナ』は指揮官機の前へと躍り出た。
『ご苦労だったねロックギーガ。良い露払いだった』
そう口にしたベラの前で、指揮官機が一歩進んで対峙する。
『我はムハルド王国中央軍、第三部隊隊長アガリィ・メッシ。貴公の名を聞こう』
対してのベラの言葉は「ガイガン、右だ」であった。そしてすぐさま己は左の兵へと攻撃し、右肩武装甲から『竜の心臓』を出して出力を上げ、竜頭からのブレスを吐き出させる。それに悲鳴をあげたのは鉄機兵の背後に隠れて対鉄機兵兵装を構えていた兵たちであった。
『ハッ。名乗らせたところで、使う気だったかい。騎士道なんざ期待して無いがセコイねえ』
そうベラがせせら嗤うが、ムハルドは王国と名乗ってはいてもそれはラーサの南部族が二十年前に造った新興国だ。騎士道などというものは形の上でしか根付いてはいない。
それをよく見ているなと感心しながらガイガンが右手の兵たちを抑えていると、指揮官機から怒鳴り声が聞こえた。
『黙れ。貴様、その赤い機体は魔女か。どうやってカイゼル族と合流した? そもそもどうやって東部軍を』
『さーてね。あたしらの後ろをまっすぐ進んでいきゃ連中の残骸が転がっているかもねえ』
その言葉にムハルドの兵たちは動揺し、気勢が削がれた。
ムハルド王国東部軍が目の前の戦力に破られるとは、さすがに彼らもないだろうとは思ったが、であればカイゼル族がこの場にいる理由も分からなかった。或いは……という動揺を前にして、ベラは一気に指揮官機へと飛びかかる。
『させるか!?』
『抜かせん!』
そこに二機の護衛の鉄機兵が間に入るが、 ベラはその内の左の一機をすれ違いざまに竜尾で絡めて転ばせ、もう一機へはウォーハンマーを投げつけて動きを止め、そのまま指揮官機へ向かって突き進む。
『お前ら、団長の邪魔をさせるなよ』
ガイガンの声にカイゼル族の鉄機兵が前に出て、護衛の鉄機兵と対峙し、『アイアンディーナ』が指揮官機へと接近する。その距離はもう斬り合う間合いにまで近付いていた。
『東部軍が壊滅しただと? そんな馬鹿な話があるか。いい加減なことを抜かすな』
『ヒャッヒャッヒャ。だったらあの世で理由でも聞くんだね。あっちになら教えてくれるやつもたくさんいるだろうよ』
そのベラの挑発に激昂した指揮官機の剣が振り下ろされ、それを左腕の盾で受け止めた『アイアンディーナ』が踏み込んで指揮官機に肉薄する。
『速い!?』
『ディーナは足腰鍛えているからね。ま、終いだよ』
そう口にしたベラが『アイアンディーナ』の右手の竜爪で胸部ハッチを破壊する。
「クソッタレが」
そして怒りで顔を紅潮させている指揮官の姿が水晶眼を通してベラの目に映った。そして敵の抵抗が止まったのを見計らい、ベラが口を開く。
『さーて、どうする? こっちも無駄な殺生をせずに済むなら、それに越したことはないんだけどね?』
そのベラの言葉に対し、先ほどアガリィ・メッシと名乗った指揮官は悔しそうな顔をした後、己の背後へと視線を向けた。
「キシュラ」
背後に控えていた鉄機兵から『はっ』という声が返ってきた。それが、どうやら敵の副官のようだった。そして、同時にベラの目が見開かれる。その先を言わせてはいけないと右手のトリガーに手をかける。
「一兵になったとしても降参は許さん。この魔女を殺」
そして『アイアンディーナ』の放った炎のブレスがアガリィを焼き尽くしたが、すでに遅い。指示は告げられたのだ。そのことにベラが眉をひそめる。
『いい覚悟だ。こりゃあやられたね』
『貴様ぁあああああ』
すぐさまキシュラと呼ばれた男の鉄機兵が突撃し、『アイアンディーナ』も応戦する。もう降伏は促せない。そう判断したベラは殲滅戦へと思考を切り替える。
『ムハルドの栄光をッ』
『敵には死を!』
周囲のムハルドの兵たちが勢いよくベラたちへと向かってくる。
もっとも数の差があるとはいえ、ラーサの北部族の中でも上位の実力を持つカイゼル族と、ベラにロックギーガである。すぐさまロックギーガの咆哮が響き渡り、カイゼル族も勢いに飲まれることなく戦闘を継続していく。そして、アガリィの言葉通りにムハルドの兵たちは一兵たりとて白旗を上げることなく戦い抜いて、果てていった。
『団長、壊滅はさせましたが』
そして、戦闘終了後にガイガンの鉄機兵が『アイアンディーナ』へと近付く。
それに『アイアンディーナ』の水晶眼が向けられ、中から『ご苦労だったね』と声が返ってきた。
『動けるのは、何機だい?』
『ワシのを含めて五機。二機は大破、残りも調整は必要でしょうな。それよりも連中、砦を攻略する用意がありません。であれば』
『分かってる』
ベラがそう言って眉間にしわを寄せる。
この場は勝利となった。損傷少なく敵を殲滅でき、それだけでいえば上出来と言える。だが、今行われている戦争という枠組みの中では負けだとベラは理解していた。
ここからの距離と彼らの進軍速度からすれば、作戦決行時間を割り出すことはそう難しくはない。だから彼らはこの先での戦いへの参戦を諦め、ベラたちの足止めと戦力を減らすことを決めて死んでいったのだ。それに彼女らは乗った。乗せられるしかなかった。
そして、問題なのは……
『手引きするヤツが中にいる可能性が高い。連中、それを知られたくなかったか』
ベラが厳しい顔をして、視線を街道へと向けた。その先にあるメガハヌの街は、ルーイン王国とムハルド王国の境目であり、非常に堅牢な城塞都市であった。例え、奇襲を狙ったとしても硬い壁に遮られていて鉄機兵でも街の中には容易に入れない。
『さて、どうするかねぇ』
そうベラが口にする。状況は危うい。一刻も早くメガハヌの街に向かわねば、己の軍隊が壊滅するかもしれない。そう考えたベラはカイゼル族とロックギーガ、それから『アイアンディーナ』を見て、次にどうするべきかを考え始めた。
次回予告:『第172話 少女、ダイブする』
大人ってズルい。
そんなことをベラちゃんは思ったかもしれませんね。
お疲れモードのお爺ちゃんたちか、待ちわびているお兄ちゃんたちか。
ベラちゃんの小さなお胸は今、男たちの間で揺れ動いています。




