第170話 少女、先の様子を知る
ゾロ渓谷を抜けた草原。その中を鉄機兵と鉄機獣、またそれらが牽いている鉄機兵用輸送車やドラゴンが進んでいた。
『まさか、ここまで上手く行くとはな』
その一団はカイゼル族の軍勢であり、鉄機兵用輸送車を運ぶ鉄機兵の中ひとつに乗っているガイガンがそんなことを呟いた。疲労の色こそあるが、彼の声は明るかった。
何しろ、彼らはようやく絶望的な状況を切り抜けられたのだ。
ムハルド王国東部軍の目をくぐり抜け、魔力の川の流れぬゾロ渓谷を『竜の心臓』から得た魔力のみで動いたドラゴンと生身の自分たちで鉄機兵を乗せた鉄機兵用輸送車を牽いて移動してきたのだ。
その数は、鉄機兵十二機。いかに移動しやすい鉄機兵用輸送車に積ませたとはいえ、彼らにとってそれがほぼ限界であり、こなしきった彼らは当然疲労困憊となっていた。
さしものロックギーガも今は鉄機兵用輸送車を牽かずにその身ひとつで歩いているのだが、それでも先ほどから歩くたびにグラグラと揺れており、獣人のリリエが心配そうに見ていた。
『ハァ、しっかし疲れましたぜガイガン様。休みが欲しいところですが』
『交代はまだだ。距離を取らなきゃあ、追いつかれるかもしれん。もう少し辛抱しろ』
カイゼル族の戦士たちも全員が疲れてもいたが、ガイガンもここで休ませるわけにはいかない。
ロックギーガが鉄機兵用輸送車を牽く体力もなくなっているために、それをするのは彼らの鉄機兵だけなのだ。乗せきれなかった鉄機兵はコアである竜心石のみを回収して置いてきているため、戦力は文字通りに半減している。元より戦力に相当の差があったのだから、今の状態で追いつかれては戦いにすらならない。
『連中に気付かれ、追いつかれるか否か。それ次第だが、まあ……どうやら』
ガイガンは背後からの気配がないことに安堵の顔をしたが、突然戦士のひとりが『ガイガン様』と声を上げた。
『後ろから何か飛んできます。大きい。アレは!?』
その言葉に全員が後ろを向く。そしていっとき緊張したガイガンの顔には笑みが浮んだ。
『おいおい。飛んでくるって言えば、俺たちの団長様だろうよ』
その言葉に周囲から歓声が上がり、主人の気配を感じたロックギーガが首を上げて吠える。
そしてベラと機竜形態の『アイアンディーナ』、それに共に乗っていた鉄機獣乗りたちが合流したのは、それからすぐのことであった。
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「戦力は半減かい。もっと気張って運べなかったのかねぇ」
合流してから一時間。鉄機兵用輸送車の甲板の上の椅子に座りながら現状の報告を受けたベラがそう口にした。
敵が追ってきていないことをベラから知らされているため、その場の全員が先ほどに比べて緊張を緩めた状態となっているが、ベラは不機嫌だった。
止むなしではあるし、己も許可を出したことではあったにせよ、今やカイゼル族の戦力は半減となっている。それはベラにとっては想定よりも悪い状況だ。
「一応、渓谷の手前で隠した鉄機兵たちも回収できりゃあ、戦力も元通りではあるんですが……」
「敵に見つからないことを祈るばかりだね」
ベラとガイガンが、共に苦い顔をしながら肩をすくめる。
鉄機兵は、操者の座内で乗り手が死んで竜心石が残っていた場合にはハグレと化すこともあるが、竜心石を離してしまえばただの鉄の塊だ。敵に奪われれば、敵の鉄機兵の予備パーツに流用されてしまうだろう。
「まあ、そう遠からず戻りゃあするけどね」
ベラがそう言って椅子にもたれ掛かる。
さしものベラとて、現状の戦力でUターンして、ムハルド王国東部軍と全面的にやり合うのは無理だ。ひとまずはヘイロー傭兵団本隊と合流し、他の北部族を集めて戦力を整えた上でムハルドの東部を奪い取るのが当面の目標であった。
そして、そんなやり取りをしているベラたちの元に、ボルドが鉄機兵用輸送車の中からやってきた。
「よおっ……て、話し中か?」
そのボルドの反応にベラは「別に世間話程度さ」と返す。
「それよりもディーナのことだろう? 話しな」
「ああ、そうかい。分かった。じゃあ、ディーナだがな。脚部回りのダメージが予想以上に大きい。戦闘はまだ継続できるが、メンテなしで長時間は動かして欲しくねえな」
「そりゃあ、空から飛び下り過ぎたからかねえ?」
ベラの問いにボルドが頷く。機竜形態から鉄機兵に空中変形しての落下攻撃をベラは好んで使ってもいたが、それは当然のように脚部に大きな負荷をかけ続けていた。
「ああ、そうだ。問題はそこだ。翼も一旦バラして詳しく見ねえと分からねえが、あっちもかなり負荷がかかっているみたいだからな」
続けての言葉にベラが唸る。
現状でベラの『アイアンディーナ』が他の機体に比べて大きなアドバンテージが取れているのは卓越したベラの操縦技術と共に飛行能力があるためだ。
もっとも鉄機兵が空を飛ぶというだけでも今までにない機体であるため、運用と共に調整についても今は手探り状態であった。
その様子にガイガンが「翼って負荷がかかるものなのか?」と尋ねると、ボルドが難しい顔をしながら答える。
「へぇ。別に特別脆いってわけじゃあないんですよ。竜翼はギミックですらないから負担も少ない。ありゃあ、本来の竜機兵の機能なんでしょうな」
その言葉にガイガンが「なるほど」と頷く。ガイガンは『アイアンディーナ』が空を飛んでいるのを見て羨ましくなっているようであった。
「ただ、酷使し過ぎですぜ。本隊から急いでそちらさんを助けに向かってから、ずっと飛ばして続けたんだ。寧ろ、よく保ったと言うべきでさぁな」
その言葉にベラが「ヒャッヒャ」と笑う。
「まあ、仕方ない。必要があるから使ったまで。これからも必要なら使うさ」
「理解はしてるけどな。けど、できればしばらくは控えてもらえねえと……空中で壊れちまったら目も当てられねえ」
続くボルドの忠告にベラが眉をひそめる。
そうなれば、切り裂かれて死ぬでも貫かれて死ぬでもなく、空から落ちて圧死である。それは、さすがのベラもごめんであった。
「わーったよ。ま、空からの攻撃に相手が慣れるまではチョロくイケるにしても、多用し過ぎは危険だからね」
「足まわりのバネの方も強化しておくべきかもしれねえが……」
空中変形による着地が思いの外、負荷が来ているのをボルドは懸念しているが、それで戦闘の感覚が変わってしまうのはベラにとっても嬉しいことではなかった。
「団長」
そしてベラとボルド、ガイガンが話している途中で、今度は獣人のケフィンがやってきた。そのケフィンの表情が若干厳しいものになっているのにベラも気付き、眉をひそめた。
「なんだい。アンタも来たのか。何かあったのかい?」
「この先にムハルドがいる」
その言葉にベラが眉をひそめ、ボルドとガイガンの顔にも緊張が走る。
「まさか、さらに待ち伏せを」
「そりゃあないだろ」
ボルドの言葉を即座にベラが否定する。そのベラの反応にケフィンが頷く。
「ああ、別口だろう。ジェロが今見張っているが、方向はこちら側ではなく、我々が向かっている方向と同じくしている」
ムハルドの防衛ラインを抜けた今、ケフィンは己の操る魔獣を使って周囲警戒に当たっていた。そして、ケフィンの操るローアダンウルフの名はジェロと言われており、今はさらにこの道の先で探索を行っていた。その報告に「そりゃあ、運が良かったかもしれないねぇ」とベラが口にして、それから笑った。
ヘイロー傭兵団本隊は今、ラハール領各地の獣機兵部隊をローバの街でまとめ上げ、ムハルド王国に対する防衛拠点でもあるメガハヌの街に駐留しているはずだ。ベラたちと進む先が同じであるならば、つまりはムハルド王国軍の目的地も同じであるはずだった。
「数は?」
「鉄機兵が七十。歩兵は三百程度はいるかと。本隊ではないのだろうが、数は多いな」
ケフィンの言葉にベラが「ふーん」と言ってから笑う。
移動先を考えれば、ヘイロー傭兵団を狙ったものだろうと理解できるが、その数ではヘイロー傭兵団には勝てない。相手側がソレを理解できぬ愚か者ではないのであれば、何かしらの目的があって動いている別働隊ということだろうとベラは考える。
「なるほど。あたしたちは運がいいね」
「運がいい?」
首を傾げるボルドに、ベラが嬉しそうに頷いた。
「敵さんが間抜けにもノコノコと前を歩いてるわけだ。となれば、こっちゃぁ連中のケツに思う存分ガーメをぶち込んでヒーヒーさせることができるってぇ話さ」
そう言ってからベラが立ち上がり、先にいるであろう敵の姿を捉えるかのように睨みつけて笑う。
「あたしも、逃げの一手でちと鬱憤もたまってるしね。せいぜい良い声でよがらせてやろうじゃあないか!」
次回予告:『第171話 少女、ケツにブッ刺す』
あら、ベラちゃんたらお下品ですよ、いけません。
ともあれ、ベラちゃんぐらいのお年頃ならそうしたことに興味を持つの仕方がないのかもしれませんね。
それでは、次は実際に良い声で鳴いてくれるのかを試してみましょうか。綺麗な音が出ると良いですね。




