第169話 少女、陽動をする
「ヒャッハァアアア」
ベラの笑い声と共に、急降下した機竜形態の『アイアンディーナ』の尾に巻き付かれたウォーハンマーがムハルド王国東部軍の鉄機獣の首を切り落とした。
その宙を舞う鉄機獣の首を見て、他の鉄機獣たちが一斉に飛び退いたが、そこにカイゼル族の鉄機獣たちがそれぞれ飛び掛かっていく。また『アイアンディーナ』も地上に降りて鉄機兵形態へと変形すると、すぐさま残りの鉄機獣へと攻撃を仕掛けていった。
『情報を持ち返らせれば、ガイガンたちが危険になるんだ。一機も帰すんじゃないよ』
ベラが叫びながら、一機仕留める。
基本的に鉄機獣は、機動力こそ高いが戦闘にはそれほど適した機体ではないのだ。
『ハッ、所詮は速いだけかい。おっと、逃がさないよ』
続けて、もっとも距離を取っていた鉄機獣が背を向けて逃げ出したところに錨投擲機を撃って、貫いた。それは内部で爪が開いて、直後に動かなくなった。
『そんじゃあ、残りも片付けな。生かしておく必要はないよ。これから少し待ちぼうけ喰らうあんたらの相棒にたらふくご飯を食わせてやるんだよ!』
そのベラの言葉に、カイゼル族の鉄機獣たちが一斉にムハルドの鉄機獣たちにトドメを刺していく。すると、仕留めた機体からカイゼル族の鉄機獣へと魂力が流れていくのが見えた。それこそが、鉄機兵等の成長にかかせぬ、物質すらも創造する力。創世の粘土とも呼ばれるものだった。
『ベラ様。全滅を確認いたしました。如何いたしましょう?』
かくしてムハルド王国東部軍の部隊は壊滅し、カイゼル族の鉄機獣部隊の隊長からベラへと声がかかる。それに返す言葉を、ベラは最初から用意していた。
『それじゃあ移動するよ。次はザボナ通りの部隊にチョッカイかける。そんで逃げる。ま、こんなところで死ぬのは馬鹿らしいからね。無茶はせず、ほどほどに襲って、ほどほどに殺すんだよ』
そのベラの指示に全員から勢いの良い返答が返ってくると、彼らは素早く森の中へと消えていった。それを見送りつつ、ベラは『アイアンディーナ』を再度機竜へと変形させると、空を飛び、ムハルド王国東部軍の陣へと視線を向けた。
「他に仕掛けてくるのはいない……か。動きが鈍いね。鉄機獣は出せても全体は動かせない。指揮系統が良い具合に崩れてるってことか。まあ、遅い分にはこっちとしてはありがたいんだけどねぇ」
そう言って、ベラはグリップを握って『アイアンディーナ』を旋回させると、続けてザボナ通りと呼ばれる街道へと向かっていく。
そこは上空に魔力の川が流れる、鉄機兵を運搬する上では重要なルートのひとつであった。
それからベラたちはそのザボナ通りに陣を張っているムハルド王国東部軍を強襲し、相手への補害こそ与えたものの突破するには至らず、数の差によって後退した……かのように見せていた。
もっとも、この場においての戦闘はそこまでであった。その後ベラたちはその場に戻ってくることはなく、また主力であるはずのカイゼル族の鉄機兵たちの姿もどこにも見あたらないまま、時は過ぎていったのである。
**********
「どういうことだ!?」
ムハルド王国東部軍の陣地の中にある天幕の内で、ドンッとテーブルに拳が叩きつけられた。
それをしたのは全身を包帯で巻いた男だ。男の名はザモス・カイターンといい、ムハルド王国の将軍のひとりであった。
先日に『アイアンディーナ』の襲撃を受け、天幕の中で押しつぶされて炎にもまみれたものの、彼は運良く生き延びていた。
もっとも、意識を取り戻したザモスを待っていたのは、ベラやカイゼル族を逃したという苦々しい報告であった。全身が未だ痛むが、それ以上にもたらされた報告への怒りが彼を支配していた。
戦にすらならずに倒された己への、その相手をむざむざ逃した己の兵たちへの怒りがそこにはあった。
双方が綯い交ぜになって、今のザモスの顔は歪んでいた。
そのザモスに対して、恐怖で歯をガチガチと振るわせながらも、報告に来た兵が「ハッ」と言葉を返す。
「深夜に高原内を飛んでいる『アイアンディーナ』の姿が目撃されたとの報告も上がっておりますが、何分夜の暗闇の中ですので、正確性については如何ともしがたく。我が方の鉄機獣隊の残骸はありましたが、それ以外には何ひとつとして」
痕跡はいっさいなく、また夜に飛んでいたという目撃情報もただ鳥を見間違えた可能性もある。確実なことは何もないというどうしようもない結果がそこにはあった。
「それにだ。ザボナ通りを襲撃したのは、報告通りであれば、ベラ・ヘイローの鉄機兵一機と鉄機獣四機。では残りのカイゼル族の鉄機兵はどこにいる? 明らかに陽動だぞ」
「申し訳ございません。指揮できる者が居らず、現状の通りでして」
ザモスが憤るのも無理はないが、彼を含めた上位指揮官のほとんどはベラの襲撃によって死亡、或いは重傷を負ってしまい全体を動かせる者がいなかったのだ。
王国の意志そのものである彼らがいない状態では、各騎士団が連携し動くことはできず、さすがの戦士の一族たちだけあり部隊単位では行動できていたものの、全体を手足のようにとはいかなかった。
方々より情報も上がっていたのだが、それを受けて各部隊に送る機能が麻痺していてはどうしようもない。空を飛ぶ鉄機兵による奇襲というこれまでにない戦術が、彼らの中枢を麻痺させていたのである。
「空からの奇襲か。竜機兵でも、ああして単独で攻めてくるような愚かな真似をすると聞いたことはないが……けれども、こうしてやられた以上は対応を考えねばならぬか」
これまでは問題のなかったことが、新たな兵器の導入で通用しなくなる。それは、これから赤い魔女ベラ・ヘイローと戦うときには常に意識し続けなければ、今回のように致命傷となるだろうとザモスは考える。
それから溜め息をついてから、テーブルの上の地図を見る。
(しかし、連中はどこだ? ベラ・ヘイローと鉄機獣が動いて陽動をしているにしても……逃げ道などはない。それとも大きく迂回するつもりか? 我が国の中を? それこそ無謀だ)
そうザモスが思案しているところに、外から天幕に入ってくる人影があった。
「将軍、やられましたね」
「モーゼルか。どうした?」
天幕に入ってきた騎士にザモスが目を細めて尋ねる。モーゼルはザモスのもっとも信頼している部下のひとりだ。そのモーゼルが苦々しい顔をしながら、ザモスに口を開いた。
「移動の形跡を見つけました。カイゼル族はザボナ通りではなく、ゾロ渓谷を抜けたようです」
「なんだと? 魔力の川の通らぬ土地であろう。鉄機兵を捨てて抜けたとでも?」
魔力の川が空を流れておらぬ地では鉄機兵は動けない。それは巨獣であったり、精霊機であっても同じこと。であれば、鉄機兵を捨て、生身で越えたのだろうかとザモスは考えたのだが、モーゼルは首を横に振る。
「いいえ。鉄機兵用輸送車の移動形跡がありました」
「馬鹿な。どうやって?」
憤るザモスだが、モーゼルの真剣な顔を見て、それが冗談ではないと理解する。
「正直言って私も信じがたいとは思いましたが、恐らくはドラゴンに牽かせたのではないでしょうか?」
ザモスもその存在を意識していないわけではなかったが、それでもそれは戦闘時でのことだ。空を飛ぶとはいえ巨獣と同等の生物だと考え、元々巨獣用のものを流用している対鉄機兵兵装を前に出して対処する予定でいたのだ。
「かつてのベラドンナ傭兵団の記録に魔力の川を通わぬ地を移動した形跡があります。或いはドラゴンは巨獣とは違い、魔力の川からの魔力を受けずに活動可能なのではないでしょうか?」
そのモーゼルの言葉にザモスが苦い顔をする。その言葉の意味を考えれば、結論はすでに見えていた。
「ベラ・ヘイローだけならば、単独で空から逃げることもできる。鉄機獣も乗り手だけならば共にこの包囲網を抜けることも可能か。クソッ」
ザモスが再びテーブルに拳を叩き付けて、罵倒の言葉を吐いた。そのザモスが落ち着くのを見計らってからモーゼルが口を開く。
「追いますか?」
「いや。鉄機獣と軽装甲鉄機兵ならば追いつけるかもしれんが、カイゼル族だけならばそうするが……赤い魔女とドラゴンを相手には戦力不足だ。それに……」
ザモスが忌々しげに天幕の外、ラハール領の方角へと視線を向けた。
「あの売女の命令で、ダールが動いている。悔しいが、手柄はヤツに奪われるな。まったく、良いところなしじゃあないか。畜生めっ」
そのザモスの言葉の通り、今まさにラハール領へとムハルド王国中央軍のダール将軍が軍を率いて向かっているところなのだ。それはかつてのベラの奴隷のひとりであったエナ王妃の命によるものであった。
次回予告:『第170話 少女、先の様子を知る』
ドッキリ成功。ムハルドのオジちゃんたちを見事に
騙すことに成功しました。やったね、ベラちゃん。
後はもう帰るだけですよ!




