第167話 少女、お礼を言って出かける
※活動報告にロボット対比図を載せました。
「ギュルァアアアアアア!」
槍鱗竜と名付けられたロックギーガが咆哮し、道を進んでいく。
その背にはいくつもの革ベルトが巻き付いており、それは後ろの軍用鉄機兵用輸送車へと繋がっていた。
「ヒャヒャッ、なかなか調子がいいじゃあないかロックギーガ。以前に比べて愛想がよくなったんじゃあないかい?」
そして、その鉄機兵用輸送車の甲板には、指揮官用の固定座席に足を組んで座っているベラがいた。また、その後ろには全身を布で覆い隠した者たちが控えている。それは獣人のリリアとケフィンだ。そのふたりを目を細めて見ながら、ベラが尋ねる。
「熱くないかい、それ?」
「鼻が蒸す」
「なるほどね」
ケフィンの言葉にベラがさらに笑った。
もっとも続けて手に持つ宝石を見ると、ベラは少しだけ眉をひそめた。
両手には山のようにそれらが握られていたが、彼女の心を満たすにはいささか質も量も足りないようだった。
「にしても、食いもんはあったがシケてたね。あの砦。まあ、軍の施設なんざそんなもんだろうけどさ」
その宝石たちは、先ほどまで彼女たちがいた砦から押収したものであった。
昨日には豪勢な食事をして、ゆっくりと眠り、最高の朝を迎えて、ベラは砦の入り口から堂々と出て出発していた。見送りはないが、追撃もない。それは砦内部の人間すべてが拘束されているためだが、そうでなくとも今の彼らには戦力がない。鉄機兵を始め、多くは破壊されているのだから当然の話だ。
また、今ベラが乗っている軍用鉄機兵用輸送車内にはベラの『アイアンディーナ』や砦で手に入れた物資が多く積まれていた。さらには二台の軍用鉄機兵用輸送車もカイゼル族の鉄機獣によって運ばれていた。中でも乗り手不在の騎士型鉄機兵が三機も搭載されているのだ。それは今回の襲撃での一番の成果だった。ベラが倒した兵たちの中には貴族の息子たちが多数いたため、その予備機が置かれていたのだ。
「まあ、飯は確保できたし、鉄機兵が三機手に入ったのは運が良かった。これでこれの戦力も増強できたわけだから」
今回の砦の襲撃はベラにとって満足いく結果が出せたようだ。また、 乗り手不在の鉄機兵は、操作が鈍くはなるものの、竜心石を介して乗り手以外の人間でも一応の操作はできる。ひとまずはカイゼル族の戦士を乗せる予定である。
長時間使用すれば固定されるために、あまり数は少ないのだが、鉄機兵の練習のために使われることもままある。ともあれ、実際の戦力としてはあまり使えないために、利用は鉄機兵用輸送車の護衛程度だろうが、戦闘中に不意を打たれて鉄機兵用輸送車を奪われるよりはマシである。
それからガイガンの鉄機兵が、ベラの乗るキャリアへと近付いてきて、声をかけてきた。
『ベラ様。よろしいですか?』
「何だい?」
『さっきのモーザン、あれで良かったんですかい? 一応人質なりして、連れてきた方が……と。一応説得もしたみたいですが、寝返る可能性も少ないと思いますし』
ガイガンの言うモーザンは、アッダの砦で今も部下たちと共に拘束されたままの状態だ。結局のところ、ベラはモーザンをどうこうせずに砦を出てきていたのだ。立場の弱った相手とは云え、場合によってはムハルド王国から身代金をせしめることもできたかもしれないのだが、ベラは「いや」と言葉を返す。
「別にね。寝返ろうが寝返らなかろうが、どっちでもいいのさ」
「は?」
その言葉にガイガンは首を傾げる。実のところ、砦を出る前にベラはモーザンに取引を持ちかけていた。それは次に己らが砦を攻めてくる際に、自分を受け入れろと言うものだった。戦力も大半がなくなり、立場の上でももう居場所のないモーザンだ。であれば、己の側に付いた方が良いだろうと。
「別にアレがこっちに付こうが付くまいがどちらでもいいんだよ。今のあいつの戦力を考えれば、あたしがここを攻めることに対抗するなら埋める戦力にジルガ族を当てにするしかない」
それは先のカイゼル族を襲ったときの焼き増しだ。そして、ベラの意図することを察して、ガイガンが笑う。
『なるほど。そうなるとあちらの行動は筒抜けですな』
「だろう? さすがに今回の件でモーザンがお払い箱になる可能性の方が高いと思うけどね。だからまあ、どっちでもいいのさ。どうあれ、ジルガ族から情報は届くはずさね。それよりも今の問題はこの先だよ」
「ふむ、確かに。待ち伏せがあるでしょうな」
ガイガンが眉をひそめる。
当初のカイゼル族のルートは、竜の墓所ギリギリ通って崖を越え、ムハルド王国の警戒網を抜けてラハール領に向かう予定であったのだ。しかし現在は、そのルートを通らずに彼らはムハルド王国領内の平地を移動していた。
それは獣人のジルガ族との共謀を疑われぬためではあったが、元々負担となっていた非戦闘員を獣人の里に預けられたことと、ベラとロックギーガという強力な戦力を加え、わずかばかりではあるが休息を迎えまた物資も十分となったことでムハルド王国の襲撃に耐えられる状況にもなっていた。
「アッダの砦から、すでに連絡員が出ているんだ。連中も状況は理解しているはずさ。ジルガ族の鉄壁の渓谷を抜けるのは、普通は避けるだろうってね。あたしひとりなら無理ではないにしても」
『我々、カイゼル族もとなると……まあ、無理と考えるでしょうね』
「やれなくはないけどね。けど、そうなると今あたしたちが進んでいるこのルートの先に構えているだろうさ」
『となると、サティアに使いに行かせたのは痛かったですな』
そのガイガンの言葉にベラが少しだけ眉をひそめながら「仕方ないさ」と口にする。
航空型風精機を操るサティアは今、ヘイロー傭兵団本隊のカールたちの元へと向かっている。現状の報告と、その後の対応についての連携を取るためだ。
「俺がマドル鳥で見て回ることもできるが」
背後にいるケフィンがそう口にすると、ベラは「いや、今は良いよ」と返した。ケフィンは里からローアダンウルフとマドル鳥を連れてきてはいるが、それらを今回導入する気はベラにはない。
「今は駄目さ。こっちに獣人がいるのがバレるのはまだ不味い。ま、本隊と合流したらたっぷりこき使ってやるさ。ヴォルフみたいね」
そう言ったベラの視線の先にはロックギーガがいる。その長い首には鎖がかけられており、それにぶら下げられている金属容器にはヴォルフの首が納められていた。
「ともかくだ。ガイガン、問題があるとすれば奇襲さ。周囲の警戒は怠るんじゃないよ。さすがに近付かれすぎちゃあ、護れるもんも護れないからね」
「ハッ、徹底させます」
そう返したガイガンが、ベラの元を離れて仲間たちへと今の話を伝えにいく。そうして、よりいっそうの緊張感を持って彼らは先へと進んでいった。だが、彼女たちの前にムハルド王国軍がすぐに来ることはなかった。
実のところ、モーザンたちの部隊によってカイゼル族は討伐されると見られていたために、ここより先の待ち伏せ部隊にそれほど戦力は割かれていなかったのだ。
それが、アッダの砦から出た連絡員よりベラ・ヘイローの参戦を知らされたことで、状況を危ぶんだ指揮官はさらなる増援を用意しラハール領ギリギリの場所でベラたちを待ち伏せることとなっていた。
そして、両者が対峙したのはノースフィル大高原、かつてはルーイン王国とラーサ族が何度か戦闘となったこともある広大な地であった。
次回予告:『第168話 大軍を前にする』
お弁当を持ってお出かけのベラちゃん。
向かう先ではみんながお出迎えしてくれるみたいです。
さあ、ベラちゃん。みんなを美味しくいただきましょうね。




