第166話 少女、相談をする
それは砦襲撃より前の同日の朝のことであった。
ロックギーガを僕としたベラは、ジルガの里内で高待遇を受け、またカイゼル族も客人として招かれることとなり、実にムハルド王国に敗れてから2年振りの安らげるときを迎えていた。
そして朝方にベラはジウバによって呼ばれ、昨日にも訪れた神殿の長の間へとやってきていた。その場にはカイゼル族の族長代理であるガイガンとカールの代理であるサティアも共にきており、対するジルガ族はといえば、長であるジウバとその側近や、巨獣を操る戦士たちも並び立っていた。
「雁首揃えてるね。で、お話し合いは終わったのかい?」
そのベラの言葉通り、ジウバたちは昨晩は寝ずに会合を開き、今朝方まで話し合っていた。その内容はといえば、ベラとロックギーガへの対応と里の今後についてだ。最もその結果が出たからこそ、呼ばれたのだと理解しての問いかけであり、ジウバも頷きながら口を開く。
「は。すでに我らが意志はひとつであります」
「そうかい。けど、中には不満顔もいるようだけどね」
目を細めて周囲を見渡しながらのベラの言葉に、ジウバが眉をひそめると同時に一歩前に出た者たちがいた。それは昨日にも見た獣人の戦士たちであった。
「長よ。こやつと手を組めばムハルドが動くぞ」
「ジルガ族を滅ぼす気か」
そう口を揃えた獣人たちに、ジウバが「黙らんか」と返す。
「竜様と竜人様、それとムハルドとで天秤をかけるのであらば、どちらに傾くかは決まっておるわ。ラーサの民と我らは本来不干渉。だが我らが象徴に牙を向けるのならば、対して我らが牙を剥くのは当然。我らはこの墓所を守っているのではない。竜様をお護りしているのだ」
ジウバの猛りに前に出た獣人たちも口をつぐむ。つまるところ、その言葉は、ムハルドがベラに敵対するのであれば、ジルガ族はムハルド王国に反旗を翻すということだった。
ドラゴンを崇める獣人たちだ。だから、その言葉の道理に納得していない者はいないようだが、ベラという存在への反発と、実際にムハルドを敵に回した場合の現実的な被害を問題視している者は少なくはないようでもあった。それは話し合いを終えた今でもくすぶっているようだと、ベラは察し「そうさねぇ」と口を開く。
「あたしの下につきたいならいいさ。命は預かる……が、あたしもあんたらを滅ぼす気はないんだよ。今ムハルドと敵対したとして、あたしの軍勢がここまで攻め入るまでに里が保つとも思えないしね。そっちのふたりの言うように知られれば全力で潰されるわけだし」
ベラの断定に獣人たちがざわめく。
もっともここはムハルド王国領内でも東にあるラハール領に近い地であり、この竜の墓所は難攻不落の要塞のようにもなっている渓谷だ。ここをヘイロー傭兵団に奪われ、カイゼル族を始めとするラーサの北部族に集結でもされるようならば、ムハルド王国内の状況は一気に悪化することになる。ムハルド王国にしてみれば、この墓所をヘイロー傭兵団に取られることは、なんとしても避けたいはずであった。
その事実を淡々とベラが告げると、ジウバが眉をひそめながら「何か、お考えが?」と尋ねた。
目の前の少女がその先を見据えていることは、ここまでの話の持っていき方からジウバにも分かっていた。でなければ、己の不利をこうも簡単に口にすることもないだろうと。
「別に、あたしはあんたらに今すぐどうこうして欲しいなんてことは思ってないのさ。少なくとも今はね。ま、うちで今抱えている女とガキをここに匿って欲しくはあるけどね」
その言葉に、口には出さぬまでも後ろにいたガイガンの目が見開かれた。その様子にチラリと視線を向けたベラが口を開く。
「ガイガン。あんたんところの女どもはガキを捨てる気は無さそうだし、場合によってはまとめて放り出さざるを得ないわけだ。元よりその覚悟で付いてきてはいるんだろうが、ここで待たせることに異存はないね?」
「それは無論……」
カイゼル族が所有している食料もすでに尽きかけている。
ベラが捨てると口にした状況に、すでにガイガンたちは片足を突っ込んでいる状態だったのだ。であれば、その提案をガイガンも飲まないわけがなくにべもなく頷いた。それからベラは、視線をジウバに戻すと口を開く。
「竜の墓所は獣人の聖地だ。ムハルドも容易に入ることもないだろうし、こいつらがあたしの元に付いたなんざ知る由もない。ジウバ、あんたらがあたしの下に付くってんなら、まずは子守を頼みたいんだがいいかい?」
「竜人様の言葉であれば」
そう言って頭を下げるジウバに、さきほどの獣人の戦士のひとりが「長!」と声を上げた。
外から来た少女に己らのトップが頭を垂れるのだ。ベラという特異性を知ってなお、彼らはその光景に耐えられない。だが、ジウバは頭を上げると窓の外を見ながら、非難の視線を向ける戦士に声をかける。
「なあ、ギャザよ。見ろ、あれを」
そのジウバの視線の先にはドラゴンがいた。15メートルにも届くほどの巨大な存在。それは当然ロックギーガである。
「ワシは骨よりもアレがいい。お前は違うのか?」
その言葉に、ギャザと呼ばれた獣人の戦士は何も言えない。
若さ故の目の前の少女への反発を除けば、ギャザの想いもジウバのソレと同じではあった。
そもそも若い衆は、比較的外への憧れが強く、キッカケさえあれば飛び出していきたいと考えていた。それから、ベラがギャザと呼ばれた獣人の反論が出ないのを理解すると。ヒャハッと口を開いた。
「ま、話が纏まったんなら何よりだ。あたしも暇じゃない。昼になる前に辿り着きたいところがあってね」
「辿り着きたいところ?」
そのジウバの問いに、ベラが頷くと少しだけバツの悪そうに笑った。
「恥ずかしい話だけど、路銀が底を尽きそうだって話なのさ。大所帯だと、飯代だって馬鹿にならないしね」
そう口にしたベラに、ガイガンが申し訳なさそうな顔をする。それは、カイゼル族にとって早急に対応が必要な案件だ。
「まあ、かと言って渡りに船と、あんたらに全部融通してもらうのは情けないだろう。だから自前で調達しようと思ってね」
それからベラがジウバににこやかに尋ねた。
「でだ。手始めにさっき組んでたムハルドの連中の根城を教えてもらおうじゃあないか。尻尾巻いて逃げ帰ったんだ。今の連中からなら奪い放題だと思わないかい?」
そうして今、ベラたちは砦へと攻め込み、占拠することに成功したのであった。
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「で、あの豚は身代金代わりにはなるかねえ」
「豚顔にしたのはお前……いや、アンタでしょうが。一応、営巣にぶち込んではいますがね。金になるかどうかは分かりませんな」
ガイガンが頭をかきながら、ベラの前に座っている。
「兵たちに話を聞きましたがね。ベラ様が皆殺しにした鉄機兵が連中んとこのボンボンだったらしくてね」
「ボンボン? いや、結構やる相手だったよ。力はともかく、少なくともあの意気は中々に悪くなかった。戦うなら、ああいう連中がいいね」
殺した相手とはいえ、その戦いにベラは手応えを感じていた。その反応に「ほぉ」とガイガンが口にするものの、問題なのはモーザンという男の価値だ。
「ともあれ、今回のワシらへの襲撃の失敗に加え、預かっていたそれらの親の件が後を引きそうだということらしいんですわ。まあ、場合によっては極刑の相手に金を払うか……ということでしょうな」
「なるほどねぇ。ならば、一旦はここに置いておくかい。近々、ここを攻める予定だし、この砦もゴチャゴチャしておいてもらった方が、色々と楽そうだ」
そうベラが口にするとガイガンが「おや?」という顔をすると、コンコンと扉が叩かれる音がした。
それからベラの「入りな」という言葉と共に、扉が外に控えていたカイゼル族の兵によって開かれ、全身を布で覆った者がふたり入ってくる。
そのふたりがその場で扉が閉まるのを確認すると顔の布を取り、膝をついた。
「竜様の食事、終えました」
「周囲で逃げ出した兵はなし。問題はない」
そう口にしたのは獣人の竜の巫女リリエと、魔獣使いのケフィンであった。
対してベラが「ご苦労」と口にする。
獣人の協力はひとまず、カイゼル族の女子供を預かるに留めたベラであったが、竜に傾倒しているリリエがロックギーガの世話役を希望し、それに合わせて隠密を得意とするケフィンも護衛として同行することになっていた。
もっとも、獣人との関係性を知られぬようにすべく、現時点において彼らの素性は明かされぬように、その身を布で覆い、分からぬようにしていた。
それから、ガイガンがベラに尋ねる。
「それで、色々と楽そうだというのは……この辺りを攻め込むということで?」
その言葉にリリエとケフィンが目を細め、ベラが「ヒャハッ」と笑った。
「さっき言っただろう? ここらを拠点に北の部族を集めるのが連中にとってはもっとも痛手だ。予定通りではあるが、協力者も増えたから、思ったよりも楽に話が進みそうだからね。カールたちと合流したら、ラハール領の拡張といくよ」
次回予告:『第167話 少女、お礼を言って出かける』
お小遣いをくれるオジさんはなんだかお仕事で
疲れているみたい。大人って大変だなーと思いながら
ベラちゃんはお出かけのための準備に入ります。




