第162話 少女、ペットを引き取りにいく
「なんということをッ」
「今の竜様の拘束が解けたら里は終わりなんだぞ」
ベラが檻から出ると、周囲の獣人たちが騒ぎ出していた。
繋がりが消えたことで主の死を察知したのだろう。谷の奥から響く憎悪の籠もった咆哮が、獣の因子を持つ彼らの恐怖を増幅しているようだった。彼らの顔は恐怖で歪んでおり、その全身の毛は逆立っていた。
その様子に全身を血で赤く染めたベラがヴォルフの頭を抱えながら鼻で笑う。
「まったく、いちいち騒ぐんじゃあないよ。こっちはようやく寝かしつけたところなんだ。良い大人がみっともないとは思わないのかい?」
「なっ!?」
そのあまりにも場にそぐわぬベラの言葉に獣人たちが絶句する。
もっともベラはそんな彼らの反応を特に気にした風もなく、ボルドの元へとそのまま戻る。それから持っていた首をゆっくりと、ベラにしては慎重にボルドへと手渡すと、受け取ったボルドが泣きそうな顔でヴォルフの首を見る。
「ヴォルフよぉ。本当にやつれちまって……」
「ああ、随分と頑張ったみたいじゃないか。ま、しばらくは休ませてやりな。あたしはそいつが安心して眠れるようにちょっと出てくるからね」
そう言って背を向けて窓を見たベラに「なあ。こいつ、故郷に帰すのか?」とボルドが尋ねる。
ヴォルフの故郷は、パロマ王国の領土内にある赤牙族の里だ。そこへ首を持って行くべきかとボルドは考えたのだが、ベラは肩をすくめて「そいつは馬鹿だからね」と口にした。
「故郷よりも、自分よりも、あたしよりもドラゴンだったんだろう。だったら、一緒にいさせてやるさ。あの奥で吠えているヤツとね」
そうベラが口にすると、今度はジウバが「待ってくだされ」と声をかけた。
「あん、なんだい?」
それに苛立ちの混じった声を出しながらベラが振り向く。さっさと先に行きたいのだとはベラ表情が言っている。だが、彼にはひとつだけ聞かなければならないことがあった。
「どうなさるのです? 殺しますか、竜様を?」
その言葉に周囲がざわめいた。
ドラゴンを殺す。本来であればそれは獣人にとっては大それたことであり、鉄機兵があろうと少女ひとりに成し遂げられるモノでもないはずだった。だが、彼らはそれを不可能だと一笑に付すことはできない。何しろ実際に他のドラゴンを殺した少女である。竜人と化したその身こそが何よりの証拠だ。
だがベラはジウバの問いに小馬鹿にした笑いを浮かべてから背を向けた。それに他の獣人たちから怒りの視線が向けられるが、ベラは振り返らずに口を開く。
「ナーニを馬鹿言ってんだい。ありゃ、あたしのもんだ。しっかりと持ち帰るさ。そいつと一緒にね」
その言葉と共に外から悲鳴が聞こえ、ベラが窓から飛び出す。それを獣人たちが驚きの顔で見る。この建物は岩をくり抜いてできていて、その場は相当な高さがあるはずだったのだ。そのまま落ちれば、いかに頑丈なラーサ族でも竜人でも無事では済まない。だがベラは神殿の外で待機させていた機竜形態の『アイアンディーナ』を上昇させ、そのまま背の操者の座へ乗ると機体を旋回させて咆哮の出元である奥の谷へと飛んでいったのである。
**********
「まったく、辛気くさい連中だね」
ベラがそう口にし、翼を広げて『アイアンディーナ』を飛ばしていく。それから身体に付いたヴォルフの血を手で拭い、視線を正面からそらさずに、それを顔に塗りたくった。ベラは戦いを己の力だけで……と考えている類の人間ではない。血化粧にはその場にヴォルフも連れて行くというベラなりの意志が込められていたのである。
そして、向かう先は谷の奥だ。カイゼル族が襲撃を受けたところより先の、獣人たちの里をさらに超えた渓谷。そここそが真に竜の墓所と呼ばれる場所だった。
その中を、わずかに『アイアンディーナ』が震えているのを感じながらベラが周囲は進んでいく。
「ふぅん。巨獣が怯えているね。声も出さないかい」
また、その谷にはいくつもの檻があり、巨獣が中に入っていた。だが、それらは皆怯えた表情をしているようで、吠えもせず檻の片隅でガタガタと震えていた。
「ディーナもなんか感じるのかい。こりゃ、少なくとも以前のロックギーガのときにはなかったことだね」
実際にベラも向かう先から放たれている気配をビリビリと肌に感じていた。
それからさらに先へと進んでいくと周囲にはドラゴンの骨らしきものや、鉄機兵らしきものの残骸が転がっている。そして、正面からベラの方へと向かってやってくる者たちと、その後ろから迫る巨大な怪物が見えたのだ。
「ひぃ、ダメだ。追いつかれる」
「あの封獣の鎖が引きちぎられたんだ。竜様にはやっぱり通用してなかったんだ」
「うるさい。ともかく、逃げるぞ。アレはまだ力を出してなかっただけの……あ、ァギャアアア」
怪物は逃げている獣人たちへと追いつき、乗っているローアダンウルフ共々獣人のひとりを噛みつき喰らった。
「ヒャヒャッ、元気が良さそうだ」
その様子にベラが思わず笑みを浮かべる。
獣人を喰らった巨大な怪物は確かに腐り竜ロックギーガの面影がある。だが、その姿は以前よりも生気に満ちていて身体も一回り大きくなっており、また鱗が硬化してトゲの付いた装甲のようにもなっていた。
「へぇ、随分と成長したみたいじゃあないか。そんな姿になったのにこんな辛気くさいところに閉じこめられてたんじゃあ、そりゃ暴れたくならぁね」
そう言ってベラが機竜形態の左腕となっている錨投擲機を撃つと、それが近付くロックギーガの足に絡まり、その巨体が前のめりに倒れていった。
「じゃあ、あたしがひと暴れ付き合ってやるさ。久々の再会だしねえ!」
ベラが叫び、その声に逃げている獣人たちが驚きの顔をしているが、ベラはそれらを無視して錨投擲機の鎖を切り離し加速すると、倒れたロックギーガへと接近していく。
「火炙りだ。そして一緒にブッ叩くんだよディーナ!」
そのベラの言葉に従って『アイアンディーナ』が急降下しながら炎のブレスを吐き出すと、同時に尾に巻き付けたウォーハンマーを振り下ろし、すれ違いざまにロックギーガを火達磨にしながら頭部へとウォーハンマーの一撃を叩きつける。
その衝撃に『アイアンディーナ』の身体が揺れ、乗っているベラの腰が上がる。
「ヒャッヒャ。しっかり持ってないと振り落とされちまうねぇ」
そう言いながらベラが『アイアンディーナ』を器用に動かして地面へと降下させ、その場で鉄機兵形態へと変えていく。
竜の頭部が右腕へと変わり、背の操者の座が胴体部へと収まってドラゴンから人型へと変わった『アイアンディーナ』が地面に降り立ってウォーハンマーを構えた。
それからベラが『アイアンディーナ』の水晶眼を通して、ロックギーガを見る。少しよろめいてはいるが、その動きの鈍った様子はない。
『ふん。やっぱり炎は通用していないみたいだね。打撃は……想像以上に硬いが……まあどうにかはなりそうかね」
そして振り向いた怒りの形相のロックギーガに対し、ベラは不敵に笑いながらアームグリップを握り、フットペダルを踏んで一歩前へと『アイアンディーナ』を前に出した。
:『第163話 少女、ペットを手懐ける』
ヴォルフのおじちゃんはゆっくりとお休みしています。
後はおじちゃんが世話をしていたペットを引き取るだけです。
みんなで一緒に帰りましょうね




