第158話 少女、存分に暴れる
無数の人間を薪にして燃え続ける炎の壁。その前で火の光を浴びて、怪しく装甲を煌めかせている赤い鉄機兵が立っていた。
『こいつ。なんだ一体?』
『赤い……赤い鉄機兵だと? まさか赤い魔女。王族殺しのラーサの裏切り者か!?』
交わされるムハルドの兵の言葉にベラが口元を吊り上げて笑う。
『ひゃひゃひゃ、馬鹿かい、アンタら。裏切りも何もあったもんじゃあないだろう。あたしは、いきなり人ん家に踏み込んでオイタしてる坊ちゃんをチーッとあたしの犬を差し向けただけさ。おっ死んじまったみたいだけどね』
そう言いながらベラは『アイアンディーナ』右腕にある竜頭にウォーハンマーの先を咥えさせた。
黒鬼鋼でできたそのウォーハンマーは炎をその身に留める特徴を持っている。そして、色が黒から赤へと変わり、熱で周囲の空間が歪み始めたウォーハンマーを見て、軽装甲鉄機兵たちの中から息を飲む音が聞こえる。
それが、ギミックウェポンでも使用される灼熱化と呼ばれる現象であることを鉄機兵乗りたちは知っている。
熱を帯びたウォーハンマーのピックを振り下ろされれば鉄の盾も容易に貫かれるだろうし、ハンマーが胸部にカスりでもすれば操者の座の中は伝わった熱により一瞬で地獄と化すのだ。
『さぁて。対鉄機兵兵装部隊はある程度潰したしね。後はあんたらがあたしを楽しませなよ。あたしゃ、ここに喧嘩をしに来たんだ。なあ、未だに血も出やしないあたしのミルアの門を疼かせろって言ってんだよ。クソガーメどもがッ』
そう叫んでベラは『アイアンディーナ』一気に駆け出させる。それにムハルド王国の軽装甲鉄機兵が構えて迎え撃つ。
恐らくは主力は崖下のカイゼル族を襲っている方なのだろう。その動きはどこかぎこちなく、未だ経験が浅いだろうことを感じさせたが、どうであれ敵もラーサ族の戦士だ。それなりに『できる』相手であることには違いない。
『さあ、先ずは一機だ。景気よく逝ってみようか!』
『俺が押さえる。その間にッ、グァアアアア』
最初に盾を持った軽装甲鉄機兵が駆け出し、『アイアンディーナ』が振り下ろしたウォーハンマーのピックを受け止めようとした。だが、その盾は貫かれ、そのまま胸部までをも到達して中の乗り手が絶命した。灼熱化の影響もさることながら、右の竜腕の出力は並の鉄機兵を凌駕する。止められるはずがなかったのだ。
『ノードンの犠牲を無駄にするな』
『魔女を打ち倒せ!』
だか、それは相手にとっても想定内だった。
彼らは赤い魔女と呼ばれるベラと『アイアンディーナ』の強さを、風聞からではあるが理解していた。ただの噂と流してはいなかった。
何しろ戦士としても一流であったムハルド王国のハシド王子を殺し、討伐部隊をわずかな人数で潰走させるほどの存在だ。犠牲なしに勝てるなどと彼らも考えてはいなかったのだ。
だから死んだ仲間に見ることなく左右から鉄機兵たちが『アイアンディーナ』に迫り、同時に槍を突き出した。
『ヒャッハァアアア』
もっとも、ベラがそれの的の動きを予測できないわけがない。
ベラは『アイアンディーナ』にデイドンドラゴンの硬い胸部の殻から手に入れた竜殻の盾を前に出させて片方の槍を弾き、返す刀でウォーハンマーを振り上げてもう片方の槍をも弾いた。
『ほら、美味しくいただきな』
『なっ、プギャッ……ォ』
わずかに悲鳴が、その後に何かがつぶれた音がして通信が途切れた。何が起きたかと言えば、至近距離で錨投擲機が放たれて、右側にいた軽装甲鉄機兵の胸部に突き刺さったのだ。確認するまでもなく、中の乗り手は即死であった。
そして、そのことに驚愕した左の軽装甲鉄機兵は、続く攻撃への対処が遅れてしまう。ソレは本当に一瞬ではあるが致命的な隙だ。
『遅いんだよ!』
ベラの声と共に『アイアンディーナ』の左の掌から飛び出た仕込み杭打機が左の軽装甲鉄機兵の胸部を貫き、乗り手を抉り殺し、三機の鉄機兵がその場に崩れ落ちていく。
『突撃ぃぃいいッ!』
『数で押すのだ。犠牲を恐れるな』
そして、ムハルドの兵士たちは自らの咆哮で恐怖を殺しながら『アイアンディーナ』へと突き進んでいく。今の『アイアンディーナ』の背後には崖がある。数で押し切れば、落として倒せると彼らは考えていた。だが、それもベラには織り込み済みのことだ。
『飛びなあディィナ!』
喜色の混じった声と共に飛び上がった『アイアンディーナ』の背の竜翼が広がって、ムハルド王国の鉄機兵たちの頭上を飛び越えていく。
『馬鹿なッ』
『剣が、届かん』
それを追うように軽装甲鉄機兵たちは武器を振り上げるが、元来鉄機兵はそうした臨機応変な対応は不向きだ。通り過ぎる『アイアンディーナ』に刃が届くはずもなく、そのままベラは彼らの後方に着地するとすぐさま『竜の心臓』を解放し、右腕の竜頭の顎を開かせて一気にブレスを解き放った。
『熱い。ぐあぁっ』
『溜まらん。死ぬ。下がらないと』
『馬鹿ヤロウ。そっちは崖だ』
『待て。来るな。落ちッ』
『ここにいたら死ぬだけだ。崖の下だ。飛び降りろ』
最初は仲間に押された鉄機兵が崖から落とされ、続けて炎にまみれた鉄機兵が乗り手たちの悲鳴と共に自ら飛び込んでいく。このまま焼かれ続けるよりはマシと考えたのだろうが、火達磨となった鉄機兵たちが自次々と崖下に降っていく様は、下で戦い合っていたムハルド王国とカイゼル族の戦士たちからしても異様な光景に映っていたはずだった。
その様子を後目に、ベラは崖上にいる残りの敵へと目を向ける。
『まあ、運が良けりゃあ、落ちても死なないんじゃないかね。なあ、あんたらもそう思うだろ?』
その言葉に、ムハルドの兵たちが後ずさる。たった一機の鉄機兵に彼らは完全に飲まれていた。しかし、それでも彼らは果敢に立ち向かった。だからこそ彼らはラーサの戦士なのだ。戦闘民族とも謳われる種族の血が彼らを奮い立たせ、彼らは一歩を踏み出して『アイアンディーナ』へと向かっていく。
『いいねえアンタら。もっとあたしを楽しませなよ!』
ベラは笑いながら彼らと対峙していく。
ベラには溜まらなかった。絶叫と猛り声が入り交じり、炎が舞って、鮮血が大地に流れて川を生み出す。殺せ殺せ殺せと咆哮する敵に対して、殺されずに殺していく。
崖上にいた敵の鉄機兵は四十はいたはずだったが、気が付けばもう十を切っていた。
炎から逃れていたわずかばかりの歩兵たちが鎖や糸などの対鉄機兵兵装を『アイアンディーナ』へと投げ続けているが、ベラはそれこそを警戒して動いているために、決して喰らうことはなく、軽装甲鉄機兵たちよりも優先的に仕留めていく。
戦いに歓喜はしても、ベラは血に酔ってはいない。闘争に心を焦がしながらも、常に冷静な己も同居させて命を狩り続けていった。
立ち向かう鉄機兵を打ち砕き、歩兵たちを蹴散らし、もはや生きている者がいなくなったのを確認すると、ベラの興味は崖下に移った。翼を広げ、そのまま下りようかと考えて下を覗いたが、予想とは違う状況になっていることに気付いて『へぇ、やるねえ』と口にした。
ムハルド王国の鉄機兵たちと、獣人の操っていたものであろう巨獣たちが退避していくのが見えた。
そして、カイゼル族の鉄機兵や戦士たちもボロボロの姿ではあったが、彼らは今は戦いの勝利に歓喜しているようだった。
そのカイゼル族からベラは巨獣たちが去っていく先にある竜の墓所へと視線を向けた。
『さて、ヴォルフ……あんたの大事なもの。果たして、あそこにあるのかねえ?』
獣人のジルガ族が治める竜の墓所。ベラはここまでにかつての傭兵団の仲間の足跡も調べていた。
その中で唯一、未だに生死の確認されていない獣人のヴォルフ。そのヴォルフがテイムしていた腐り竜『ロックギーガ』らしきものをこの墓所に運び込んでいるという噂があった。
ベラがこの場にきたのは、その確認の意味もあったのだった。
次回予告:『第158話 少女、お墓に立ち寄る』
ランチタイム終了。ベラちゃんも出された料理のお味には満足していたようです。けれど少し食べ過ぎかも。腹ごなしに運動をした方がいいかもしれませんね。




