第157話 少女、救出をする
カイゼル族とベラ・ヘイローの邂逅。
その自体が起きた経緯、それを知るには時を遡る必要があった。
それは二日前のことだ。ムハルド王国の国境に向けて進軍していたベラたちヘイロー傭兵団の前に、傷ついた航空型風精機に乗ったサティアが辿り着いたのだ。
そして、カールの子飼いにして、カイゼル族への連絡役として動いていた彼からもたらされた情報は、カイゼル族の部族長カール・カイゼルを動揺させるには十分なものであった。
「サティア、それは本当なのか?」
魔導輸送車の中の団長室にいるのは、ベラと副官のパラ、それぞれの隊の隊長であるカールとリンローとオルガン。そして報告に戻ってきたサティアの五人だ。その中で眉間にしわを寄せる難しい顔をしているカールに、サティアが沈痛そうな面もちで頭を下げる。
「はい、カール様。すべて事実です」
そう口にするサティアの顔は憔悴していた。空を飛ぶ精霊機とはいえ、おそらくは戦いに参加していたのだろう。機体の損傷も、乗っていたサティア自身の疲労もありありと見て取れた。
「三度の襲撃に、負傷者が多数か」
「すべて退けたことはすげえが、こりゃあ厳しいな」
オルガンとリンローがそう言って唸る。
現在、このラハール領へと逃れようと動いているカイゼル族は、現時点においてすでに三度のムハルド王国軍との交戦があり、それらをすべて退けはしたもののすでに限界に近い状況だということだった。
マスカー族に並んで勇猛と知られるカイゼル族であっても、戦いが度重なれば疲弊するし、このまま全滅するのは時間の問題であった。
そのことを誰よりも理解しているカールが、震える声でサティアに尋ねる。
「状況は分かった。それで、親父はなんと?」
隊を率いているのは、カールの父であるガイガンだ。部族長をカールに譲ったものの、カールが離れた今では再び彼がカイゼル族を率いざるを得なかった。
そのカールの問いに、サティアはさらなる苦悩をその顔に浮かばせながら口を開く。
「我が魂は我らが長と共にありと。そう、承っています」
「そうか……まあ、そうだな。ご苦労だった。休んでいろ」
言葉の意味を察したカールが力なく答え、ゆっくりと椅子に座る。すでに父が覚悟を決めていることを悟ったカールはこの時点で己の一族を諦めていた。
もっとも、その中で納得のいっていない顔をしている人物がひとりいた。それは彼らを率いている団長のベラだ。
「カール。あんたらだけで話を完結させるんじゃない。どういうことなんだか説明しな?」
「団長、別に難しい話じゃないさ。カイゼル族は助からん。見ろ」
そう言ってカールが目の前のテーブルの上に開かれている地図を指差した。それを見てベラが少しばかり眉をひそめた。
「カイゼル族のルートはこう進んでいる。事前に相談していたものだから、そうズレではいないはずだ。そして現在の我々のルートはこう。予定通りの進行ルートだ。だからサティアも見つけることができた」
カールの言葉にサティアが頷く。
空を飛べるからと言ってどこまでも見渡せたり、移動する集団を発見できるわけではない。サティアは進軍予定の街道を進み、ヘイロー傭兵団を発見したのであった。
「三度の襲撃を受けて、今疲弊しきっている父は、おそらくこのルートを通る。通るしかない」
「ふーむ。竜の墓所……か」
ベラの言葉に副官のパラが少しだけ反応をした。それに気付かなかったカールは話を続けていく。
「獣人の聖地だ。ここはジルガ族が治めている」
「ああ、『それなら』知っている。で?」
そのベラの言葉にカールが少し訝しげな顔をしながら、さらに地図上の竜の墓所を指差した。
「ムハルド王国はこの中には基本、立ち入らない。獣人との盟約があるからな。親父はギリギリ墓所の周囲をなぞるルートを通って撒こうと考えているはずだが」
「すでに部族の者たちの体力は限界。戦闘も後一度でもあれば保たないか」
カールの言葉にベラがそう口にする。
「それにジルガはムハルド側だ。なるほど、これは厳しいね」
そのベラの言葉にカールが目を見開いて驚く。
「何? ジルガがムハルドに? そんな話は聞いていないぞ」
「おや、とっくに知っているかと思っていたが」
「何故知っている?」
怒鳴るカールに、逆にベラが睨み返す。
「主に凄むんじゃないよカール。礼儀を忘れたらそっちのふたりよりもケダモノになる」
「む。ああ」
その言葉を聞いて一歩引いたカールに、ベラが話を続けていく。
「そこに捜し物のひとつがあるかも知れないんだよ。だから今は情報を集めていたところだったのさ。ねえパラ」
「ええ、あくまで可能性のひとつというところですが……ですが、嫌な予感がします」
そう言うパラの視線はベラに向けられていた。
パラは予言者ではないが、その予感は恐らくは正しいのだろうと考えていた。ベラが何を考え、これから何をしようとしているのか。それを、この場でもっとも付き合いの長いパラには分かってしまう。だから、パラは先に尋ねることにした。
「ベラ様、行きますか?」
「そうだね。ちょうど良いっちゃぁ、良いタイミングだったかもしれないね」
「どういうことだ?」
カールが眉をひそめ、リンロー、オルガンも訝しげな表情をしている。そして、彼らが見ている前でベラが笑いながら口にした言葉は……
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『見えたよ。まずい。戦っている』
そして現在。サティアの声が鉄機兵の通信機から響いてくる。その言葉に、外に晒されている操者の座に座っているベラがグリップを握る力を強める。
彼女たちが今いるのは竜の墓所のすぐ目の前の上空だ。機竜形態の『アイアンディーナ』と航空型風精機に乗るサティア。それに風精機の上に乗っているボルドの姿がそこにはあった。
団長室での話も終わると、ベラはカールに進軍を任せて、わずか二名の供を連れてカイゼル族の救出に来ていたのである。
だが、すでに戦いは始まっているようだった。それも崖の下で敵の攻撃に晒されている。どう贔屓目に見ても絶体絶命であった。もっともベラの表情には余裕がある。
「なーに。別に不味かぁないさ。全滅してないんなら、間に合ったと考えな。ガキ」
そういってベラが笑う。一方で航空型風精機に乗っているボルドが顔を青くしながら口を開く。
「それで、ご主人様。本当にやるのか?」
「怖じ気付いたのかいボルド? やるに決まってるさ。大体、ここで『あたしの戦力』を捨てろってのかい。冗談じゃない。そんなもったいないことできかい。ほれら。サティア、あんたは戦線に巻き込まれないように下の連中に伝えな」
『ああ、分かった。何を伝えればいい?』
「こっちで潰していくから、精々その場で防衛に専念しろっ感じでかまわない」
『了解。それじゃあ頼むよ団長』
サティアはそう言って、ボルドを乗せた航空型風精機を駆り、『アイアンディーナ』の元から離れていく。それを見ながら、ベラはかけているゴーグルを軽く裾で拭いてから笑った。
「そんじゃあ、行こうじゃないかディーナ。ハグレ獣機兵程度じゃあ腹も満たされなかっただろう? 餌はやっぱり食い応え良い方がいい。一方的に蹂躙し、一方的に殺してやろうじゃあないか」
その言葉に『アイアンディーナ』の竜頭が吠える。それはベラの意志に完全に呼応しているようだった。
「ヒャッヒャ、かわいいヤツだ。そんじゃあ、まずはあの崖っぷちで見下ろしている連中から殺っちまおう。どうも下の連中にお熱でこっちに気付いていないみたいだね。まったくレディを前によそ見とは……さあ、妬けちまうから焼いちまおう」
ベラはフットペダルを踏んで機体を一気に加速し、そのままグリップを下げて急降下していく。
そして竜頭の喉元にある『竜の心臓』が猛り輝き、顎が開いて炎が吐き出されると、崖上に立っていた兵たちを次々と焼いていった。それを止められる者など、この場にはいなかった。彼らはまだ空を飛ぶ敵に適応できていないのだ。
炎に焼かれて落ちて死ぬか。焼かれる前に落ちて死ぬか。彼らが選べるのはその二択だけであった。
『なんだ。あの化け物は?』
『ローウェンの竜機兵か?』
『いや。ドラゴンだ。本物のドラゴンだぞ』
一方でムハルド王国の鉄機兵の中にいる兵たちからは次々と驚きの声が上がっていた。その驚愕の声をベラは心地良さそうに聞きながら、空中で旋回して機竜形態から鉄機兵形態へと変形する。
『ヒャッハァアアアア!』
剥き出しの背から操者の座が内部へと収まり、重力から解放された感覚と共に『アイアンディーナ』は落下し、ベラの笑い声が響き渡る。
そして、ベラの意志のままに振り下ろされたウォーハンマーが直下にいた鉄機兵の頭部を叩き潰すと、同時に『アイアンディーナ』の背の翼がはためき、衝撃を殺して着陸した。
その姿を前にして、誰も彼も言葉が出なかった。あまりにも異様。あまりにも不可解。ただ、恐怖だけは感じていた。
対して少女は笑っていた。己の獲物を見つけた喜びを、それらすべてを喰らい尽くせる幸運を感じながら、鉄の巨人を操り、その一歩を踏み出させた。
次回予告:『第158話 少女、存分に暴れる』
ベラちゃん、遠足で少しテンションが上がってるみたいですね。
そろそろお昼ご飯にしましょうか。




