第155話 少女、変形をする
「ほぉら、お前ら。回り込みなっ!」
ベラのかけ声に従って獣機兵部隊が走っていく。
彼らが追いかけているのは、兎のフォルムをした獣機兵たちだ。ベラは獣機兵部隊を率いて、それを捕らえるべく動いていた。
『速いぞ。角兎型だ』
『森に逃げられたら追いきれない』
そう声を上げながら追いかけているのは、魔狼型と呼ばれる獣機兵たちだ。だが、瞬発力で勝る角兎型に彼らは追いつけないでいた。それを『上空』から見ていたベラが少しばかりため息をつくと口を開いた。
「仕方ないねえ。ちょいとあたしが追い立てるよ」
そうしてベラがグリップを握って操作すると、ドラゴンの形をした機体の翼が大きく羽ばたき、空から角兎型獣機兵を追い越して、森の上を進んでいく。
「ちぃと、寒いか。ゴーグルは付けておいて良かったね」
ベラがそう呟いた。それから機竜形態と呼ばれた状態の『アイアンディーナ』が旋回し、翼をはためかせながら宙で止まる。
「そんじゃバーベキューと行こうかね」
追い越した角兎型鉄機兵が自分の方へと近付いてくるのを見ながら、ベラはアームグリップのトリガーを引く。すると『アイアンディーナ』の喉袋に位置する『竜の心臓』が赤く輝き、竜頭から炎のブレスが吐き出された。そして、炎にまみれた獣機兵たちを見ながらベラが笑う。
「ヒャハッ、こりゃあ悪くない。空を飛ぶのもスムーズだし、ブレスも詰まりがない。鉄機兵を相手にするにゃあ厳しいが、思ったよりは使えそうじゃあないか」
それがベラの機竜形態への評価だった。
ドラゴンの形に近付くことで『竜の心臓』は活性化し、鉄機兵型よりもドラゴンの特性が強く出ているのをベラは強く感じていた。そのドラゴンの炎の一撃が角兎型の一機が直撃してその場で燃えながら転げ、それを見た他の機体がUターンして逃げていく。
もっとも、それもベラの予定通り。あのまま戻れば、ベラ配下の獣機兵部隊と激突し、そのまま捕縛されることになるはずである。であれば、己は転げているのを……と考えたベラが『アイアンディーナ』をゆっくりと地面に下ろしていく。
「元に戻りなディーナ。あれは仕留めるよ」
『ォォオオオオンッ』
ベラの意志に従い、咆哮した『アイアンディーナ』がその身を変形させていく。右手の代わりになっていた錨投擲機が腰部に、竜頭が右腕に戻り、短くなっていた左腕が伸びていく。また剥き出しになっていた『竜の心臓』は肩部装甲の中へと収納され、本来の頭部がせり上がっていくと、同時に背に剥き出しになっていた操者の座が搭乗者と共に内部に収納されていった。それから元の鉄機兵形態へと戻った『アイアンディーナ』が地面に足を付けた。
『変形に問題なし。さすがにボルドの仕事は見事だね』
ベラがもっとも信頼置ける相手の名を口にして笑う。
己の愛機を任せられる者。それを取り戻したくてベラはルーイン王国軍に加わり、現在に至っていた。そして、その判断は正しかったと、ベラは己の機体を見ながら感じていた。
それからベラは鉄機兵に戻った『アイアンディーナ』を操作し、転げていた獣機兵に対してウォーハンマーを振るって葬る。すでに死に体。トドメはむしろ情けであった。
また、Uターンして逃げた角兎型獣機兵たちも、接近していた魔狼型獣機兵部隊と接触して戦闘に入っていた。それからハグレ獣機兵たちの捕縛に成功するまでにそう長い時間はかからなかった。
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「ふう」
戦闘終了後。街道に止まっていた魔導輸送車のガレージに『アイアンディーナ』は戻っていた。そして、機体から出てきたベラを出迎えたのはボルドだった。
「どうだいご主人様。機竜形態の調子は?」
「悪くない。けど、ちと寒いし風除けのシールドが欲しいね。矢にでも当たったらおっ死にそうだし」
「ああ、そうだな。寒さ対策には『竜の心臓』の熱を操者の座にも流すように調整するか。どうも空を飛ぶ際に風の流れが変わるから、そうそう矢は当たらなさそうだけどな」
ボルドの言葉にベラがニンマリと笑う。己の機体が成長していく実感を直に感じるのは、ベラにとっても非常に喜ばしいことだ。目に見えて変わるのであれば尚更である。
「頼んだよ。けど、乗り心地はいい。ヴォルフが鳥に憑依していたときの感覚ってのはあんな感じだったのかもしれないね」
その言葉には、ボルドも少し笑うだけだ。今の所在は不明だが、状況的に生きているとは思えない相手だった。それからベラが少しだけ苦い顔をした後で、ガレージの外を見る。外はざわめいているようだった。
「で、捕まえたのはどうだったんだい?」
「ああ。ありゃあ、多分無理だな。ま、分かっていたことだけどな」
ボルドがそう言って外に並んでいるハグレ獣機兵を見た。
ヘールの街より西に向かっていたヘイロー傭兵団が途中でハグレ獣機兵たちと遭遇したのはつい一時間前のことだ。そして、ベラ自身が魔狼型獣機兵たちを率いて交戦に入り、一機はベラが、もう一機は捕縛中に仕留めてしまったために発見した五機の内、捕縛に成功したのは三機だった。
また、こうしたハグレ獣機兵は当然、自然発生するものではない。つまりは捕縛されたのは獣機兵部隊の元お仲間であった。
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「で、どうだったんだい?」
ガレージから出たベラが捕らえた角兎型の獣機兵の元へと向かうと、獣機兵部隊がざわめいていた。そして、ベラが近付くとリンローとオルガンが沈痛そうな顔をしながら出迎えた。
「連中は、去年連絡が取れなくなったバンツァー隊だ。もう人間だった面影もないがな」
操者の座から出されて転がっているのは鎧を着た角付きのウサギたちだった。それが真っ赤な目をして、フーフーと唸って周囲を威嚇している。それはもう人間の真似事をしているただの魔獣だった。
「ハグレになっていたとは思っていたが、改めて見ると酷いな。これが獣機兵乗りの末路ってわけか」
もはやただの魔獣でしかないかつての仲間を見て、リンローが吐き捨てるように呟いた。ハグレ獣機兵の存在は彼らも知っていたが、遭遇することがそうあるわけではない。だから、己らの将来かもしれないその姿を見たことがない面々もその場には大勢いた。だからこそ、人間ではなくなった仲間を嘆くとともに、彼らは己の未来に恐怖もしていた。
「なるほどね。手遅れだね、こりゃあ」
その場で元人間の兎魔獣を診断していたマギノがそう口にして、立ち上がる。
「血を飲ませてどうにかならないのか?」
リンローの言葉にマギノが首を横に振る。
「楽にしてあげる方が良いよ。もしくはそこいらに放ってやるんだね。彼らはもう魔獣としてしか生きられない。獣機兵がなければそこまでの驚異ではないはずだけど、どのみち人を優先的に襲うのは間違いないからね。始末した方がいいとは思うよ」
「……畜生」
リンローの呟きは、その場の全員の総意であった。それからリンローがマギノに視線を向ける。もう、その表情は領主の間で見せたような敵意あるものではなかった。今となっては、マギノという存在は彼らが人間として生きるための唯一の希望なのだ。
「なあ、マギノの爺さんよ」
「なんだい?」
「ああ、なっちまうのは止められないのか?」
その場の全員の視線がマギノに向けられる。マギノはいつも通りに臆したりせず、肩をすくめて「さてね」とうそぶいた。
「血を飲み続ければ、そうそうなりはしないはずだけど……まあ、いずれはベラちゃんみたいに定着して落ち着くかもしれないけど、今の時点ではなんとも。まずは経過を見て、治療を進めていくしかないだろうね」
「そうかい。そうだな。団長のように定着させることも可能か。もしかするとドラゴンの血があれば……」
「そいつはオススメしないよ」
突然返ってきたベラの言葉にリンローが驚きの顔を見せる。そのリンローにベラが忠告する。
「あたしも、この身体の変異が終わるまでに随分と血反吐を吐いた口だからね。体感的に言えば、途中で死んじまう可能性の方が高いと思うよ」
ジャダンが介護をし続けなければ、ベラが今生きていることはなかった。ジャダンもベラが死ねば奴隷印の拘束魔術が働いて死んでしまうからこそ必死にできたことなのだ。
さしものベラももう二度と同じ経験はしたくはなかったし、人に勧めたいとも思わなかった。そのことにリンロー以外のメンバーも唸っていると、どこかしらからざわめきがあった。
「なんだい。またハグレが出たのかい?」
ベラがそう言いながら周囲を見回すと、西の方の空に何かが近付いてくるのに気付いたのだ。それにベラが訝しげな視線を向けると同時に、カール隊の鉄機兵用輸送車からカールが飛び出してくるのも見えた。それからカールはベラの姿を認めると、慌てて近付いてきた。
「団長。サティアのヤツが戻ってきた」
ベラが「サティア?」と首を傾げたが、それがカールの子飼いのエルフであることを思い出して目を細める。サティアは航空型風精機を操るエルフ族の少年で、今はカールが部族長をしているカイゼル族の元へと連絡に飛んでいたはずだった。
そして、西の空より近付いてくるものを見て、ベラ以外の者たちも眉をひそめざるを得なかった。近付いてきているもの、それはボロボロの状態で飛んでいる航空型風精機であった。
次回予告:『第156話 少女、遠征をする』
ただでさえペットの数が多いので新しいペットを飼う余裕はありませんでした。
そして変形です。変形、その言葉を聞くだけで胸が高まります。
これが恋というモノなのでしょうか。ふふふ、もうすぐ春ですものね。




