第154話 少女、ペットを治療する
「よし。これで全員揃ったかい」
領主の館内にある領主の間。その中ではパラとマギノを背後に従えたベラが椅子に座り、机を挟んでカールとリンロー、オルガンを並ばせていた。
ムハルド王国との国境への遠征。ムハルド王国が兵を率いてくる、或いはそうなるかもしれない場合の牽制として彼らは軍を動かす予定となっていた。またその遠征にはカールの部族や、ラハール領の獣機兵部隊の合流も兼ねていた。
そのための準備をベラたちはここ一週間かけて行い、いよいよ明日にヘールの街を出ることになったのだ。そしてベラは、出立の前日である今日、今は自分の部屋となった領主の間に指揮官たちを集結させていた。
「外の方が騒がしいけど、まあ仕方ないね。準備はちゃんと間に合うんだろう?」
ベラが窓の外を眺めながら、そう口にする。街の中では鉄機兵や獣機兵が忙しなく動いている姿があった。その様子を見たカールがベラに「問題はない」と言って頷く。
「戦争の準備なんて普通にやってりゃあ一ヶ月かそこらはかかるんだがな。元々ムハルドとやり合うための準備は整えていた。少々人数が増えたから補充は必要だったけどな」
カールの言葉にリンローとオルガンが少し渋い顔をしたが、経緯を考えればそれも仕方のないことだ。
カールはリンローたち獣機兵部隊を殲滅した上で、ムハルド王国を敵に回そうと着々と準備をしていたのだ。対してリンローたちにしても決闘の場でカールを殺すことを考えていたのだから人のことは言えないのだが、それは決して気分の良いものではなかった。
そして、そんな微妙な空気を特に気にすることもなくベラは彼ら三人に視線を向けてニィっと笑う。
「ま、間に合うならいいさ。さて、明日から出立だ。分かっているとは思うが、ラハール領の統治はカールの副官に任せて、あんたたちはあたしと一緒に元お仲間たちと殺し合いをしてもらう」
その言葉に全員の顔が引き締まる。
現状のラハール領は、ムハルド王国から離れて半ば独立国家としてある。そのトップがベラであり、序列としてカールとその副官、その後にリンロー、オルガンが続いていた。そして彼らがこれから戦う相手はかつて従属していたムハルド王国なのだ。
「ひとまずカールの部隊は後詰めだ。リンローとオルガンはあたしに続いて前に出てもらう」
「ベラ様。あんたが先頭に立つのか?」
ベラの言葉にカールが眉をひそめた。口にこそ出さないがリンローとオルガンも同じ表情をしている。だがベラは気にせずに頷く。
「この部隊でもっとも高い戦闘能力を持っているのはあたしだ。それを無駄にする気はない。口にした言葉を覆す気もないからね。従いな。あんたはラーサ族の男だろ。親分ってのは先頭に立って一番多く殺すヤツのことを言うんだってあたしはあたしの奴隷から聞いてるよ。違うのかい?」
まだ何かを言おうとしたカールだが、ラーサ族の名を出されては言い返せない。さすがに総大将を矢面に立たせるのには抵抗があったが、ラーサ族の気性からいえばそれは間違ってはいない。
「分かればよろしい。方針はあたしが決めるが指揮はカール、あんたに取ってもらう。パラたち広域通信型部隊と組んで、動きな」
「ああ、了解した。承ったよ団長」
カールはそう言って頭をかく。ソレを見てベラが笑うと、続けてテーブルの上に開いた地図を指差した。
「そんでだ。とりあえず、このヘールの街からムハルド国境前のメガハヌの街までは直線で進んでいく。ラハール領内の獣機兵部隊は、一つ手前のローバの街で合流する予定だ。すでに早馬も出して連絡してある。で……あんたら、連中の説得はできるんだろうね?」
ベラの睨みにリンローとオルガンが頷く。各地方の獣機兵部隊を集めて、祖国を裏切ることを提案する。それはふたりに課せられた命令であった。
「ああ、できなきゃ殺すだけだ」
「もう俺たちゃアンタにかけてんだ。あいつらが逆らうなら……俺たちの手で殺るさ」
ふたりの言葉にベラが目を細めながら「そうかい」と口にする。
「覚悟はいい。けど、殺さずに取り込めれば、あんたたちが生きる確率も上がる。それに問題はアレだね。もうギリギリなのも多い。どのみち、このままならあんたらは終わってた。それをよく自覚しながら説得するこったね」
ベラの言葉にリンローとオルガンが苦い顔をする。
この一週間でヘールの街に駐留している獣機兵部隊の全隊を検査した結果、獣機兵乗りの人食い衝動は相当数がすでに抑え辛いところにまで来ていることが判明していた。端的に言えば、半年もあれば大半の気が狂い、部隊の崩壊が始まっていただろうという状況であった。
「あんたらはまあ『食っていた』から人間性を保てている。でも我慢してたのはもう限界。皮肉な話だね。ずっと耐えてたヤツから順に終わりかかってる」
「……分かってはいたがな」
オーガ系獣人のオルガンが辛そうな顔でそう呟いた。
リンローも同様だ。国に捨てられ、この地で何も残せずに朽ち果てる。そんな未来を彼らも薄々予想できていたが、だがタイムリミットがそんなにも間近だとまでは気付いていなかった。
「ゾッとするが……だからこそ、俺たちは……」
そんな悲壮そうな彼らを見て、ベラの後ろにいたマギノが笑った。
それに殺気だった視線を向けたリンローとオルガンだが、マギノは臆した風でもなく口を開いた。
「まあ、獣機兵はまだ未完成の技術だからね。意図的にキメラ種を発生させて、その生体変化の現象を鉄機兵に逆流させているんだから元より無茶なやり方ではあるんだよ」
「ベラ様。そっちの爺さんは誰だ?」
獣機兵に詳しそうな老人がベラの仲間であることは知っている。だが半獣人ふたりはその老人が何者なのかまでは聞いていなかった。そしてリンローたちが訝しげな視線を向けると、マギノが自分の胸に手を当てて話を続けた。
「ああ、僕の名はマギノという、鉄機兵魔術式研究者だ。獣機兵の制作にも携わっていたからね。そりゃあ多少は詳しいのさ」
「な、お前がッ!」
その言葉に一瞬で怒りに染まったリンローが飛び出しかけた。
「ぉ……?」
だがリンローは飛び出すことなくその場で留まった。そのリンローの鼻っつらの先には、ウォーハンマーの先が突き付けられていた。そのウォーハンマーの柄を握っているのは当然ベラだ。
「落ち着きなリンロー。別にマギノがお前たちを獣機兵にさせたわけじゃあないよ。その後に研究者として配属されてたんだ」
そう言ってベラがウォーハンマーを引いて椅子に立て掛けながら、リンローを見ていた。その瞳にリンローがビクッとなりながら「ガキの筋力じゃねえ」と呟いた。
「ハッ。あんたらとは手段が違うが、あたしも似たもんでね。まあ、人を食いたいとは思っていないが」
「ドラゴンは人間との親和性が高いようからね。種族として定着してるんだよ。まあ、そちらのふたりはそうもいかないけどね」
「で、どういうことなんだよ? マギノって言ったか。その爺さんがどうしたんだってのさ」
冷静に戻ったリンローが歯ぎしりしながらそう言うと、マギノが少し考えてから口を開いた。
「んー。僕かい? 鉄機兵魔術式研究者とさっき言っただろう。で、少し前までローウェン帝国の兵器開発部門にいたんだよ。逃げてきたけどね。僕はそこで獣機兵の改良についての研究を手伝っていたんだよね」
「手伝ってた? じゃあ、誰がこんなもの作ったんだ!?」
「イシュタリアの賢人のロイってやつさ」
その言葉にリンローとオルガンの目が見開かれる。イシュタリアの賢人とは、鉄機兵を生み出す程の技術力を有したにも関わらず滅亡した国の研究者だと彼らは教わっていた。
「あいつ、頭は柔らかいようで硬くてね。ま、合わなくて止めちゃったけど」
「止めちゃったって……ローウェンのだよな。よく生きて逃れたな」
オルガンが訝しげな顔をしながらそう口にした。ローウェン帝国の兵器開発部門。つまりは獣機兵と竜機兵を生み出したところである。そこに所属していたということは、マギノという男が以前は相当な立場にあったとオルガンは推測していた。
「で、マギノ。とりあえず人食いの対処法だ。説明してやりな」
「そんなのあるのかよ?」
「うん。あるよぉ」
リンローの問いにマギノがヘラヘラと笑いながら頷く。それから、リンローの横で黙っていたオルガンが眉をひそめながらマギノに尋ねる。
「戻れるのか?」
「いいや。一度混じってしまえばそれは無理さ。『こぼれたワインは瓶に戻らず』と言うじゃないか」
そう言ってマギノがスッと胸のポケットから瓶を取り出した。その中に入っているのは赤い液体だ。そして、それを見たリンローとオルガンの目の色が変わった。その様子を見てベラが笑う。
「なるほど。効果は抜群だ」
「当たり前だよベラちゃん。抜き立てだ。これは君に上げよう」
差し出された瓶をリンローが受け取って臭いを嗅ぐ。
「鉄のような……やっぱり血の臭いか」
「うん。新鮮な血だ。この街の奴隷商から何人か買い取ってね。少し抜いて保ってきた」
「なぜ、そんなことを?」
オルガンの問いに、マギノが「それが対処法だよ」と返した。
「結局のところ、人食いの衝動は、自分の種族の体内魔力を含んだものを欲しているだけだからね。魔獣の血に負けると人から魔獣になってしまうのさ。だから肉でも……その血でもいいから、自分と同族のものを定期的に接種して体内魔力を増やしておけば、その衝動も抑えられるはずだよ」
「聞いてないぞそんな話?」
「そりゃあね。ローウェン帝国が獣機兵を生み出す獣血剤を流した本当の目的は、自国以外の鉄機兵の数を減らすためだからね」
「なっ!?」
そのマギノの説明にはリンローやオルガン、カールまでもが唖然とした顔をした。
「争いを起こせば力を求めて獣血剤に頼らざるを得ないし、後一年か二年の間に獣機兵化した鉄機兵がすべて消滅すれば、結果として周辺国の戦力も減る。ね、よく考えられてるでしょう?」
「だから、ローウェンはムハルドに提供したのか……クソッ」
リンローが声を荒げる。その様子を見ながらベラが口を開いた。
「まあ、吸血鬼の一種になったとでも思えば気も楽だろうさ。ひとまずは限界に近いのには処理をするとして、必要量や経過はマギノが調べる。それらを調べれば……それ以上の対処も見つかるかもしれないってぇことだったねマギノ?」
「そうだね。検証結果次第では、もっと良い対応も可能だろうね」
その言葉にリンローとオルガンの顔にも少しの希望が宿る。それからベラが改めて視線を全員に向けてから声を張り上げた。
「ま、リンローとオルガンはひとまず『お薬』を配っておきな。そして明日が出立、ヘイロー傭兵団の門出ってわけだ。抜かるんじゃないよ」
それにその場にいる男たちが一斉に「応」と返すと、その場は解散となった。
そして、翌日にはヘールの街から予定通りにヘイロー傭兵団が出て、彼らの初遠征が開始されることとなったのである。
次回予告:『第155話 少女、遠征をする』
病気は怖いので、ペットの予防接種は大切です。
ベラちゃんはお医者さんを呼び、対処法を聞きました。偉い!
さて次回からはいよいよベラちゃんもお人形遊び再開です。
さあ、みんなでダンスを踊りましょう。




