第153話 少女、準備をする
「ふぅ。一応、なんとかなりそうか」
設計図に書き込みながら、ボルドがそう口にした。それにトカゲの顔の男、ジャダンが舌をチロチロ出しながら笑って頷く。
「変形機構に回転歯剣の巻き上げを使うってのは悪くねえっすね。加減間違えるともげそうっすけど」
「バッカ。調整には気を付けろよ。精霊機で成形するとはいえ、ディーナがそんなことになってみろ。続いて俺らの首もご主人様にもがれちまうわ」
「あの人、普通にやりそうっすからね。あれで九歳ってんだから恐ろしい」
領主の館の横に隣接されているガレージの中、ボルドとジャダンがそう言い合って『アイアンディーナ』を眺めていた。
カール・カイゼルとの決闘による損傷はほとんどなかったために整備自体は手早く片付いていた。それから続いて彼らが行っているのは、変形機構の確認とその対応の検討であった。
トライアンドエラーの結果、『アイアンディーナ』はドラゴン形態への変形が可能となった。だが、頭部が埋め込まれたまま戻らぬという不具合がまだ残っていたために、それを改善するための機構の目処をボルドたちは決めていたのである。
そして、そんな風に設計図をにらみ合っているふたりに近付いてくる人物がいた。その気配に気付いたボルドとジャダンが顔をそちらに向けると、そこに立っていたのはカールの配下の整備士だった。
「な、なぁ。あんたボルドか。帝国にいた。そうだろ?」
その整備士の問いに、ボルドが少しだけ警戒した顔をして相手を見る。その男はラーサ族ではなかった、白肌のオーランド人。それはルーイン王国やローウェン帝国などの地方に多くいる人種である。
また、かつての大戦のしこりはいまだ根強い。場合によっては恨みを持っている相手なのでは……とボルドは思ったのだが、表情からしてそういう類の相手ではないようだった。それからボルドが眉をひそめながら、その男に頷いて問いかけた。
「おりゃあボルドだが。アンタ、俺を知ってるのかい?」
「ああ、俺の名はライアンってんだ。俺も元々はローウェンから流れてきたもんでさ。やっぱり本物か。アザント隊のボルドっていえば、当時の整備士の間じゃ知らないヤツはモグリだって言われるほどだったからな。会えて嬉しいが、まさか奴隷でここにいるとは」
その言葉にボルドが苦笑する。なんてことはない。そのライアンという男はかつてはボルドのお仲間だったようである。それからボルドが肩をすくめて口を開く。
「大戦中に補給部隊と一緒に待機していたところを運悪く捕縛されてな。戦後に身請けもされなかったし、恨みも多く買っていたんでしゃーねえんだが。今じゃあ戦奴隷として烙印を受けてるわけだ。まあ、殺されなかっただけマシだろうがな」
ボルドが結んでいる契約は、終生を奴隷として過ごす奴隷契約だった。ジャダンもそうだが、それは重犯罪者等に対して行う、決して解放されることのない魔術の縛りである。
そのボルドの言葉にライアンが何ともいえない顔をしたが、それから『アイアンディーナ』を見て目を細めた。
「アンタが奴隷なんて勿体ないと思うが……けれどその機体を整備しているのがアンタなら、腕を生かせてはいるということなのかもしれないな」
「はっ、ちげぇねえ」
かつて、ただの低級鉄機兵であった『アイアンディーナ』は、今では成長し、変形もできるし空すらも飛べる。整備士として言えば、非常に興味深い機体ではある。
そして、確かにそれを触っているときは、ボルドも過去に戻ったような充実した感覚があった。
「で、そっちのは?」
ジャダンは己に視線が向けられると「ヒヒヒ」と笑みを浮かべた。それを見てボルドが眉をひそめると、ジャダンよりも先に口を開く。
「そいつは普通に犯罪者から奴隷に落ちたヤツだ。どういう経緯かなんて聞かねえ方がいいぞ。胸くそ悪くなるからな」
「ありゃ、話させてくれねえんすか? あっしの武勇伝を」
その言葉にボルドが嫌な顔をする。
己の嗜好のままに村々を繰り返し襲っていた悪党は、結局は爆破型という己の才覚を買われて死なずに生き残っていた。
確かに得難い戦力ではあるが、人として見た場合にジャダンは今すぐにでも処断すべき相手ではあった。だからこそ、ボルドは苦々しい顔で口を開く、
「品性疑われんだよ。おめぇの武勇伝ってのはな。ガキの首並べて飾った話なんぞ、聞かせんじゃねえよ」
その言葉にライアンが引きつった笑いを浮かべ、ジャダンがヒヒヒと笑った。それから、そんなことを話しているボルドたちに少女の声が響いてくる。
「なんだい。サボってんのかいアンタら」
「サボってねえよ。ご主人様」
ボルドがそう返し、ライアンが自分の持ち場にすごすごと退いていく間に近付いてきたのはベラであった。その姿を見て、ボルドが「ほぉ」と呟いた。ベラの身なりは先ほどまでとは違い、金銀財宝を散りばめた、かつて見たような豪奢な格好に変わっていたのである。
「随分と……いや、懐かしい格好だなご主人様」
「まぁね。隠し金庫に隠してたのが、バレてなかった。ま、カールは口を開いて驚いていたけど」
そう言ってベラが「ヒャッヒャッヒャ」と笑う。彼女が今纏っているのは、かつてこのヘールの街を逃げ出す際に持ちきれずに隠しておいた代物だ。どうやらカールは隠し金庫の存在を知らなかったようである。
ともあれ、ジャラジャラとネックレスを揺らし、手には大きな宝石のついた指輪をはめ込んだベラの姿を見て、ボルドは過去の記憶を思い起こし、それが目の前の光景と一致したことで、ようやく元の形を取り戻したような感覚を得ていた。
「で、どうなんだい?」
「変形時の負荷がいくつかあるが、それぐらいだな。いい機体さ、コイツは」
ボルドの返しに「当然だね」とベラが笑う。
「それで、首の方はどうにかなりそうかい?」
「まあな。ここは設備がいいからな。ここなら数日でなんとかはなるだろう……が、なんだよ。まさか、すぐ出るのか?」
ベラの言葉に引っかかるものを感じたボルドが問うと、ベラが窓の外を見ながら頷いた。
「ちと、勘がね。疼いてるのさ。手遅れになる前にこちらから動きたいんだよね」
そう言いながら金色の目を光らせるベラに、ボルドが肩をすくめる。
「ご主人様のソレは馬鹿にできねえからな。けど、大丈夫なのか? ようするにそれって獣機兵と同じなんだろ?」
ベラの今の身体はドラゴンの血によって変異している。
分かりやすいのはその瞳の変化だ。金色となった目は、今は瞳孔が縦に細くなっている。その身体能力も以前よりも高くなっており、対して肉体的な成長は鈍化していたが、勘の良さも上がっているようだった。
「大丈夫かって言われると難しいね。胸だって大きくならないし、股から血も流れやしない。あたしのミルアの門は閉じっぱなしでね。いっそ強引に開けちまおうかい。アンタのガーメの首で」
そう言って視線を下に向けたベラに、ボルドが嫌そうな顔をする。
「そっちの心配かよ。たく、勘弁しろよ。言っちゃあなんだが、俺のはやべえぞ。さすがに団長を殺したかぁねえ」
ボルドの比較的まじめな顔な顔で言うと、ベラが「そいつぁ、楽しみだ」と笑って、それから『アイアンディーナ』を見た。
「まぁ、まずは戦って勝たないとね。なあ、ディーナ。ディーナだって楽しみだろう?」
その言葉に『アイアンディーナ』がわずかにだが咆哮した。それを満足そうにベラは見て、ジャダンはヒヒヒと笑っていたが、ボルドは眉をひそめる。
「鉄機兵が意志を表に示しだした。大丈夫かね、本当に」
戦場で放置された鉄機兵が勝手に動き出し、ハグレとなって放浪する現象も存在はする。このままではいずれ……と懸念するボルドの横では、ベラが「ヒャッヒャッヒャ」と笑っていた。己が相棒の成長を祝福するかのように。
鉄機兵『アイアンディーナ』。その進化がどこまで続くのか、それは未だ未知数であった。
次回予告:『第154話 少女、遠征をする』
ベラちゃんのお気に入りのお人形さんも絶賛成長中のようです。
さて、そろそろ出発のお時間。獣機兵さんのおやつは現地調達です。
しっかり、頑張りましょう。




