第152話 少女、紹介する
「来たか。そいつらがアンタの従者たちか」
領主の館の一室。そこに入ってきた少女とそれに続く男たちを見て、元領主であるカールが肩をすくめながら尋ねる。
ベラがこの部屋へと引き連れてきたのは三人、たった三人だ。それに奴隷ふたりを加えた極少人数で構成された傭兵団が、カールたちが平伏した相手であった。
そのカールの問いにベラは「ヒャッヒャ」と笑いながら、口を開く。
「ああ、こっちのパラは従者。コーザは団員だ。マギノはまあ、雇いだね。後は奴隷がふたりいるが今はガレージに行ってる。うちのディーナの面倒が見させているところさ」
「たく。たったそれだけの戦力で領地を乗っ取ろうとしたのか。というか……実際にはひとりで、成功したわけだが」
髭をモシャモシャと触りながら、カールが苦い顔をする。早まったとは思ってはいないが、それでも何かしらの理不尽を感じているようだった。
「べっつに不足ではなかっただろう? 例えこの街の戦力すべてが相手でも、あたしとディーナだけでお釣りが来るさ」
そう言って笑うベラだが、その言葉が決して冗談ではないという自信がその顔には浮かんでいた。また、カールもそれを笑い飛ばすことができない。
ベラの乗る『アイアンディーナ』は飛行能力を持つ鉄機兵だ。実際に空を飛ぶ精霊機の乗り手を有しているカールにその有用性を理解している。
それから何も返せないカールの横を通り過ぎ、ベラが「よっこらせ」とソファーへと座って足を組んだ。
「まー、しばらく山に篭もっていたし、まだ団を立て直したばかりだったからね。人数が少ないのは仕方がないさ。それに勧誘も済んで今じゃあ大所帯になったわけだし、今となっちゃぁ問題もない」
そう言ってから「ヒャッヒャ」と笑うベラに、カールもパラたちも苦い笑いを浮かべることしかできなかった。それからカールがベラに問いかける。
「で、これからどうする? ここはもうアンタの領土だ。だが、それをムハルドは許さないはずだ。すぐさま、連中は動き出すぞ」
「ふん。分かってるさ。ひとまずは、国境の強化と獣機兵の連中は引き上げさせないとね。領内はアンタの配下を再編させてそれぞれに配置させな」
その指示にカールが目を細める。
今も以前も一応は仲間であったが、獣機兵乗りは敵以上に信用の置けない相手だった。カールたちの監視のために用意されたと同時に、ラハール領は半獣人という扱いかねた存在となった彼らを封じ込める檻でもあった。
今の彼らは衝動によって人間を喰らい、場合によっては人間の理性をも失う危険な存在だ。それが今もラハール領各地に散って横暴を働いているわけだが、ベラはそれを引き上げさせると言った。
「連中を纏めてどうするんだ?」
「ムハルド領土の手前まで連れて行って連中を試したい。上手く行けば奴隷や住人の代わりの餌だって手に入るさ。大人なんだ。自給自足ってのを覚えてもらわないとね」
「なるほどな。で、それは分かるが、俺たちはどうする? 連中に手柄を取らせて俺らは領土に引っ込んでろとでもいうのか?」
「どう動くにせよ、ラハール領を放置もできないだろう。ルーイン解放軍がドジれば、パロマが攻め込んでくる可能性もある。背中を預けてやるって言ってるんだが気に入らないのかい?」
「ああ、そうだ。領の世話はうちの副官にやらせる。俺も参加させろ」
「させろ?」
ベラの視線にカールが言葉を飲み、それから言葉を言い直す。
「させ……てくれ」
「最初からそうお言い。敬意ってのは大事だよカール。主従はハッキリとさせておくんだ。あたしは舐められるのは好きじゃない」
獰猛な笑みを浮かべる少女に、カールは頷くしかなかった。
例え鉄機兵に乗っておらずとも、そこには格の違いというものが存在しているとカールは感じた。たかだか一桁の年の少女を前にして、だがカールの戦士としての本能がそれを感じさせていた。
その様子に満足そうな顔を見せたベラが、カールに尋ねる。
「で、来るのはいいが。兵はまさかアンタだけではないんだろう? かといってこっちも手薄にもしたくないんだけどね」
「分かっている。手駒はいくらか連れて行くが……本隊は、ムハルド領で合流する」
「合流ですか?」
話を聞いていたパラが訝しげな顔をして、口を挟んだ。その問いにカールが頷く。
「ああ、そもそも今回の決闘がどういう結果になろうが、俺はムハルドに反旗を翻すつもりだった。本当であればここで獣機兵を殲滅する予定だったし、その準備も整えてきていたんだが」
そう言ってカールがベラを見る。
カールはこの街自体をトラップとすることで、自分たちを監視していた獣機兵たちをその場で一気に葬るつもりであったのだ。
もっともベラが獣機兵乗りたちを己の陣営へと取り入れたことでその目論見も意味をなさなくなったが。
「パロマの動きについては、こっちもずっと追っていた。ルーイン解放軍の勢いが増している今がチャンスだとは思っていたんだ。だから密かに連絡を取っていた」
「あー、そうかい。で、誰と連絡を取って誰と合流するんだい?」
続きを促すベラにカールが頷く。
「カイゼル族がこちらに向かっているはずだ」
「カイゼル……あんたの部族だね」
「ああ。呼び寄せた。先ほどサティアを連絡に向かわせた」
「サティア?」
聞いたことのない名にベラが首を傾げる。
「エルフだ。航空型という空を飛ぶ風精機を使う」
「ああ、もしかして。あのウロチョロしていたガキかい」
ポンッと手を叩いて思い出したベラを見て、カールが苦い顔をする。
「バレてたのか、あいつ」
サティアはカールのとって切り札に近い部下だ。
竜機兵などの一部では飛べる兵器も現れ始めたが、まだまだ空は人の手が届かぬ場所。隠密行動の得意な航空型は今でも非常に有用な存在だった。
もっともそれを見込んで任せていたヘイロー傭兵団の偵察については、とうの昔にベラに気付かれていたようだった。
「しかし、評議会がよくも許可しましたね」
また、サティアの正体を知ったパラが驚いた顔をしてそう呟いていた。その反応にベラが眉をひそめながら尋ねる。
「パラ。許可って言うと何かあるのかい?」
「はい。航空型はエルフの国アンカーサの秘匿とされている精霊機です。通常は航空型の一族自体が管理されていますので、ここに航空型風精機がいるなど普通ではあり得ません」
そう断言するパラに、カールが眉をひそめる。
「そういうものなのか。詳しくは俺も知らないが……だがヤツは孤児だったと聞いている。先祖帰りというヤツか、望まれぬ実であったのか……そこまでは分からないな」
「そうですか。いえ、ありがとうございます」
カールの言葉に、サティアと同じエルフであるパラが少し悩んだ顔を見せたが、それ以上何かを言うことはなかった。それからベラが口を開く。
「まあ、そっちはいいさ。それでアンタの部族が合流すれば確かに戦力にはなるんだろうが……すべては状況次第だね」
「ああ、分かっている。無理に救助を頼むつもりもない。すでに賽は投げられたんだ。一族が全滅する覚悟もできている」
そう口にしたカールの顔は覚悟の決まった男のものであった。
どのみちカールが行動を起こせば一族は始末される。ならば自分たちから行動を起こし、未来を掴むべきだろうとカールは考えて、すでに動き出していた。その様子にベラが笑みを浮かべて口を開いた。
「まあ、別にいいけどね。そんじゃあ、お隣さんに挨拶といこうじゃないか。失礼がないように、しっかりと用意をするんだよ」
そのベラの言葉に仲間たちが一斉に声を上げる。こうして、ヘイロー傭兵団は、ムハルドとの国境沿いへと向かうこととなったのであった。
次回予告:『第152話 少女、準備をする』
ベラちゃんはペットの餌を探しに西に向かうことにしました。
飼い主としての義務を果たそうとするなんて、小さいながらも生き物を飼うことへの自覚がちゃんとあるんですね。なんて偉い女の子なのでしょうか。




