第150話 少女、動物をなだめる
『あ、あの化け物がでている今がチャンスだッ』
ベラとカールの戦いに決着が付き、ベラがアイアンディーナを出たすぐのことである。その場に駆けだした獣機兵がいた。ワーウルフタイプの、速度を重視した機体が広場へと入ってきた。
それに反応できた者は多くはない。反応はできても止める、或いは加勢できるものもいなかった。それを見たカールが舌打ちをし、すぐに鉄機兵の操者の座へと戻ろうとするが、間に合う距離ではなかった。一方でベラは特に慌てた様子もなく、そのまま手を上げて口を開く。
「ディーナ、やりな」
そして、鉄機兵『アイアンディーナ』が動き出した。頭部が操者の座の中へと収納され、右腕が持ち上がって竜頭がもうひとつの頭部と化した。そのまま姿を変えた『アイアンディーナ』が尾を振るって迫ってきたワーウルフタイプの足を絡めて転ばすと、すぐさま踏みつけて、足に設置されたアンカー用の鉤爪を突き刺した。
『ヒッ』
中の乗り手が悲鳴を上げる。その間にももう本来の右腕の代わりに設置された錨投擲機がワーウルフタイプに向けられていた。その様子をその場にいたほとんどの者が驚きの顔をして見ている。
「ドラゴン……だと?」
中でも最も近いところで、その変形を見ていたカールが呆気にとられた顔をしていた。もはやそれは竜機兵ですらない。歪な形ではあるが、その姿はドラゴンそのものであった。鉄機兵がドラゴンとなったのだ。
『ドラゴンだ。ドラゴンがいるぞ』
『だが、見かけだけだ。数で攻めれば』
「黙らせな、ディーナ」
周囲の声を遮るようにベラが叫び『アイアンディーナ』が反応すると、喉の部分となった肩部装甲が開いて『竜の心臓』が露出し、周囲へと炎のブレスを吐き出していく。動き出そうとした獣機兵たちがそれで止まり、そのまま首を下ろした『アイアンディーナ』の上にベラが乗る。そこまで見ていたカールが溜まらずベラへと問いかけた。
「な、なんだ、それは? やはり、鉄機兵ではないのか?」
「さてね。あの『竜の心臓』とやらを付けたら、こうなるようになったのさ。ま、まともな整備を受けてようやく使えるようになったんだけどね」
「なった……って?」
「と言っても操作は変わらないさ。結局は感応石と竜心石を介して動かすだけ。だから、鉄機兵を動かすほどの使い勝手の良さはないよ」
そう言いながらベラは『アイアンディーナ』の首を持ち上げさせて、上昇していく。その様子にカールが戦慄している。
「感応石と竜心石を介して……だと?」
それだけでは上手く動かせないから、鉄機兵などには補助器としてのアームグリップやフットペダルが存在している。それなしでは、せいぜいゆっくりと歩かせる程度が関の山なのだ。
だが、ベラの操る『アイアンディーナ』は自然な動きで、その場に立っていた。そして持ち上がった首の上にベラが立ち、周囲を見下ろしている。
出鼻は挫かれている。炎の壁によって遮られた彼らは、その様子を黙って見ていることしかできなかった。その様子に満足に頷きながら、ベラが口を開く。
「さて、南部族の軍門に下り、こうして僻地に追いやられた北部族に、戦で功績を挙げたにも関わらず、粗相をし過ぎてあっさりと捨てられた獣機兵部隊。あたしが今日、出戻ってきたラハールの本当の領主であるベラ・ヘイローだよ。よく覚えておきな」
そのベラの声は鉄機兵『アイアンディーナ』の通信機を通して、周囲に正確に届けられていく。そして挑発を受けた鉄機兵や獣機兵たちからは強い怒気が発せられたが、それでも動き出す機体はなかった。
そもそもカールが従えている北部族出身の鉄機兵たちは、勝った場合についても、負けた場合についてもすでにどう動くかを指示されていた。
一方で、獣機兵たちは踏み切るべきか否かをまだ決めかねていた。
最初に飛び出した馬鹿のおかげで彼らは突撃のタイミングを逃した上に、今は北部族の鉄機兵たちが先に動いたために緊張状態となっている。下手に動き出せば、一気に攻撃を仕掛けられそうな気配があった。
その獣機兵の姿を見て、ベラが笑いながら話を続けていく。
「さて、カールはたった今あたしの下に付いた。従って、北部族の連中はムハルドからあたしの元にめでたく転職だ。おめでとう。あんたらは勝ち組さ。今後のあたしの活躍にご期待くださいってことだね。ヒャッヒャッヒャ」
その言葉を聞いてこみ上げてきたのが笑いなのか怒りなのか、その以外はあるだろうが、その場はさらにざわめいていた。それからベラが視線を獣機兵たちへと向ける。
「そして、ここで問題になるのは去勢されたワンちゃんたちだ。ムハルド王国に付き従う、ご主人様に忠実なワンちゃんたちがこれからどう動こうとするのか……それがあたしには楽しみだ」
そう言ってベラがさらに笑みを深める。
「その行動を打ち砕き、首根っこ捕まえたアンタらの頭を順番にウォーハンマーでかち割って脳漿ぶちまけてやれば、この広場もたいそう汚れちまうんだろうね」
その言葉にオークタイプが一歩前に出た。血の気の荒い中でも特に興奮しやすい連中だ。だが、ベラは臆さずにさらに話を続ける。
「だけどね。あたしゃ、結構綺麗好きでね。無駄に自分の街を汚したくはないんだよ。ま、それにだ。お前たちの方はそれでいいのかい?」
『なんだと?』
ベラが見下ろしている中、獣機兵から声が漏れる。
「気付いているんだろう? あんたらは捨てられた。戦争では活躍したかもしれないが、もう人間扱いもされてない。厄介払いに、ここに北部族の監視って名目で呼ばれて捨てられたのは分かっているんだろう?」
その言葉対し「違う」と言い返せる者はいなかった。それは誰もが分かっていて、だからこそ誰も口には出せなかった話だ。
話しても答えが出ないのではない。話している今の自分たちがすでに答えであると誰もが気付いていたのだ。だが、そんな彼らにベラは現実を突きつける。
「何しろ人間を食うような化け物になっちまった。本国に復帰? どれだけお前たちが忠を尽くそうともありえない話さ。ムハルドはお前たちを捨てた。それが事実だ」
『じゃあ、どうしろっていうんだ?』
声が響いた。それにベラが見下ろしながら言葉を返す。
「あたしの元につきな」
『ふざけるな!』
『待てッ』
そして動き出そうとした獣機兵をオーガタイプの獣機兵が止めた。
『オルガンさん……けど』
『ベラ・ヘイロー。聞こうか、それで俺たちに何のメリットがある?』
「死に場所を与えてやる」
直球の言葉に周囲がざわめいた。だが、ベラの言葉は止まらない。
「ラーサ族は戦いの部族だ。であるにも関わらず、今のアンタらはただ腐っているだけだ。ここで腐ってそのまま死ぬだろう。そんな未来をアンタらはお望みかい? 仮にここを生き延びても、せいぜいがこの街を支配しながら怯えた住人を喰らうか、食用の奴隷を買うか? そんなのあたしゃ、ごめんだね」
『俺らに祖国を売れって言うのか?』
オルガンの言葉に『おい、オルガン』と離れた場所にいた獣機兵が声を上げる。だがオルガンは無視してベラを睨みつけている。一挙手一投足、そのすべてを見逃さぬようにと視線を動かさない。
「はっ、祖国っていうほどの歴史もないだろうに。で、売るって言うほど義理立てできるのかい? 望まぬ力を与えられ、いざ戦が終われば捨てられる。いいのかい? それで?」
『いいわけがあるか!』
『元はといえばテメェが原因じゃねえか』
そんな言葉も聞こえたが、それはそう多くなかったし、賛同も得られていない。それを口にするには虚しかったのだ。わずかな人数の傭兵団に負け、逃げ帰れば王子を殺された罪で、強制的に獣機兵に仕立て上げられた。己の姿は醜い魔獣のものへと変えられたが、それは負けた結果であった。
『オルガン。てめぇ』
『うるせえ。リンロー、お前も分かってんだろ。俺らはもう魔獣もどきだ。人間を喰いたくなる衝動にかられ、頭ん中も多分変わっちまった。あげく、そのカールの監視だのなんだとこの地に送られても、戻ることなんてできやしねえ。俺は衝動を抑えられなくてテメェの女もガキも食っちまったしな。どのツラ下げて戻れってんだ。言ってみろ。俺らの未来はどこにある?』
その言葉にリンローと呼ばれた男が呻く。返せる言葉もない。
『リンロー。俺はベラ・ヘイローにつくぜ。テメェはどうする?』
『馬鹿やろうが……この状況で、断れるかよ』
オルガンとリンロー。この場における獣機兵部隊のリーダーたちは彼らである。オルガンがベラの元に付くのであれば、リンローだけの部隊では戦力的にどうすることもできない。それを理解しているリンローが諦めた声で部隊に予定していた戦闘の中止を告げると、その場での戦闘は開始すらされずに、おおよそ無血で決着がついたのであった。
次回予告:『第151話 少女、戻る』
思ったよりもお馬鹿ではなかったので、ベラちゃんは使ってあげることにしました。優しい。
そしてベラちゃんのお人形さんもちょっとイメチェンしたみたいですね。




