第149話 少女、タイマンを張る
『ぬぅっ』
カールの鉄機兵『ムスタッシュ』が、正面から振り下ろされたウォーハンマーを右手の盾で受け止めた。
激突した瞬間に火花が散り、少しよろけた『ムスタッシュ』の足下に竜尾が伸びたが、カールがとっさにフットペダルを踏んでわざと体勢を崩してそれを避けた。
『こなくそがっ』
そのまま『ムスタッシュ』を石畳の広場を自ら転げて、その場から離れる。それで背の銀霧蒸気を噴き出すパイプがひしゃげたが、それでもそのままあっさりと倒されるよりはマシであった。
『いきなり始めやがって……なんて、ヤツだ』
悪態をつきながら『ムスタッシュ』をカールが立ち上がらせると、対する『アイアンディーナ』は近付こうとはせず、その場で立っていた。
『追撃してこないだと? 余裕のつもりか、ベラ・ヘイロー』
カールが毒づくが、それに『アイアンディーナ』からは笑い声が返ってくる。
『ああ、余裕のつもりだよ、カール・カイゼル。簡単にやられないでおくれよ? あっさりとやり過ぎて運で勝ちました……なんて、後で言われるのもシャクだからね』
『んなこと、言うかッ……よ!』
会話の途中で一気に『ムスタッシュ』が加速して、『アイアンディーナ』へと突進していく。
『ムスタッシュ』の足底には車輪機構が設置してあった。それが『ムスタッシュ』に勢いに乗せて突撃させ、両腕にそれぞれ装備されている角突き盾を『アイアンディーナ』へと叩きつけようと振り上げた。
対して『アイアンディーナ』の中にいるベラは、「ヒャハッ」と目を見開いて笑いながらフットペダルを踏んで飛び上がると、竜翼をその場で広げてさらに上昇した。
『馬鹿な。飛んだだと?』
驚くカールの頭上を飛び越え『アイアンディーナ』は『ムスタッシュ』の背後へと回ると、竜尾で落下の衝撃を殺しながら器用に着地し、その場で回転して威力を上げたウォーハンマーを『ムスタッシュ』へと叩きつけた。
『チィッ』
だが、その攻撃を『ムスタッシュ』はとっさに盾を構えて防いだ。同時に自らの機体を攻撃された方とは反対側へと跳ばし衝撃を抑える。その手際にベラが『ヒュウ』と口笛を吹いた。
『なるほど、とっさに盾で受けたかい。思ったよりも悪くない腕をしてるじゃないかカール』
『そちらこそ、その動き……鉄機兵の反射速度じゃないな。竜機兵や獣機兵に近い。どういう手品だ?』
『おやおや、機体の性能差を指摘してきたよ。言い訳の材料探しに余念がないねカール』
そのベラの言葉にカールが『そんなつもりはない』と叫んでから、さらに口を開く。
『それにしても知っているのか、ベラ・ヘイロー? ローウェン帝国はお前の乗る『アイアンディーナ』に恐ろしい額の賞金をかけているぞ。お前自身よりも遙かに高額のな』
『ああ、知っているよ。その理由もさ。さすがにローウェン帝国といえど、竜機兵をドラゴンに変えるのは難しそうだしね。連中がドラゴンを殺したあたしのディーナを欲しがるのも仕方のない話さ』
『ドラゴン? やはりドラゴン殺しが理由ということか』
カールがそう返しながらも盾を振るうが、それを『アイアンディーナ』はことごとく避ける。カールの猛攻をベラはわずかなステップで避け続ける。それを取り囲んでいる兵たちが息を飲んで眺めていた。見た目はまるで鉄機兵同士でダンスを舞っているようだが、この場にいる彼らには『ムスタッシュ』が本気で『アイアンディーナ』に仕掛けているのが感覚的に理解できている。
この場で見ているラーサ族の者たちでカール・カイゼルと鉄機兵『ムスタッシュ』の実力を知らぬ者はいないのだ。
対立気味の獣機兵乗りであっても、カールの実力を軽んじる者など存在しない。
本来鉄機兵よりも性能が上である獣機兵の乗り手たちも、カールに対抗できる実力を持つのは隊長格のみなのだ。
しかし今彼らの目の前では、強者であるはずのカール・カイゼルが笑いながら戦う少女の鉄機兵によって手玉に取られ続けていた。
それを彼らは脅威に感じつつも、決して視線を逸らすことはできなかった。『アイアンディーナ』という鉄機兵の性能もさることながら、その操縦技術の高さに彼らは驚嘆していた。
そんな彼らの前でベラが『ヒャヒャヒャ』と笑う。
『ああ、そうさ。このアイアンディーナは過去に二度、ドラゴンの血を浴びているのさ。まあ、連中が研究してもまだ届いてない機体らしいからね。そりゃぁ、欲しがるだろうよ』
『ドラゴン殺しが……なるほど、そういうことか!』
『ムスタッシュ』が大盾を『アイアンディーナ』へと振るう。だが、それは『アイアンディーナ』の左腕の盾で受け止めていた。さらにはベラが左のグリップのトリガーを引くと『ムスタッシュ』がその場から吹き飛んだ。
『ぐぁっ!?』
『ヒャッヒャ』
それは一瞬『ムスタッシュ』が浮くほどの衝撃だった。
盾の上からであったために直接的なダメージはないものの、その衝撃は操者の座に伝わり、中にいるカールが呻いた。
『貫くこたぁ、できなかったみたいだね。残念だよ』
そう言って、ベラは左の掌から出た赤く熱せられた鉄心を振って温度を冷まそうとしている。左腕の仕込み杭打機を『ムスタッシュ』の盾の上から放ったのだが、貫通には至らなかったようである。
『やりやがる……が、俺の盾は抜けられてねえ。ま、ベラドンナの名も名乗れねえヤツに負けてやる気もねえんだが』
『へぇ、そいつはどういう意味だい?』
尋ねるベラに、今度はカールが笑って言葉を返す。
『言うまでもねえだろ。ベラドンナ傭兵団からヘイロー傭兵団に代えたってこたぁよ。逃げたんじゃねーの? ローウェンに本物のベラドンナが付いたからな。死人が蘇った今じゃあ、第三者がベラドンナを名乗るのは滑稽に過ぎる』
そう口にしながらも、カールの『ムスタッシュ』は少しずつ前へとにじりよっていく。だが、その言葉は止まらない。
『だって、そうだろう? もう転生なんて与太を口にすることもできなくなる。だから、お前は怖くなったんだ。それとも偽物と誹りを受けることを嫌がったか?』
『ハッ、よく吠える口だね。あたしがローウェンにいるアレを怖くなった? 馬鹿を言うんじゃないよ』
『だが事実だ。お前は逃げた。それがッ……事実だろうが!』
一気に駆けだした『ムスタッシュ』の両盾の角が盾から同時に飛び出し、それが弧を描いて『アイアンディーナ』の回りを包囲していく。
『かかったな!』
それこそがカールの奥の手だ。挑発をしながら近付き、間合いに入るタイミングを見計らっていたのだ。だが、それを見たベラの顔は笑っていた。
『甘いんだよねぇッ』
ベラは一気に左腕のグリップを振り上げて腰の回転歯剣を引き抜くと、ギュルルルルルというケダモノのような音を響かせながらその刃で『アイアンディーナ』を絡めるはずだった角付きワイヤーを斬った。
『クソッ、見抜かれてたか。ォォオオオッ!』
策は破れた。であればもう正攻法で挑むしかないと、カールは叫びながらそのまま突撃する。対して『アイアンディーナ』も『ムスタッシュ』へと一歩踏み込む。
『まあ、今は言わせてやるよ。けどね、あたしはあたしの名を使って上がっていく。いずれアレとも対立はするだろうさ』
そう言いながら勢いよく振り下ろしたウォーハンマーを盾に引っかけて『アイアンディーナ』は一気に引いてはがすと、態勢の崩れた『ムスタッシュ』の胸部へと回転歯剣を振るった。
『オォォオオオオオッ!?』
そしてカールが叫び、胸部ハッチが吹き飛んで地面に落ちて突き刺さる。
それは本当にわずかな距離。回転歯剣の刃に触れる直前の場所に操者の座に乗ったカールの姿があった。
「締まらねえな。クソッ」
そう悪態付いて肩を落としたカールの前で、『アイアンディーナ』の胸部ハッチが開いて中からベラが出てきた。それには周囲で見ていた者たちのほとんどが驚きの顔をしている。
声から若い、まるで子供のようだ……とは分かっていたはずだ。だが、本当に子供が出てくるとは彼らも想像できていなかった。
その肌は褐色。まごうことなくラーサ族であると彼らは悟った。
「マジでガキかよ」
ボソリと呟くカールに、ベラが笑いかける。
「必要なのはタイミングさ。アレの名を借りるつもりはない。アレを喰らうために、あたしはあたしの価値を上げる。今はその準備中でね」
そう言ってベラが手をカールへと差し出した。
「そのためにラーサ族をもらう。あんたはどうする? あたしの側に付くかいカール」
「ああ、従おうベラ・ヘイロー。お前は決闘法を勝利した。俺の命はすでにお前のものだ」
諦めたようにそう口にしてカールが苦笑する。
それが、ラハール領が再びベラの元に戻ってきた瞬間となった。
次回予告:『第150話 少女、動物をなだめる』
デュナンお兄さんのときに、ちょっとやりすぎたかなってベラちゃんも思っていたのでしょう。今回はギュルギュルしませんでした。ベラちゃんもちゃんと成長してるんですね。




