第148話 少女、名乗る
『ヒャッヒャッヒャッヒャ、前菜にしては薄味だね? お代わりはあるのかい?』
周囲が静まりかえっていた広場の中央で『アイアンディーナ』の中から笑い声が木霊していた。まだ女ですらもないような中性的な少女の声が響き、その違和感に周囲は唖然としていた。
それから次第に言葉の内容の方に意識が向くと、何機かの鉄機兵や獣機兵が動こうとする気配があったが、それでも広場にまで来る機体はなかった。その様子を見て、また『アイアンディーナ』の中から笑い声が聞こえ始めた。
『ヒャッヒャ。たくっ、ラーサ族の勇者たちが情けないね。獣臭い血をお注射されたと思ったら、去勢もセットでされてたんだね。可哀想に』
『くっ』『挑発に乗るな』『あの野郎がッ』
さらなる挑発をするベラに、しかし彼らが動く様子はなかった。特に獣機兵たちは飛び出しかかってはいるが、それでもその場に留まっていた。その様子を見ながら、ベラが目を細める。
(ハァ。連中もそれなりの自制心はあるってことかね。これで勝手に動くようなのばかりなら考えも改める必要があったけど……まあ、これなら)
挑発とは別に、ベラはその場の敵への評価を一段階高く認識し直した。また、そんな風にベラが値踏みをしていると、広場の一角から大きな声が轟いた。
『ザッケンナーコラー』
『おやおや』
その叫び声とともに駆けだした機体が複数あった。それはゴブリンタイプで編成された獣機兵の部隊のひとつだ。
『はぁ。やっぱりケダモノは抑えが利かないかい』
そう言ってベラが地面に落ちていた砕いた斧を蹴り上げると、それを『アイアンディーナ』に掴ませて正面に投げつけた。
『そんなものが当たるかよッ』
獣機兵ゴブリンが投擲された斧を避ける。
『んじゃあこっちはどうだい?』
そこにほぼ同時に接近した『アイアンディーナ』の竜腕の爪が突き刺さり、胸部から乗り手ごと操者の座を破壊する。即死であった。
『こいつッ』
続けて近付いた獣機兵に対してベラは、今度は竜尾を動かして足を絡めて転ばし、倒れたところにウォーハンマーを振るって頭部を砕いた。その様子に獣機兵ゴブリン部隊が足を止め、赤いホブゴブリンタイプの機体から吠え声が響いた。
『何してやがる。ぶっ殺せぇええ』
『ぶっ殺せじゃねえ。俺の指示無しに何してやがんだ。馬鹿が』
その言葉とともに、獣機兵ホブゴブリンが後ろから現れた鉄機兵によって殴り飛ばされた。それにはベラが『ヒャハッ』と笑い、周囲もざわめく。
驚きの声は獣機兵側から、どこか期待のこもった声は鉄機兵側から発せられていた。
『テメェ。っ……く、カール』
その中で怒りの呻き声が漏れた。それは、たった今殴り倒された獣機兵ホブゴブリンから出たものだった。そのホブゴブリンに対して、威圧感ある声が鉄機兵から発せられる。
『カール様だろボーラ。領主だぜ、俺はよ』
その言葉を聞いて、『アイアンディーナ』の中にいるベラの目が細められる。ラハール領の領主であるカール・カイゼルと、その機体である鉄機兵『ムスタッシュ』。それこそが今日のベラの相手だ。『ムスタッシュ』の所持している武器はトゲ付きの盾をふたつ、それをまるで篭手のように握って立っている。
『カール。カール・カイゼルかい?』
『ああ、俺だ。テメェが決闘法を申し込んだ男さ、ベラ・ヘイロー。しっかしだ。その声、本当にガキなんだな?』
『さて、どうかね。まだ生まれて一桁の年しか生きた記憶はないけどね。それをガキというんならそうだね』
ベラの言葉にさらに周囲がざわめいたが、カールには特に動揺もない。すでに送った使者からベラのことは聞いている。その見た目が『本物か否か』は別として、外見は確かに少女のソレであるようだった。
『そんなことよりもだ。決闘法を受けてくれるんだって? あたしゃあ、盗まれたもんを返してもらいに来ただけだからね。土下座して謝って返してくれりゃぁ、許してやらないでもないよ』
『何言ってやがる。ここはムハルドの大軍を前に尻尾巻いて逃げだした臆病者が置いてった土地だぜ? もうとっくにテメェのもんじゃあなくなってるさ』
その言葉に少しばかりの怒気が混ざった笑い声が響く。
『はっはっは。王子様に少し貸してただけさ。何しろ、大所帯だっただろ。同じラーサ族としちゃあ、旅先で疲れた王子様には宿を提供しないといけなかったからね。まあ、その王子様もいなくなっちまったわけだし……少し遅いがお引き取り願いたいんだよね』
『ああ? 駄賃にあのクソ王子の命はくれてやっただろう。お代としちゃあ、十分じゃねえの?』
『カール、無礼だぞ』
その場で起きあがった獣機兵ホブゴブリンから声が挙がるが、カールがそれに『うるっせぇ』と叫んで一蹴する。
『勝手に飛び出したテメェが言ってんじゃねえよ』
『がっ』
そのまま蹴り飛ばされた獣機兵ホブゴブリンが壁に激突し、配下らしき機体がそれに駆け寄った。
その様子を見たカールがそれから視線を周囲に向けながら声を上げる。
『いいか。こりゃあ、俺が受けた決闘法だ。横から割り込んで食い散らかそうってのはマナーが悪すぎる。観戦したいんなら黙って見てろ。ステージに上がって踊り子に手を出すような真似すんじゃねぇ』
『ま、別にお代わりをよこしてくれるなら構わないんだけどね』
ヒャッヒャとベラが笑うが、それにカールが『ヘッ』と笑い返した。
『お客さんに、粗食を食わせるわけにもいかねえだろ。飛びきり上等なのを用意してやるから、それで我慢しな』
『食いでがあるといいんだけどね』
『逆に食われるかもしれねえけどな』
言い合うふたりの機体は互いに向き合い、すでに両者が構えを取っていた。どちらからも見えないオーラが立ち昇り、周囲からは両者の歪んだように見え始めている。
『いいか。テメェら、こいつは俺の喧嘩だ。俺がこの領地を賭けて、このムハルド王国の怨敵を誅する。文句は言わせねえ。聞く気もねえ』
その言葉に鉄機兵が歓声を上げ、獣機兵たちからはブーイングにも近い声が上がる。
だがカールもベラも気にした様子もなく、互いの鉄機兵が一歩踏み込んでいく。
『邪魔は入らないようだね』
『させねえよ。正直に言っちまえばテメェが倒した王子様に思うところはねえ。それなりの武人ではあったらしいがな。しかし、問題はテメェだ。ベラ・ヘイロー、お前はラーサ族としてここにいるのか? ヘイロー族ってのは聞いたこともねえ』
『ああ? あたしはあたしさ。親はドーマ族ってところの出の戦士だったらしいけどね』
『ドーマ。あの爺さんのところか……』
カールが眉をひそめた。どうやら知っている部族のようである。
『だがあたしにゃあ、関係ないよ。親はルーインに流れたハグレだし、あたしを売った時点で縁も切れてる。今のあたしはただのベラ・ヘイローだ。『ヘイロー傭兵団』の団長様だ。ラーサ族なんぞ知ったこっちゃないのさ』
『ヘイロー? ベラドンナではなく?』
クィーン・ベラドンナの名を取ったベラドンナ傭兵団。それが、ベラが従える傭兵団の名のはずだった。少なくとも二年半前まではそう名乗っていたとカールは聞いていた。
『そうさ。ヘイロー傭兵団。それがあたしの団さ』
対してベラは威風堂々といった感のある構えのままに、さらに一歩を踏み出す。
『アイアンディーナ』の内より放たれた重圧を受けてカールの額から一筋の汗が流れ落ちる。正面の敵の威圧は十メートルクラスの巨獣に等しいものがあったのだ。故にカールも気付かざるを得なかった。ここから先の戦いがどれほど厳しいものになるかを。
『ここから名を響かせる、あたしの傭兵団だ』
そして、ベラの鉄機兵『アイアンディーナ』が駆け出した。
次回予告:『第149話 少女、タイマンを張る』
実はベラちゃん、チーム名をどこで発表するかをずっと考えていました。
みんなに知ってもらうにはどうしたら良いか、ベッドの中でゴロゴロと真剣に悩んでいました。その光景を思い浮かべるとちょっと微笑ましいですよね。




