第145話 少女、ジロジロ見られる
「そっちの大将にもよろしく言っておいておくれよ。殺り合うなら楽しく殺ろうってね」
『伝えておきましょう。ですが覚悟はしておきますように』
ラハール領の、とある場所で止まっていた魔導輸送車の前から一機の鉄機獣が去っていく。それをベラとパラが見送っている。
その様子を魔導輸送車の内部にあるガレージからボルドが眉をひそめて見ていた。
「ありゃ、ムハルドの鉄機獣だよな。何で戦わずに去っていくんだ?」
「ああ、あの方たちは決闘法の了承を告げに来たようです。カール・カイゼルは一対一での決着を考えているようですね」
独り言への返事が来たことにボルドが肩をビクリとさせて後ろを見たが、そこにいたのは外から入ってきたコーザだった。
「調整中に来られるとはこちらとしてはタイミングが悪かったですが……事なきを得て良かったですよ」
「ま、動かすことはできる状態で調整はしてるから戦えねえっていう最悪の事態にゃならねえよ。それにしても、久々に普通の鉄機獣を見たな。やっぱり余計なもん付いてねえから移動速度がチゲエわ」
ボルドの呟きにコーザが「まあ、確かに」と笑う。コーザの乗る鉄機獣『ハチコー』はカスタマイズがかなりされており、たてがみのように装備された| 超振動の大盾 ( バイブレーションシールド )を含め装甲が厚めに設置されているし、精霊機が乗れるように今では鞍も付けられていた。
機動性は通常の鉄機獣に劣るが、コーザがここまでを生き残るために選択したものをベースにより戦闘に特化した形となっているのであった。
それからボルドが去っていく鉄機獣を見ながらコーザに尋ねる。
「で、決闘法を受けたってのはどういうことなんだ? 一対一ってどう考えても罠なんじゃねえのか?」
「さて、どうでしょうね。彼らもルーインが解放されつつあることは情報として知っていたようです。おして、あちらの言葉をそのまま受け取れば、ジグモンド様の提案を飲むつもりのようですね」
「へぇ。で、なんで決闘法を受けたんだ? いや……まさか、それで一応の決着を付けようってのか?」
ボルドの言葉にコーザが「まあ、そういうことです」と返した。
「この領地の領主カール・カイゼルは北のラーサ族の部族の族長。ラーサ族は今、北の部族も含めてムハルド王国に吸収にされましたが、王族を含め上はすべて南部族で構成されています」
「らしいな。俺が奴隷部屋に戻っていた間に世間はずいぶんと様変わりしてやがる」
「ローウェンがそれだけ裏で動いていた……ということでしょうね。ともあれ、北部族の待遇についてもある程度は配慮せねば反発を招くということで、この地の領主となったのがカール・カイゼルです。まあ、実体はカールにしてみれば本国にカイゼル族を人質にされ、そしてカイゼル族もカールを人質にされている状況のようですね」
「そのカールっていうヤツは、なかなか苦労してるみてえだな」
「ええ。そういうこともあって、あちらとしてもやむなく従うというスタンスは取っておきたいということでしょう。ベラ・ヘイローに強制的に従わされたというね。そして問題は南部族、ムハルド王国軍の獣機兵部隊です」
「ラハール領にゃあ、ミハイルの街にいた連中みたいのが多いんだったか」
「そうです。獣機兵化によって人間性を著しく損ない扱い辛くなった部隊をラハール領に隔離しているようですね。彼らにしても北部族の監視という役割を与えられているわけで、今回の状況では動き出すのは間違いないかと」
「なるほどなぁ」
頷くボルドにコーザがため息をついて、話を続ける。
「というわけで、あの使者の方にもこの場が知られたのですから、のんびりもしていられません。獣機兵の部隊が襲撃をかけてくる可能性も考慮して、調整を急げとベラ様からの指示です」
「はぁ。マジかよ。外でジャダンとマギノの爺さんが警戒に当たってるから手が足りねえってのに」
そう言って腰を付けたボルドにコーザが肩をすくめた。
「以前に比べて団員がいませんから仕方ありません。それにヴォルフがいないのもかなり痛い。警戒にここまで神経を使うとは思いませんでした」
「ま、それが普通なんだけどな。それにヴォルフか。もうずいぶん見てねえが、あいつも死んじまったんだろうなぁ」
「でしょうね。拘束魔術の痛みに耐え切れれば可能でしょうが……」
「そいつぁ無理ってもんだ。こいつが発動し続けるなら自害した方がマシってもんだぜ。こいつはそういうもんだ」
ボルドが首裏の奴隷印のことを指差しながら言う。現在のこの魔導輸送車に乗っている奴隷は今ではボルドとジャダンのみ。パラは従者で、コーザとマギノは傭兵団の団員という立場だ。
奴隷の拘束呪文を食らった経験のないコーザにはその痛みは分からない。
「ま、ともかく分かったよコーザさん。元々起動可能な状態を維持したままの作業しかできねえからな。もうちっと踏ん張って、とっとと終わらせてやんよ」
そう言ってボルドがまた作業に戻り始める。
そして、ベラの予想通りにムハルドの獣機兵たちの強襲があったのは翌日のことだった。
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「想像以上だな。こりゃあ」
そう口にしたのは、エルフ族の少年だ。
名をサティア・ネロアといい、昨日はカール・カイゼルの使いの鉄機獣に乗っていたのだが、途中で鉄機獣を降ろされて、今はひとりでベラたちの監視を行っていた。
そして、サティアが今いるのはリハール領の辺境にある丘の上だ。
彼の目の前の空間は魔術によって歪曲しており、離れた場所をまるでその場にいるかの様に映し出していた。サティアが見ているものは、ベラ・ヘイローの傭兵団と南部族の戦士のなれの果てである獣機兵部隊との戦闘だった。
ルーイン王国とラーサ族北部族へと攻め込む際、戦力増強のために変異させられたムハルド王国の獣機兵部隊がサティアの見ている前で次々と倒されていく。
「気は荒いし、人は喰うしで正直扱い辛いけど、戦闘能力だけは高い連中のはずなんだけどなぁ」
戦闘では活躍できても平時では厄介者でしかない獣機兵乗りたちが、その戦闘で一方的に倒されていく。その様はサティアの目から見ても明らかに異常であった。
「しかし、ありゃあ本物だな。あの赤い機体、獣機兵に一撃もダメージを与えられてない。昨日の子供が乗っているのかは分からないけど、あの傭兵団が噂に違わない戦闘能力を持っているのは確かか。それにあの鉄機獣も思った以上にやる」
昨日に見たときには、機動性を殺す余計な重装備をしているとサティアは考えていたのだが、たてがみのような盾は敵を吹き飛ばすギミックウェポンのようで、左右の防御を乗っている地精機が請け負い、もう一体の火精機が見たこともない大砲のような腕で爆炎球を放っている。
「三機でひとつの兵器として機能しているのか。色々と考えてはいるようだ。けど鉄機兵と鉄機獣、それに精霊機が二……いや、三機か」
鉄機兵用輸送車には、水精機が一機護りに付いている。
「傭兵団としては小さすぎるけど、確かに赤い機体は突出した強さだ。ともあれ、実力のほどはだいたい見えたかな。カールのおっさんとどっちが強いかは分からないけど……ま、ここいらで切り上げて帰るかな」
そう言ってサティアが手を挙げると、その場に魔力が集中して翼の生えた風精機が出現した。それはまるで包み込むようにサティアに装着されると、翼を広げてゆっくりと浮かび上がった。
『はてさて、どういった流れになるか……楽しみだね』
それは航空型風精機。広域通信型よりも稀少な特殊型を操るエルフ族の少年は、ベラたちの戦いの終了とともにその場を飛んで離れたのであった。
次回予告:『第146話 少女、対決の場へ赴く』
空を飛ぶと作画が単調になるのであまり好きではありません。
あと小さな女の子をジロジロと見ていてはいけませんよ。




