第144話 少女、おっさんを貫く
『……なんだ。こいつは?』
ムハルド王国の戦士ヴォーダは、その場に降り立った赤い鉄機兵を見た途端、全身に怖気が走った。まるで獰猛な肉食獣を眼前にしているような錯覚を覚えた。
『隊長。挟まれてます』
『チッ、投擲仕様の爆破型なんざ、初めて見たぞ』
一方で、ヴォーダの部下たちは後方にいる精霊機を乗せた鉄機獣と対峙していた。この建物の多い場所で、獣機兵の巨体では逃げようがない。そのことに舌打ちしようとしてヴォーダが目を見開く。
(俺が逃げることを想定しただと?)
その思考に愕然とした。自分たちは三で、敵は四。とはいえ敵の三は鉄機獣とそれ乗った精霊機たちだ。客観的な戦力としてみれば拮抗している。であるにも関わらず弱腰の思いに駆られていたことがヴォーダの怒りを呼び起こしていた。
『情けない声を上げるな。畜生に落ちても俺らはムハルドの、ラーサ族の戦士だぞ』
半ば己に言い聞かせるようにヴォーダが部下たちを叱咤する。
それから、翼を折り畳んだ竜機兵に近い鉄機兵から声が発せられる。
『はっは。なるほどねぇ。人喰いのケダモノだと聞いていたが、中々のタマじゃあないか』
赤い鉄機兵から、聞こえるのは子供の声だった。
それを聞いてヴォーダは何かの冗談かとも考えたが、かつて聞いた話を思い出し、それから目の前の鉄機兵を見て、その相手が誰だかを予測した。
『まさか、コイツ……』
確証はない。だが確信はあった。己の心をここまで震えさせる存在などそう多くはないはずだとヴォーダは理解していた。
『念のために聞くけどね。あんたがぁヴォーダ・ウォーニスで間違いないかい? ええと、鉄機兵潰しとかいう二つ名の』
『そうだ。貴様は……まさか、ベラ・ヘイローか?』
ヴォーダは或いは……という気持ちでそう尋ねる。
かつてムハルド王国のハシド王子を殺した赤い鉄機兵とその姿は似過ぎていた。すでに死んだとも言われていたが、ラーサ族の少女戦士は今でも北部族にとって反撃の象徴として上げられている存在だ。
そのヴォーダの問いに赤い鉄機兵は『おや、バレてるのかい?』と少し意外そうな声を上げた。
『なんだい。サプライズにしておきたかったんだけどね。もしかして、またあの時の戦いの生き残りかい? ずいぶんとトラウマになってるのかねえ』
そう返すベラの言葉を聞いて、ヴォーダの口からは笑いが起こった。
『は、ははは。そうか。あのベラか。赤い魔女。王族殺しのラーサの裏切り者。俺は運が良いな。どうやら本物だぞお前ら』
『そんな馬鹿な』
『噂話ですよ。隊長』
動揺する部下たちの声を聞き流しながら、獣機兵『ゼイガング』がベラの機体に向けて巨大な鉈を構えた。
『まさか、俺の前に来てくれるとはな。あの場に俺がいれば、腰抜けどもを引かせず王子を守れた。俺がお前を殺せたのに……とずっと思っていた。そのためにこんな身体にもなった。いつかお前のようなやつと対峙したときに確実に殺せる様にだ』
『それがラーサ族の矜持かい。勇ましいことだが、果たしてあんたはあたしを楽しませてくれるのかい? 血餅産みも来てないあたしのミルラの門を濡らしてくれるのかい?』
『……本当にガキなのか? 開いてねえミルアの門じゃあ苦しかろうよ。上の方にでもぶち込んでやるさ。この鉈ラージャをな』
『隊長!?』
『ハイザ、お前たちは後ろの鉄機獣をやれ』
目の前の敵の素性を察した配下の悲鳴のような声に、ヴォーダは指示だけ飛ばして獣機兵を駆け出させた。
『ああ、最近じゃあ一番楽しめそうだ。ヒャッハッ』
相手の発する気勢を前にベラが笑みを浮かべて『アイアンディーナ』を操っていく。そして初手は遠心力に任せて速度の出ているウォーハンマーだった。それをヴォーダの獣機兵は鉈を使って逸らして地面へと落とす。
『パワーもある。その精密さは厄介かもしれないね』
『オーガ種の獣血剤を得た。パワーでやれると思うな』
『ああ、そうかい』
そのまま獣機兵『ゼイガング』は力任せにショルダーチャージをかまそうとする。だが急に足に何かが絡み付き、引っ張られるのをヴォーダは感じた。
『なっ!?』
『飾りじゃないんだよ。この尻尾はね』
次の瞬間に『ゼイガング』の身体が尾に引っ張られて地面に転げる。そこに『アイアンディーナ』の右手のクローが迫った。
『ぬぉおおおっ!?』
それをヴォーダはわずかに避け、鉈で尻尾を切ろうと振る。だが、ベラは『アイアンディーナ』の尾を戻してその攻撃を避けた。
『反応速度は獣並だね。それが獣機兵化の恩恵ってわけだ』
『ああ、そうだ。人を喰らわねば正気で生きていけぬ身だがな。闘うには適している』
ヴォーダが叫びながら、下方より鉈を振り上げる。それを左腕の盾でベラは受けて、その場で火花が散った。
『硬い!』
『ヒャッハ』
ヴォーダの驚きにベラが笑う。その盾は、かつて回転歯剣をも弾いたドラゴンの胸部殻をあしらったものだ。当然ただの鉈の攻撃では傷を付けることすら出来はしない。
『しぃっ』
だがヴォーダはすぐさま獣機兵の足で蹴り上げさせて『アイアンディーナ』へと攻撃を仕掛けていく。その間髪置かぬ攻撃にベラは少しばかり感心はしたが、それをも軽々と避けてウォーハンマーを『ゼイガング』の横腹に叩きつけた。
『ガァアッ!?』
弾かれた『ゼイガング』が建物のひとつに激突して倒れる。そして、ヴォーダが水晶眼を通して目の前の相手を見る。すでに『アイアンディーナ』は『ゼイガング』の間近にいて、胸部へと左腕を突き出しているのが見えた。その突き出した手のひらがあるのは、搭乗しているヴォーダ自身の真ん前だ。
『なるほど。強……』
その言葉を最後まで告げる間もなく、『アイアンディーナ』の仕込み杭打機が発動し、ヴォーダの肉体は己の機体とともに貫かれて死を迎えた。
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「こ、このたびはありがとうございます。子供も助かりました」
ミハイルの町での襲撃終了後、ヴォーダの配下を制圧したベラたちは、今は町長の家に来ていた。かつてベラドンナ傭兵団に捕まりボロボロにされた経験のある町長ロマオは、以前とほとんど変わらぬ姿のベラを見て平身低頭で出迎えていたのである。
「お母さん。あの子、私と同じくらいなの?」
「しっ、静かに」
そして、部屋の外からわずかに声が聞こえた。それに気付いたベラが少しだけ笑う。
「すみません」
ロマオが娘たちの会話に気付いたベラに対して青い顔をして謝るが、ベラは笑いながら首を横に振る。
「気にしてやしないさ。そういや、同じ年のダチなんていないどころか、話したこともないと思ってね。あたしの村にゃあガキはあたしだけだったし」
「ああ、まだ普通の村に住んでたとか言ってんのかい」
ボルドの呆れ顔をベラがジロッと睨む。どれだけ言ってもボルドはベラが農村の娘であったと信じる様子はなかった。
「はぁ。奴隷の分際でご主人様の言葉を疑うたぁね」
「あ、いや。なんでも……ないです」
拘束呪文を口にしそうなベラに、ボルドが冷や汗を流して首を横に振った。それにベラが舌打ちだけすると、再び町長へと視線を向けた。
「まったく何年も経ったってのに成長がないんだよ。ふがいない奴隷でね」
「は、ハァ」
ロマオは何ともいえない顔で、頷いて返す。彼にとって問題なのはベラたちが何を目的にここに来たかということだ。その怯えるロマオにベラが少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべて口を開く。
「なーに。別に取って喰おうってつもりはないさ。あのヴォーダとかいうのに捕まってたガキだって返してやっただろう?」
「ええ、それはもう。感謝の言葉もありません」
その返しにベラがニィッと笑う。
「なるほど。それだけ感謝の気持ちがあるのならば、少しばかり働いてもらっても構わないね?」
「何をなさるつもりなんですか?」
その問いにベラが「大したことじゃあないさ」と返す。
「ちょっと、決闘法の宣誓をね。今ラハール領の領主を名乗ってるカール・カイゼルに送ってもらいたいんだよ。ラハール領はあたしのものだからね。領主不在を猫糞されてたんだ。取り戻すのさ。当然だろう?」
次回予告:『第145話 少女、手紙を送る』
子供相手だからといって無理矢理ものを奪ったりしちゃいけません。
ベラちゃんは正義感の強い子ですから、そういうことが許せなかったんでしょうね。




