第141話 少女、野良と戯れる
『グォォオオオオオオオ』
ラハール領にある森の中。そこでは叫び声を上げるハグレ獣機兵五機が駆け出し、目の前に見えた獲物に襲いかかろうとしていた。
『こんなものまで、野に放たれてるんだねえ』
対して獲物と認識されている赤い鉄機兵『アイアンディーナ』の中から響いた声はのんびりとしたものだった。とはいえ、決して油断しているというわけでもない。
『じゃあ、やりな。ジャダン』
『ヒヒッ、行きますよ』
ベラの指示と共に、後方にいた二機のハグレ獣機兵が放たれた爆炎球を喰らって爆発で吹き飛んだ。さらにはそれと同時に『アイアンディーナ』が投げつけたウォーハンマーが当たったハグレ獣機兵が前へと転げていく。
『グガァ!?』『ギキィイイ』
その状況に動きの止まった残り二機へと『アイアンディーナ』が飛びかかり、一機は回転歯剣で切り裂き、一機は竜腕から延びた灼熱の爪で貫いた。共に操者の座が破壊されており、二機ともすぐにその場に崩れ落ちた。
『残り二機はやる。鉄機獣の餌にしな』
そう言いながらベラは、倒れていたハグレ獣機兵を『アイアンディーナ』に踏みつけさせると、錨投擲機を撃つために設置されている足裏の固定クローで操者の座を貫いてトドメを刺した。
『ギキィイッ』
そして瞬く間に仲間が三機殺され、そのことに怯えを見せた残り二機のハグレ獣機兵が踵を返して森の中へと逃げ始めた。
『逃がしませんよ』
コーザがそう言って鉄機獣を走らせていく。獣機兵が並の鉄機兵よりも足が速かろうが、速度の上では四本足の獣の姿をした鉄機獣に叶うはずもない。
『こちらの方が獣の形をしているのですが……どう見てもあっちの方が野性的ですよねぇ』
かつての頃とは違い、こうした鉄火場の中でも動揺ひとつない口調でコーザが頭から突撃すると、ハグレ獣機兵の一機を大きく吹き飛んだ。それは頭部に装着されたたてがみのようなもので激突されたためであった。
『ああ、俺の超振動の大盾が』
鉄機獣の上に乗っている地精機の中でボルドがそう呟く。
コーザの鉄機獣『ハチコー』の頭部に装着されているのは、かつてボルドに与えられていた超振動の大盾であった。ローウェン帝国に一度回収されたそれをコーザは譲り受けて改造し、鉄機獣の頭部に装着していたのである。
『といってもボルドの旦那。実際、ほとんど活用できていなかったじゃないっすか。ほら来ますよ』
『クソッ。完全に俺も戦闘組の頭数に入ってやがるのな』
そう言ってボルドはいつもの剣付の大盾で横から迫る獣機兵の攻撃を受け、そこに後ろに乗っている火精機が胸部へと大砲で打ち込んで操者の座内部を焼いて仕留めた。
『ま、及第点かねぇ』
その様子を見ながらベラが呟く。
マギノが用意した鉄機獣用の鞍に乗った二機の精霊機は想像以上に安定して動き回れているようだった。またコーザが積極的に戦闘に参加するようになったのも、ベラにとっては非常に有用であった。
『しっかし、ラハール領に入って早々にこんな野生児たちの出迎えとはね』
それからベラは破壊した獣機兵を見る。
現在ベラたちがいる場所は、かつて己が支配していたこともあるラハール領。パラとマギノが砦に来て『アイアンディーナ』の調整を終えた後、彼女らはすぐにコロサスの街を発っていたのである。
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「よーく見ておくんだよぉ。ほれ」
「くっせぇ。うぉ、なんだこりゃあ」
そして戦闘後。マギノの指示に従い、ボルドが獣機兵の胸部ハッチを開けると、中には獣臭い匂いが立ち込めていた。また、操者の座の中にいたのは小鬼に似ているが、それよりもやや大きめの人型の生き物であった。その姿を見て、ボルドが唸る。
「コロサスの街でも少し見た気がするが、改めて見ると魔獣の類が鉄機兵を操っているようにしか見えねえな」
それはボルドが今まで見たこともない光景であった。二年と少しの間に己と世間の差異が随分と距離を開けていたのだと実感する。何しろ、この獣機兵の存在は今やこの地域一帯の戦場で大きく広まっているのだ。
「ふむ。人間に意図的に魔獣の血を入れて活性化させ、キメラ化させる。そんで竜心石から鉄機兵にその力を逆流させることで機体もキメラ化させるわけだね。竜機兵は機体側から乗り手を竜化させるみたいだから、両者のプロセスはまったくの逆だね」
「いや。やべえってのは分かるが、あんたの言ってるこたぁ難しいわ。マギノの爺さんよぉ」
その言葉で、ボルドが上手く理解できていないことにマギノは「つまりはだね」と話を続ける。
「獣機兵ってのは、パーツ内部はほぼ生体化していて鉄機兵のように共用化できなくなってるんだよねえ。だからさ。君は、こうして残骸にしても外装ぐらいしか使い回せるものがないってことぐらいは覚えておいた方がいいかもしれないねぇ。といってもそれを運ぶのも面倒だし、だからベラちゃんも操者の座の中に金目のものでもないかなーって調べるように言ってきたんだけどさー」
その言葉の通りに、ボルドたちの役割は操者の座の中に金品がないかの確認をしていた。他の獣機兵にはジャダンとコーザが向かっている。
「大体、こいつら何なんだよ? 元は鉄機兵なんだろ。それがなんでこんな山の麓に彷徨いてんだ?」
「うーん。多分だけど、これは野盗の成れの果てだろうねぇ。キメラ化させる獣血剤は安価に量産できてばらまきやすいんけどさぁ。こうして人間の意識すらも奪っちゃうこともあるわけ。ローウェンはこれを近隣の国々にばらまいて混乱を生み出してるんだよね」
「コエー話だな」
ボルドが嫌そうな顔をして言葉を返す。そのリアクションにマギノが笑う。
「けど、やり過ぎちゃったんだよねえ。ローウェン支配下の地域でもかなり混乱してるみたいで。ま、想定よりも傭兵の魔獣化率は高いみたいでね。そりゃあ、血の気の多い傭兵と実験に使った奴隷連中とじゃぁ、結果が違っても当然じゃないって僕は言ったんだけどさぁ。ロイが怒っちゃって」
「ロイ……って、アレだよな。ローウェンの研究者の、イシュタリアの賢人とかいうヤツじゃねえか?」
「そうそう。よく知ってるね」
「昔の職場で出会ったことがあるからな」
ボルドは今でこそ戦争奴隷としてこの場にいるが、元はローウェン帝国の整備士である。鷲獅子大戦の当時はまだローウェン側にいたボルドは、客人であったイシュタリアの賢人ロイとは顔を合わせたことがあり、その頃には特に活動も行ってはいないはずだった。
そんな過去を思い出したボルドに、マギノが肩をすくめながら笑う。
「おかげで仲違いさ。それで僕は少し前にローウェンから逃げてベラちゃんの元に合流したんだよ」
「合流って……なんだよ、そりゃ。イシュタリアの賢人ていやぁ、北西の古都エンザンに引きこもってる、お高い連中だろ。よく逃げられたな」
「ああ、彼が逃がしてくれたんだよ。後で研究結果を教えあうことを条件にね」
「な!?」
ボルドが驚く前でマギノはキョロキョロと目を動かし、操者の座の中を探して、バッグを取り出した。
「おいおい。そんなこと、ご主人様に知られたらヤベーだろ?」
「え? ベラちゃんに? 知ってるよ。話してるしね」
そう口にするマギノをボルドが信じられないという顔で見るが、マギノはバッグをボルドに渡すと、それから鉄機兵用輸送車の中にある『アイアンディーナ』へと視線を向けた。
「ま、そういうわけで僕はここにいるんだけどね。ああ、パラくんは結構動き回ってたらしいよ。モーリアンの周辺を調べてたとかで」
「ハァ。そうかよ。けどよぉ、だったらなんでご主人様たちは知らなさそうな顔してたんだよ」
「あ、そりゃあ。スパイっぽかったら殺すつもりだったっすからね」
「ハァ!?」
操者の座の外からの声にボルドが目を剥いた。そこにいたのはジャダンとコーザであった。手には荷物を抱え、獣機兵からの金品の回収にも成功しているようだった。
「ほら、ベラちゃん。賞金首だし狙われてるらしいじゃない? だから念のために様子を見てたらしいんだよ」
「マジかよ」
「ま、そんなことだろうとは思っていましたが」
そう口にするコーザにジャダンが頭をかきながらヒヒヒと笑う。
「惜しかったっすよねぇ」
「惜しくねえよ。たくよぉ。それに、なんだってコロサスをあんなに急に出たんだよ。確か数日でエーデル王じ……いや女王様だって来る予定だったんだろ?」
「ま、だから……なんでしょうね」
コーザが鉄機兵用輸送車へと視線を向けながら、そう口にする。その言葉にボルドが首を傾げた。
「どういうことだよ?」
「ベラ様はコロサスで活躍し過ぎたんですよ。あのまま残れば、恐らくはジグモンド様の提案された件よりも、ルーインに深く取り込まれる可能性もあった。それを嫌ったのでしょうね。まあ、ご本人に伺わなければ、真意は分かりませんけど」
「そういうもんかね。まあ、俺は言われたことをやるだけさ。ほれマギノの爺さん持ってくよ」
「はい、お願いするねえ。僕ぁ、ディーナを見に行くからさー」
そしてマギノがバッグをボルドに渡すと獣機兵から降りて、そそくさと鉄機兵用輸送車へと戻っていった。
「相変わらず元気な爺さんだなぁ」
ボルドはそう言って、荷物をまとめると仲間たちと共に鉄機兵用輸送車へと戻り、その場を後にした。ベラたちが向かう道はかつてジェド・ラハールを倒しに移動したルートそのもの。過去と同じ道筋を辿りながら、ベラは先へと歩み始めていたのであった。
次回予告:『第143話 少女、夜襲する』
ベラちゃんはどうやらコロサスの街から出て行ったみたいですね。
年頃の女の子の考えることは、ボルドお爺ちゃんには分かりません。
次当たりで教えてくれると嬉しいです。




