第140話 少女、裏話を聞く
「随分とやられたものだね」
「さすがに経験と練度が違いましたか」
パロマ王国の残党部隊を壊滅させたベラが砦に戻ると、部屋の中には頭を抱えているジグモンドがひとりいた。
敵の襲撃に対し部隊を召集したジグモンドだったが、その時点でかなりの数の味方が敵に倒されていたのが発覚した。特に傭兵たちの被害は大きく、街を維持するのにも事欠く状況であることが分かったことで、ジグモンドは大きくため息をつかざるを得なかったのである。
「まあ、頭数が減って取り分が増えて喜んでいるのも多いですがね」
「傭兵だからねえ」
ヒャッヒャッヒャと笑うベラに、ジグモンドがさらにため息をついた。ベラもラハール領を一時期治めていた経験があるために余計に笑いがこみ上げてきていたのだ。
そうして部屋に置かれたソファの上で笑う転げる少女の姿は、ともすれば愛らしくも見えた。だが、発せられているのは「ヒャッヒャ」という子供らしからぬ下品な笑い声であり、ジグモンドの癒しにはなり得ない。それからジグモンドは気を取り直した顔をして、眼鏡をクイッとかけ直した。
「まあ、仕方ないですね。モルソンも無事押さえられたとの報告も先ほど届きましたし、至急部隊をこちらに向かってもらえるように手紙を返しています。それまではダマシダマシやるしかないでしょうね」
そのジグモンドの言うモルソンとは、パロマ王国とルーイン王国の国境沿いにある街である。
本来であればルーイン解放軍は、このコロサスの街をジグモンド指揮による傭兵を中心とした部隊で押さえつけながら、本隊がモルソンの街を攻略する予定だったのだ。同時奪還作戦となったのは、二年半ぶりのベラ・ヘイローの帰還というイレギュラーによるものであった。
そのジグモンドの言葉にベラが目を細めた。
「まあ、コロサスの方が街としてはでかいし、女王様がいるんならこっちの街の方がいいんだろうけどね。モルソンの街は大丈夫なのかい? パロマと目と鼻の先だろう?」
その言葉にはジグモンドは「問題はないでしょう」と返す。
「あそこはパロマの国境の手前ですが、パロマからの『増援はありません』から、コロサスを押さえている以上は攻める敵もいませんよ」
「ハッ、なるほどねえ。どうやら噂は本当だったらしいね」
「ほぉ。耳の早さも大したものだ」
ベラの言葉にジグモンドが笑う。
ジグモンドは、ベラの聞いた噂というものが、ルーイン解放軍の裏にいるのが『パロマ王国』だと理解していた。
地下に潜って活動し、組織としては脆弱であったルーイン解放軍が、再び王国奪還のために動き出せた理由がそこにあった。
「知っていますか? このルーイン王国にいるパロマ王国軍が自分たちをなんと名乗っているか? 新生パロマ王国ですよ。どうやら彼らは本気で本国から独立する気でいるようなのですよね」
「占拠して二年程度で随分と気の早いこった」
ベラの言葉にジグモンドは首を横に振る。
「早い時期だからこそ、やろうと判断したのでしょうね。それに現在のパロマ本国は、ローウェンと協力したということで、他の隣国と睨み合いが続いています。ルーインにいる軍の手綱も握れない……どころか、下手をすれば逆に攻め込まれて国を簒奪されかねない状況らしいですよ。接触したパロマ貴族の言葉によればですがね」
そのジグモンドの言葉に「ヒャッヒャ」とベラが笑って頷いた。
「で、パロマはあんたらを支援して……国境付近をあえて取らせてルーインにいる連中と分断して解放軍を盾に使おうってわけか」
「そういうことです。本来であればモルソンの街を中心としたロブナール領程度に留まらせて、その後は国が態勢を整ったら……という予定だったのでしょうが、あなたがやってきた」
パロマの目論見であっても飲まないわけにはいかなかったルーイン解放軍にとってベラ・ヘイローという戦力は、まさしく希望の光であった。その返しにベラが目を細めながら尋ねる。
「そうはいうがね。コロサスを取って良かったのかい? パロマとしては望んではいなかったんだろう?」
「問題ありません。モルソンから順当にコロサスへ……というのはパロマとも示し合わせた予定通りの行動ですから。あちらがそれを為せると思っていたかはともかくとして」
モルソンの街を奪われれば当然、新生パロマ王国は警戒する。コロサスの街も防御が固められ、それで膠着状態になるだろうとパロマ王国は考えていたようだ……とベラは理解した。
「どのみち、あちらに今こちらをどうにかするだけの余力はありません。だからこそ、協力関係になったわけですしね。いただいた資金もありがたく使わせていただきつつ、本隊をここに呼び次第、エーデル女王の名の下に各領にも使者を送ります」
現在の国内の各領は、逆らうわけでもなければ未だにルーイン王国時のままの領主が治めているところも少なくはない。それらを味方にし、勢力を拡大してルーイン王国を取り戻すことこそがジグモンドの、ルーイン解放軍の狙いであった。
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「で、こいつが成長した『アイアンディーナ』かよ」
ベラがジグモンドと話をしている頃、再び砦の中庭に置かれた赤い機体をボルドが見上げていた。そこにあったのはかつてボルドが整備していた鉄機兵『アイアンディーナ』だ。
「いろいろと改良は加えてるんすけどね。まあ、基本的な構成は変わってないっすよ」
そのジャダンの言葉にボルドが唸る。確かに『アイアンディーナ』の姿は胸部と左腕の盾の変更を除けば以前のままに近いが、それでも4メートルを越えた一般的な大きさにまで成長していた。
また翼や尻尾、右腕の竜機兵のパーツは以前よりも有機的に近いフォルムに変わっていて、その中でも一番の違いは右肩であった。
「確か、戦闘中にあの肩から赤く光る宝石を出していましたよね?」
共にいるコーザが、そう言いながら『アイアンディーナ』の肩を見た。
「『竜の心臓』ってヤツか。腐り竜のヤツと同じ光を放っていた。あれを鉄機兵に搭載したってことだろ。どうやってだかは分かんねえけどよ」
そのボルドの言葉にコーザが思い出したという顔で頷いた。
「で、そいつは後でどういうものかを確認するとしてだ。相変わらず腰回りを中心に鍛えてやがるのな。動きを良くするためにやってんのは分かるが、だが物質生成に頼りすぎだろ。見えねえところがグズグズになってやがるぞ」
「ま、あっしは専門じゃあねえですし、応急処置しかしてねえっすからね」
ジャダンが言い訳がましい声でそう言う。
基本的に精霊機は鉄機兵を調整する能力を持っていて、ジャダンの火精機も可能ではあるのだが、いずれにせよ本人の技量の問題もあるのだ。
その言葉を聞いて、ボルドが目を細めながら尋ねる。
「整備士は雇わなかったのかよ?」
「ご主人様が徹底してましてね。あっしも情報を仕入れに里に何度か降りましたが、ルーインがパロマとムハルドに分割統治されたとかそんな話しか聞かねえし、ご主人様も自分を鍛え直すのに余計な邪魔が入るのを嫌ったんですよ。ご主人様自身で整備もしてたようですがね」
「そうかい。ま、必要な部分は一応処理はしてあるか。だが、こりゃ全面的に手を入れる必要があるな」
ボルドはそう口にしてからジャダンを見る。
「はー。しかし、鍛え直すって言うけどよ、確かご主人様って6歳とか言ってたよな。となると、今は8歳か?」
「いや9歳らしいですわ。あんま見た目変わってねえんすけどね。よくは分かんねえけど竜人族に近くなったのが原因らしいとか言ってましたね」
「竜人族? お前さんらの同類か?」
その問いに、ジャダンは肩をすくめる。
「いんやぁ。ドラゴンの血を引く存在とか……そんなものらしいですが、よくは知りやせん」
「それ、誰からの話です?」
眉をひそめたコーザの問いに、ジャダンがしまったという顔をしながら顔を背ける。その反応にコーザとボルドが訝しげな顔をしている。砦の入り口から銀煙を噴き上げた鉄機兵用輸送車がやってくるのが見えた。だが、その様子を見てボルドが指を差して口を開く。
「あ、なんかアレおかしくねえか?」
ボルドがそう口にすると、コーザもそちらの方へと視線を向けた。
「うーん。鉄機兵用輸送車だけで動いてる……ようですね?」
そう言葉を交わすコーザとボルドが狐につままれた顔をしている前で、巨獣にも鉄機兵にも牽かれずに単体で動いている鉄機兵用輸送車が近付いて止まった。
そして、鉄機兵用輸送車の中からふたりの男たちが降りてきたのだ。その姿を見て、ボルドとコーザが目を丸くした。
「やあ、おひさしぶりぃ」
「お久しぶりですね。コーザ、ボルド」
鉄機兵用輸送車から降りてきたのは三人の知った人物たちだった。それは、かつてのベラドンナ傭兵団の仲間、パラとマギノであったのだ。
次回予告:『第141話 少女、再会する』
おやおや、ボルドお爺さんたちを販売して跳びに出たパラお兄さんと、どこかにいったらしいマギノお爺さんが姿を現しましたよ。
ベラちゃんのサプライズにボルドお爺さんたちはまんまと引っかかったようです。




