第139話 少女、誉める
『まったく、脆いねえ。脆い。脆いっと』
回転歯剣を振るいながら、ベラが迫る鉄機兵を切り裂いていく。相手の練度は低く、その編成には獣機兵も少なく、ベラにとって彼らは敵にはなりえなかった。もっともそのベラにしても警戒すべきものはある。鉄機兵ではなく、生身の兵だ。対鉄機兵用兵装は、喰らってしまえばベラであっても鉄機兵を操ることは難しくなる。
『右。建物だジャダン』
『ヒヒヒ、ぶっ放しますよ』
ジャダンの火精機の右手の大砲が火を噴き、爆炎球が建物へと着弾して、爆発が起き倒壊する。
中から兵が何人か飛び出たが、それにジャダンが嬉しそうに笑いながら砲身内の爆炎球の術式を解放して炎を吹き出させてあぶり殺していく。
それを見ながらベラは笑みを浮かべたが、それはジャダンに対してではなく、火精機と地精機を乗せたコーザの動きに対しての賞賛の笑みであった。
『コーザ。アンタも随分と鉄機獣の扱いに慣れたようだねえ』
『ははは、当然ですよベラ様。馬車馬のようにこき使われて、途中で何度も殺されかけましたので。そういう意味ではこの鉄機獣を預けられたことは助かりました。連中の利用価値のひとつにはなってましたからね』
そう返すコーザの声はかつてのただの商人のものではなかった。
この二年半は彼にとってはあまりにも多くが失われていた。コーザは占拠したパロマ王国にベンマーク商会のすべてを奪い尽くされていた。肉親は皆殺しにあい、知人の多くも殺され、あるいは奴隷やもっとひどい扱いを受けることにもなった。
その中で、ひとりベンマークの最後の生き残りとして利用され続けてきた月日はコーザにとって地獄そのものであった。
そのコーザの返しにベラは『重畳重畳』と笑う。言葉の重さに、以前にはない力が宿っていることにベラは満足した顔をしていた。
『ご主人様。逃げますぜ』
それからジャダンからの報告に、ベラは『わーってるさ』と言いながら回転歯剣を腰に戻すと、逃げ出す鉄機兵に向かって錨投擲機撃ち放って貫いた。
『命中っと。そんじゃあ、返しな』
そのままベラが回転歯剣の動力を回転させて鎖を戻すと、貫かれた鉄機兵から赤くなった爪が抜けて『アイアンディーナ』へと戻っていく。
『爪が灼熱化?』
そのことに気付いたボルドが目を見開かせる。
以前の『アイアンディーナ』であれば、錨投擲機を撃って突き刺した後は、抜くのに時間がかかるため鎖の方を外していたのだ。
だが、今の錨投擲機の爪は灼熱化していて鉄機兵の装甲を溶かして爪を引き抜いていた。それに驚いているボルドにベラが自慢げな顔をして口を開く。
『爪が黒鬼鋼製だからね。ブレスで熱したのさ』
冷えて黒くなった錨投擲機の爪を収納したベラがそう口にすると、ボルドが『なるほど』と言って唸る。
黒鬼鋼はバルの鉄機兵『ムサシ』のカタナにも使用されていた、鍛冶などにも使われる熱をため込む金属だ。その事実にボルドはひとつの可能性に思い当たる。ベラの持っているウォーハンマーも黒く、恐らくは黒鬼鋼でできていると気付いたのだ。
『つーと、そのウォーハンマーもそうやって使うのかい?』
『耄碌はしてないようだね。そうさ。こう使うんだよ!』
そう言ってベラは右手の竜頭盾にウォーハンマーの先を咥えさせてブレスを放つ。『竜の心臓』が活性化してない状態では出力は低いが、ウォーハンマーに熱を込めるだけならばそれでも十分だ。
『そうりゃぁああっ!』
そして、ベラがグリップをグッと握って、赤くなったウォーハンマーを振るう。その先は『アイアンディーナ』の手前の建物だ。そのままウォーハンマーが接触した建物は石壁が溶解し、木の柱は燃え、その後ろに接近しつつあった鉄機兵をも破壊した。それを見てボルドがため息をつく。
『バターみてぇに……まあ、よくもあんなもん考えつくもんだな』
ボルドの呟きにジャダンが『ヒヒヒ』と笑う。
『そいつは入れ知恵がありましてね。ボルドの旦那もこれからすぐに』
『ジャダン。おしゃべりな舌は引っこ抜くよ』
ベラの叱責にジャダンは『ヒッ』と声を上げて肩をすくめる。
『ヒヒヒ、すみません。あ、こっちにも敵が』
『バカやろう。そりゃただの民間人だろうが』
ボルドの言葉に、砲身から火炎放射を放とうとするジャダンの手が止まる。その水晶眼には逃げ出す親子が映し出されていた。
『おっと、逃げられた。惜しい』
『変わってねえなテメェ』
『あなたもですよ旦那。戦闘中です。こういうときは止めないでくださいよ』
それにボルドは眉こそひそめるが何も言葉を返さない。
現在は戦闘中。街の住人の命よりも己の身の安全を優先すべきときだ。この至近距離で動き回られた時点で、ジャダンの嗜好はどうあれ排除すること自体は当然の行為ではあった。だからこそボルドは舌打ちだけして、周囲を警戒する。すでにこの周辺の敵はいないようだ。それからコーザからベラへと通信が入る。
『ベラ様。砦から通信です。街の反対側から逃げ出す集団がいるのを見張りが発見したそうです』
『通信? こっちには来てないけどね』
『私の鉄機獣『ハチコー』は、広域通信型ほどではありませんけど、そちらの方面を強化していますので』
その言葉にベラが少しばかり嬉しそうな顔をする。元々のベラの狙いはボルドであり、コーザはオマケであったが、予想以上の成長をしているようだった。
『なるほどねぇ。動きが早い……か。しゃーないね。あんたらは砦に逃げな』
『ベラ様は?』
とっさのコーザの問いかけに、『アイアンディーナ』がクイッと空へと顔を向ける。
『あたしゃあ、飛べるからね。逃がしゃあしないさ』
そして『アイアンディーナ』の右肩の装甲が開き、中から赤い光が漏れるとその場に大きな翼が広がったのである。
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『味方、ほぼ全滅です』
『馬鹿な。どこで狂った!?』
広域通信型風精機からの報告に、パロマの騎士の一人であるレイアム・フォールドは頭をかきむしりながら鉄機兵の目で背後でいくつも煙を上げている街を眺めた。
レイアムは砦が落ちたことを知った時点で己の配下や、付き従うものたちを纏めて、かつて闘技場のあった区画へと身を隠し状況を待っていた。敵は烏合の衆。恐ろしいのは赤い竜機兵だけで、その乗り手も砦を離れたのを確認してから、指揮官を捕らえるための兵も送り込んだ。街に展開されたルーイン解放軍の戦力も把握し、手持ちの戦力だけでも制圧し返すことは可能なはずだった。それがこの様だ。
『あの赤いヤツだな。見たことがあるぞ。悪魔め。ドラゴンを殺して竜機兵になったとでもいうのか。化け物め、化け物め』
レイアムは知っていた。砦を襲った竜機兵、あるいは鉄機兵のことを気付いていた。かつてジリアード山脈でパロマ王国軍の鉄機兵乗りとして参戦していたレイアムは、その敵を見たことがあったのだ。それは、赤い魔女と呼ばれる悪夢のような鉄機兵乗りだ。
それが、すべてのケチの付け始めだったとレイアムは思っている。
何しろ、その後のレイアムの人生はまさにそびえ立つ糞の山を歩き続けているようなものだった。レイアムは国より竜機兵と獣機兵になる選択肢を与えられたが結局選べなかった。
(だが、人間を捨てることなどできるか。化物だぞ、アレは)
そうレイアムは心の中で叫ぶ。竜機兵乗りは竜機兵に心臓を捧げ、獣機兵は人間を捨て己を魔物へと変えてしまう。人間を喰らう上官を前にレイアムは生理的な嫌悪しか感じなかったし、そんなものを見ては人を捨てることはできなかった。
だが、今のルーイン領は新生パロマ王国として本国から独立しつつある。そんな中で、力を拒絶したレイアムが出世の道を閉ざされてしまうのは当然ではあった。
『王都だ。ともかく逃げて、立て直さなければ』
『レイアム様。上を』
『何ッ!?』
そして、上空から赤い死神が舞い降りる。
『なんだ。こいつ、ガァッ!?』
『燃えるぅぅうう!』
瞬く間に正面の護衛の一機がその場で潰されて、もう一機が炎にまみれて崩れ落ちていく。それにレイアムたちが呆気にとられて一歩を退くが、彼らの前で赤い機体は翼を畳み、肩の赤い宝石を装甲内部に収容して、そのまま一歩を踏み出した。
『竜機兵? いや、あれは鉄機兵なのか?』
レイアムがそう口にする。竜機兵でも獣機兵でもない機体。それはレイアムにも第三の選択があることを告げていたが、どちらにせよここから先にレイアムの辿るべき道はひとつしかなかった。
『ヒャッハー!』
そしてレイアムは、かつての戦場で聞いた笑い声を耳にしながら、あっさりとその命を捨てることとなった。
次回予告:『第140話 少女、再会する』
ベラちゃんが誉めてくれるなんてコーザおじさんも最高の気分なのではないでしょうか。ジャダンお兄さんは相変わらずですが、みんな相変わらずなので問題はありませんね。




