第137話 少女、尋ねる
「おや、お仲間との再会は終えましたか?」
「仲間との再会? ハッ、奴隷だよ。所有物を取り戻しただけさ」
砦の中の一室に入ってきたベラがそう言って、部屋の中にいた男に笑う。その男の名はジグモンド。かつてルーイン王国軍将軍ガルドの副官だった男だ。そして、現在はルーイン解放軍の、このコロサス解放部隊のリーダーでもあった。二年半前とは違い、丁寧な口調で言葉を返すジグモンドの前にあるソファーに無遠慮に座りながら、ベラがジグモンドへと視線を向ける。
「で、街の様子はどうなんだい? 随分と騒がしいみたいだけど」
「まあまあです。こちらの兵の質が悪いので……その、少々面倒ごとが多いようですがね」
少しばかり苦い顔をするジグモンドにベラが「ま、連中もそれが楽しみで参加してるわけだしねえ」と笑う。
現在、この街にいるルーイン解放軍の半数近くは山賊崩れの傭兵たちである。報酬が払えぬルーイン解放軍が出せるものは侵略した街の財だ。国を取り戻すなんて話は金のない身では戯言にしかならない。現在でも街の有力者たちへ手を出すことを禁じる代わりに、それ以外の略奪行為は許可していた。なお、コーザのベンマーク商会は禁じられた側のひとつということになる。
今日よりしばらくは街中で笑いと悲鳴と嗚咽が鳴り響くことになるだろうが、とはいえ勝者の側にいるベラにとってそれは己には関係のない、まさしく人ごとではあった。何しろ戦争の最中だ。男は殺され、女は犯される。嫌ならば勝てばいいし、妻や娘に手を付けられたくなければ隠すか殺すしかないのだ。それはベラたち傭兵にとってはただの常識でしかなかった。
そのベラの反応に、かつては国を守る側だったジグモンドはため息をついてから口を開く。
「まあ、内部にいる敵兵たちの抵抗が思いの外大きい……という問題もあります。こちらの練度は高くないのですから、あまり遊ばせずに早々に抑えておく必要もありましょうが」
「そういうのは任せるさ。降りかかる火の粉は払うけどね」
「つまり、払われる前に連中には釘を差しとかないとマズいということですか。無駄に数を減らされても困りますしね」
ジグモンドの言葉にベラが「ヒャッヒャ」と笑う。
実際にベラは己に突っかかってきた鉄機兵乗りをふたり始末している。原因が相手側にあるのは明らかであったが、その勢いで次々と駒を減らされてもジグモンドとしては当然困るのだ。
「しかし、死んだと思われていたあなたが唐突に戻ってきたのが一週間前。実によいタイミングで現れたものですよ」
その言葉にベラはニヤリと笑う。この二年半の中で旧ルーイン王国軍は地下に潜って活動し続け、戦力を整え、ようやく組織だって動けるようになった段階でベラはやってきたのだ。その都合の良い状況を訝しみつつもジグモンドは今回の作戦でベラを起用した。
もっとも、ジグモンドがコロサスに用意した戦力は彼らの中でも大した勢力ではない雇いの傭兵部隊がメインだ。またルーイン解放軍の本隊はといえば、ここより東にあるジリアード山脈の麓にあるモルソンの街へと侵攻しているところであった。
「しかも戦闘に参加してたった一日でコロサスを陥落。まさか囮としてコロサスの戦力を抑えるだけの予定であった部隊で街を占拠してしまうことになるとは。それもほぼ一機で片付けたようなものですしね」
「それぐらいならガルドならヤレたと思うけどね。まあ、あいつは今動けないそうだけど?」
その言葉にジグモンドが歯噛みする。その様子を無視してベラがジグモンドに尋ねる。
「で、ムハルドの話を聞いたよ。うちの奴隷がお后様やってるんだって?」
「元奴隷ですね。本人はそもそも、その過去を隠しているようですし」
「元じゃあないさ。あたしゃ、売った覚えはないからね。取り戻すつもりだけど……ただ、あんた。あたしをあの国にぶつけようと狙ってるね」
「まあ、希望的観測ですし、隠し立てする気も特にはありません。ラーサ族は戦士の実力を重んじると聞きます。であれば、少なくとも北の部族はただ族長の娘だからというエナよりも、あなたに付いてくのではないかと思いましてね。まあ、そのことを切り出すのも今回の件が片付いてから……とは考えていたのですが」
「そりゃあ大した皮算用だね。うん?」
話をしている途中でベラが窓の外を、それから扉の方へと視線を向けて眉間にしわを寄せた。
「なんだか騒がしいね」
ベラの言葉にジグモンドが首を傾げたが、すぐさま響いてきた喧噪の音を聞いてその顔にも緊張が走る。それから窓を開いて外を見た。
「確かに金属音が……走っている音が聞こえますね。抵抗勢力でしょうか?」
「ふーん。足音が複数。それなりにいるか。ここを侵入されるたぁ、兵の質が知れるね」
「無茶を言わないでください。本来であれば、こちらはこの街の戦力をここにつなぎ止めておくために用意された陽動部隊ですよ。マルス様の部隊などとは比べるべくもない」
「おっと、来たよ」
そう口にしたベラの背後の扉がバンッと開いて、六人の男たちが入ってくる。いずれも武装しており、その鎧にはパロマ王国の紋章が付けられていた。
「反乱軍どもめ。そこを動くな」
リーダーらしき騎士が一歩前に出て叫んだ。その全身には跳ねた血がこびりついていて、ここに至るまでにそれなりの戦闘があったことが物語られていた。それらを細目で見ながらベラがジグモンドに尋ねた。
「パロマの騎士たちかい。それなりに強そうだが、どうする?」
「頼めますか?」
ジグモンドがため息をつきながら言葉を返すと、ベラが笑いながら立ち上がった。
「九歳に頼むことじゃあないね。いい年した大人が」
「力のない中年なのでね」
「な、何を言っているんだ。お前らは?」
その言葉を放った男に視線を向けたベラの瞳は金色に光っていた。
「ふーむ。外はまだ戦闘中かい。ここまですんなりこれたことを考えれば、手引されたか、隠し通路でもあったのか……どっちの可能性もありそうだね」
どこか遠くを見ている目で言うベラに、リーダーの男は訝しげな目を向けながら口を開く。
「子供? だがラーサ族か。こんな子供を護衛に使っているとは、ルーインの元騎士が落ちたものだな」
「さて。私は元より剣は握らないタチでして」
「余裕ぶりおって。構わん。子供は殺せ。そっちのスカした男は生け捕りにしろ。まだ使い道がっ」
そう口にしている直後であった。唐突に壁が破壊されて、赤く灼けた爪が飛び込んできたのだ。
「なんだ?」
「ぎぃやぁあ。俺の身体が燃えて」
「クソッ、鉄機兵が控えていたのか」
崩れた壁の外には赤い機体がいた。その機体の右手に付いているドラゴンの頭部を模した盾から伸びた爪が兵の一人が切り裂かれ、飛ばされた壁の破片でふたりが跳ね飛ばされ、それ以外の男たちも動揺を顔に浮かべながら外の鉄機兵に構えていた。
「ヒャッハーー!」
同時にベラが置いていたウォーハンマーを握ってソファーから飛び出し、そのままリーダーの男の脳天を砕いた。それからベラは左にいた男の脇腹に対して勢いのままに振るったウォーハンマーのピックで貫きながら、すでに死んでいるリーダーの剣を奪う。それから後ろに控えていた男へと切りかかり、肩装甲の隙間を狙って右腕を斬り飛ばしたのだ。
「子供の腕力じゃない?」
「そのガキ、ラーサ族なんだぞ。気を付けろ」
「気を付けたところで無駄なんだけどね。ディーナ、燃やせ」
ベラがそう言いながら部屋の奥へと駆け出し、途中でジグモンドを掴むと後ろの窓ガラスを破って外へと飛び出た。直後に壁の外にいた『アイアンディーナ』の右肩部の装甲が開き、中にあった赤い宝玉が輝き始めると、右腕の竜頭が口を開いて建物の中に炎をまき散らしていったのだ。
「ぐえっ」
二階から落とされたジグモンドが潰されたカエルのような声を上げて地面に転がるが、ベラはそれを無視しながら着地して周囲を見回した。それから誰もいないのを確認しながら建物の外にいた鉄機兵『アイアンディーナ』へと声をかけた。
「こい。ディーナ」
その言葉に反応して『アイアンディーナ』がゆっくりと足を動かしてベラたちの元へと近付いてくる。
「鉄機兵が勝手に動いている?」
「別におかしなことじゃあないだろ? 鉄機兵は感応石で動くもんだ。離れていようが、動かすだけなら可能なのは鉄機兵乗りにゃあ常識だよ?」
「それは……そうですが」
鉄機兵の操作は両腕でグリップを、足でフットペダルを動かして操作していると思われがちだが、実のところ、それらはただの補助具でしかない。鉄機兵はシートの首が接触する部分に設置されている感応石と呼ばれるものと竜心石を介した乗り手の意志を感じ取り、動いているのである。つまりは距離を取っても鉄機兵を動かすことは可能ということなのだが、それにしても……とジグモンドは思う。
壁を隔てた外から、あそこまで自在に鉄機兵を動かすことが可能だとジグモンドは聞いたこともない。何より今、ベラは己の鉄機兵に声をかけて動かしていたのだ。
そうして疑問の視線を向けるジグモンドだったが、ベラはそれを無視して近付いた『アイアンディーナ』に乗り込むと、すぐさまパロマの兵たちの掃討を開始したのであった。
次回予告:『第138話 少女、追撃する』
ディーナちゃんもますますベラちゃんの言うことを聞くようになってきたようですね。ジグモンドおじさんも驚き顔です。




