第136話 少女、使えるか確認する
「まあ、あれから俺たちゃ、ローウェン帝国軍に捕らえられてな。パラは俺らを帝国に譲り渡したのさ」
「あたしのモノをねえ。まあ、纏めて廃棄させられるよりゃあ、マシなのかね?」
そう言って笑うベラに、コーザが苦笑いをして言葉を返す。
「状況を考えればやむを得ませんでした。殺されずにすんだのですから、温情を与えられたと言っても良いでしょうね。パラは、安くはありましたが金も渡されて、どこかに去っていったと聞いています」
「なーるほーどねー」
ヒャッヒャッと笑うベラに、コーザとボルドから冷や汗が流し、ジャダンがヒヒヒと舌を出していた。それらを見てからボルドが話を続ける。
「ただ、デュナンは駄目だった。あいつはアンタに心酔……というよりは、ありゃあ洗脳だよな。他の誰かの下に付くってことができなかった。最後は回転歯剣を向けられずに死ねて幸せだって言って、血ヘド吐きながらくたばったよ」
「……馬鹿なヤツだね」
ベラは一言だけ、そう口にした。その表情から何を考えているのかを計ることはできなかったが、何かを口に挟む勇気もボルドにはなかった。だから、それには触れずに話を進めていく。
「デュナンはそれで終いだ。他の連中はそれぞれあるが……デュナンの部下連中はアンタを恨んでる」
「デュナン傭兵団壊滅のきっかけを聞かされて、それにデュナンのあの最後でしたから」
コーザの言葉にジャダンがヒヒヒと笑いながら「そりゃあ、恨みますわな」と笑った。それにはベラは、デュナンの時とは違う、あざける笑いを見せてからボルドを見た。
「で、他の連中は?」
「俺はその……まあ、以前と同じだな。何度か主を回されて、ここに流れ着いたんだが……」
そう言いながらボルドがコーザを見る。何しろ、奴隷として流れてきたボルドは情報というものに疎い。今でもローウェン帝国が優勢に動いているというぐらいにしか、外の世界のことは知らなかった。だから、コーザを見て話を振ったのだが、返ってきた言葉はボルドにとっても寝耳に水のものであった。
「ま、ボルドは基本的に餌です。いるっていう情報を流しておけば、ベラ様が引っかかるかもしれないと考えての」
コーザの言葉にボルドが目を見開く。
「そりゃあ、アンタも同じだろう?」
「そうですけどね」
続くベラの言葉をコーザは肯定した。そして、悪びれる様子もなくベラに言葉を返す。
「とはいえ、来てしまいましたし。ベラ様も分かってはいたんじゃないですか? あなたにかけられた賞金があれば、一生笑って暮らせますよ」
「ビビる必要もないからね。で、だ。他はどうなったんだい? バルは知ってるんだけどね。ババアの張形になってるそうじゃあないか。アイツらしい役回りだけどね」
その言葉にジャダンが笑うが、コーザは少し困った顔をして肩をすくめた。
「性交渉まで行っているかは知りませんが、バルは現在はベラドンナ将軍の腹心になっているようですね。随分と気にいられたようです」
「まあ、多少強くなってるといいんだけどね」
ベラがヒャッヒャと笑い、それから顎を動かしてコーザに話の続きを促す。
「はい。ベラ様の従者であったパラ・ノーマは、先ほど言った通りに奴隷を売った後の消息は不明です。私はベンマーク商会を動かすため、ここに戻されました。マギノさんは分かりませんが……エナ、エナ・マスカーは現在奴隷ではなく、ムハルド王国の王妃となっています」
その言葉にベラが目を細める。その話はさすがに予想外のようだった。
「どうして、そんな状況になってるんだい?」
「ムハルド王国は西方のヴォルディアナ地方の南半分を治めている国です。そして、エナは奴隷に身を落とされたとはいえ、北地方では権威のあったマスカー一族の族長の娘。北南のラーサ族の統一のために、ローウェン帝国は彼女を使ったんですよ」
「ああ、そういうことかい」
そう言って眉をひそめて考え始めたベラに、その場の全員が訝しげな顔をする。だがベラは、周囲の疑問に対して特に何か答えることもなく立ち上がると、後ろにいたジャダンに声をかけた。
「ジャダン。ボルドの引き取りの手続きはアンタに任せる。あたしはちょっと、出てくるからしっかりやるんだよ」
「了解しやした。で、どちらにいかれるので?」
「ルーインの連中に確認をとる必要がある。と、確認か。そうだ、ボルド」
「なんでぇ? ぐっ!?」
唐突に近付いたベラが、ボルドの下腹部へと手を伸ばして掴んだ。それに目を丸くしたボルドがベラを見る。
「お前、何を?」
「なーに。確認さ。こんな身体になって、ちぃと成長が遅くなってるみたいでね。まだ、楽しめる身体にはなってないんだけれども」
そう口にしたベラの、以前とは違う金色の目の瞳孔が縦に伸びているのがボルドには見えた。それは猫系の獣人に近いものだった。
「いずれ、あたしがくわえ込むんだ。まさか使えなくなっている……なんてことはないだろうね?」
その言葉と少女の吐息に対して、ボルドの股間がわずかに動くのをベラは感じた。
「へぇ。まさか、幼児趣味があるのかい?」
「んなわけねーだろ。待て、今の間違いだ」
思わず顔を赤くしてボルドが叫ぶが、対してベラはヒャッヒャッと笑いながら部屋を出ていった。それからベラがいなくなったのを見計らって、ジャダンが目を細めながらボルドに尋ねる。
「そういえば……以前に若いお嬢さんを前に勃たなかったとか聞いていたんですが、ボルドの旦那ってそっちだったんすね」
「チゲーよ。ガキに興味はねえ。ちょっと、不意を突かれただけだ」
声を荒げるボルドに、ジャダンがヒヒヒと笑う。それに、嫌な顔をしながらボルドがジャダンに尋ねる。
「たくよぉ。で、あのご主人様はいったい今まで何をしてやがったんだ? 別れてからアレが活躍したって話も聞かねえし。それに目の色もそうだが、体つきだって……年考えれば、もちっと成長してるはずだろ?」
「まあ、あの身体についてはまだあっしらもよくは分からないんすけどね。この二年半何をしてたかって言えば、ご主人様はずっと身体を鍛えてやしたよ」
「は?」
ボルドが呆気にとられた顔でジャダンを見る。横にいたコーザも同じ表情だった。そのふたりの顔を見ながらジャダンがヒヒヒと笑って頷く。
「マジっすよ。ていうか、いっくら身体能力の高いラーサ族っつっても二年半前の道中は六歳のご主人様には相当にキツい状況だったんすよ。まあ、当たり前っすよね」
「そりゃあ……そうだろうがよ」
ボルドが少しだけ、口ごもりながら頷く。とてもそうは思えないという顔と、そりゃあそうだなという顔が入り交じった奇妙な表情をしていた。
「あっしは上から見てやしたが……ムハルドの軍勢に続いてのデイドンとの戦いはご主人様をひどく負荷をかけてたんすわ。それこそ、数ヶ月は寝込んじまうくらいに。まあ、ありゃあ……疲労だけの問題でもなかったんでしょうが」
「その間もジャダンはベラ様と共にいたわけですね」
コーザの問いにジャダンが頷く。
「あっしは奴隷っすからね。ご主人様から逃げたら死にますし。ひとまず、戦闘後にエクスプレマスでアイアンディーナを抱えて逃げたんでさ。途中の山小屋で変な女と出くわして、こうなっちまいましたが」
そう言って、先ほども見せた義手をふたりの前に出した。
「そりゃあ、イシュタリアの遺産か。変な女ってのはよく分からねえが」
「あっしもよく知りませんが、いきなり襲いかかってきましてね。ぶっ殺してやったんですが、あっしもこうして右腕をやられまして。女の持ってたこれを付けたっつーわけでさ」
「随分とザックリした説明ですね。けれども、それなんかおかしくないですか?」
コーザが眉をひそめてジャダンの右の義手を見る。それから「ああ」と声を上げた。
「左腕の義手ですか、それは」
そう言われてボルドも違和感に気付いた。ジャダンの装着している義手は左腕のものであったのだ。それが右腕に装着されていて、両腕とも左手に見えていたのだ。
「そうですわ。まあ、もう慣れやしたがね。中にギミックが仕込んであって面白いですし、それにあっしの火精機にも変化がありやしたから、良い拾いもんでしたよ」
そう言ってから、ジャダンは話を続けていく。
「で、まあご主人様も相当に弱ってたんで、何ヶ月か看病しやしてね。ご主人様が起きあがれる頃にエルシャに行ったらもうローウェンに占領されてやした」
その言葉にコーザとボルドがなるほど……という顔をした。かつてベラドンナ傭兵団が消滅した日より先のエルシャ王国の領土は現在と同じ、かつての半分となっていたはずである。ベラたちが登っていたザッカバラン山脈の麓は、今ではローウェン帝国の領土であるのだ。
「アンタらの場所も分からねえし、当時はルーイン王国軍と連絡も取れない状態でしたしね。それにご主人様も思うことがあったんでしょうよ。それからは山に籠もって、巨獣狩りで生計立てながら情勢をうかがってやした。そして、来たんですよ。ご主人様が戦場に戻る日が……ね」
次回予告:『第137話 少女、尋ねる』
さすがベラちゃん。確認成功! 確認大成功ですよ!!




