第134話 少女、部屋で待つ
『こりゃあ、ひどいな』
鉄機兵に乗った騎士キートンがそう口にする。
占拠したコロサスの砦の中の惨状は目を覆いたくなるばかりだが、キートンも命令を受けてこの場にいるのだから離れるわけにもいかない。
破壊された獣機兵と鉄機兵、それに焼け焦げた死体が彼の前にいくつも積み上がっている。
それをたった一機の鉄機兵が行ったという事実にキートンは寒気すら覚えるが、とはいえ今彼が護っている赤い鉄機兵こそが、それを為した存在であった。
そして、それを護っているキートンたちはルーイン解放軍と呼ばれていた。かつてはルーイン王国軍に属していた彼らは今日、かつての領地のひとつを取り戻すことに成功した。
(しかし、取り戻した……という実感はないな。おこぼれに預かった……という気にしかならない)
キートンたちルーイン解放軍は今日、コロサスを確かに取り戻した。しかしその勝利は、彼ら自身の力によるものとは到底言い難かった。
何故ならば、コロサスの砦内部にいた主力の獣機兵や鉄機兵、諸々の兵たちを倒したのは彼らではないのだ。
ルーイン開放軍は、ただ砦の外で敵と戦い、その場を膠着させていただけだった。その間にキートンが護衛している赤い鉄機兵が砦の中に侵入し、虐殺の限りを尽くした。
キートンたちが砦に入ったときにはもう、すべてが終わっていたのだ。
『隊長。俺は初めて見たんですが、こいつが噂に聞いた赤い魔女の機体ですか?』
そして、共に赤い鉄機兵を護衛している騎士型鉄機兵からキートンに質問が飛ぶ。その問いにキートンも『ああ、そうだ』と返した。
赤い魔女の名は、ルーイン解放軍の中でも有名であった。二年半ほど前に突如として現れ、今や彼らを率いているエーデル女王を救い、姿を消した伝説の傭兵団の団長。その愛機が今、彼らの前にあった。
『以前に見たときよりも機体も成長しているし、形も変わっているようだが間違いない』
キートンが鉄機兵の水晶眼を通して、その場で鉄機兵用輸送車に乗せられている赤い鉄機兵を見る。そのシルエットは鉄機兵というよりは竜機兵に近いものがあった。
背には折り畳まれているが翼が生えていて、臀部からは尾も伸びている。右腕が竜機兵特有の生物的な丸みを帯びた形をしていて、腕の先にはドラゴンの頭部のようなパーツも付いていた。
『これ、竜機兵じゃないんですか?』
『違うな。見りゃ分かるだろう? 右腕や尻尾、それに翼は竜機兵のものだが、他は鉄機兵のままだ。ハイブリッドなんだよ、こいつは』
『なんで、そんなことに……竜機兵のパーツって鉄機兵への移植はできないって聞いてるんですが』
鉄機兵と竜機兵の接続部の規格自体は同一だ。だが、竜機兵が鉄機兵のパーツを動かすことはできても、鉄機兵が竜機兵のパーツを動かすことはできない。それは竜機兵が鉄機兵の上位互換であるためとも言われていて、それをキートンたちも知識の上では知っていた。
『俺は、以前にこれがドラゴンと対峙していたのを見たことがある。あのときはまだ普通の鉄機兵だったから、もしかするとドラゴンを殺すとこうなるのかもしれないな』
『へぇ。まあ、ドラゴン殺しってんなら、そういうこともあるかもしれないですね。帝国でもほとんどいないらしいですし、ドラゴン』
部下からの言葉にキートンも頷いた。この二年余りで彼らにとってドラゴンの存在はおとぎ話の中の存在から、恐るべき敵へと変貌を遂げていた。主戦場においてローウェン帝国のドラゴンが猛威を振るっていることは、この地であっても耳に届いていたのだ。
今や鉄機兵は旧型の存在となり、竜機兵や獣機兵が蹂躙し、ドラゴンが闊歩する時代となっている。戦争の常識は変わり、世界は変革のときを迎えていたのだ。
そして、ルーイン解放軍がこうして砦や街を占拠している中、街ではとある出会いがあった。
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「お久しぶりですね、ボルド」
そう言って奴隷小屋を出たボルドを待っていたのは、かつてベラドンナ傭兵団の仲間であるコーザであった。そのコーザを前にボルドが驚きの顔を見せた。
「コーザの旦那じゃねえか。なんで、アンタがここに?」
何しろここ二年以上は会ってなかった顔だ。それが突然やってきて、ボルドの前に現れたのだ。対してコーザは、そのボルドの驚きように少しばかり笑い、口を開いた。
「旧知の間柄であるあなたに会いに来た……のなら良かったのですがね。私はただの案内人です。さあ、こちらにどうぞ」
そう言ってコーザがきびすを返し、ボルドを促しながら通路を進んでいく。それについて行きながらボルドが話しかける。
「しっかし、アンタもこの街にいるたぁ聞いていたが……元気だったのかい?」
「どうでしょう。あまり元気だったとは……」
「あなた、どういうことですか?」
そう口にしたコーザの言葉を遮って、女性の声が廊下に響き渡った。
「アンディーヌ。まさか、ここまでこれるとは……」
コーザが眉をひそめ、ボルドがその通路の先にいる女性を見た。兵たちに取り押さえられながらも、激昂して叫んでいる婦人と、その後ろには婦人によく似た若い女性も捕らえられていた。
「これはどういうことです。私はあの男に話があるのです。わたくしにも、娘にもさわるでない。下郎が」
叫ぶ女性を押さえている兵が困った顔でコーザを見るが、コーザは首を横に振る。
「なんという。コーザ、あなたは今の今まで私の力で今まで生きてこられたことを忘れたのですか。この恩知らず」
「連れて行ってください」
それからわめく女たちを連れて、兵たちが去っていくのを見ながらボルドがコーザに尋ねた。
「あれは?」
「ああ、私の妻とその娘ですよ。一度たりとも閨を共にしたことはありませんでしたが」
「はぁ。そりゃあ、冷えた夫婦だことで。で、いいんですかい?」
先ほどの兵たちの目は平静に努めているようで、戦勝に酔ったものだった。連れて行かれた敵側の女がどうなるかなどボルドにだって分かる話だ。だが、コーザは肩をすくめるだけだ。
「ベンマーク商会を乗っ取るために、無理矢理組まされた相手です。連れ子の娘共々淫蕩でね。この二年を思えば清々しくはあっても惜しいとも思いませんよ」
暗い笑みを浮かべるコーザにボルドが少しばかり口元をひきつらせたが、それ以上は何も言わなかった。それから通路の窓の外を見て、眉をひそめる。街中で男女問わず悲鳴が轟き、場所によっては黒い煙が上がっていて、掠奪行為が行われているのが一目瞭然だった。
「パロマが負けたんだな」
ボルドが呟く。勝者による敗者への略奪は戦の常だが、治安を維持する側が勝ったのであれば、こういう状態にはならない。であれば、ルーイン解放軍が勝ったのだろうとボルドは判断した。
「そうです。この街は、ルーインからパロマに寝返った方々に支配されてましたし、ルーイン王国軍の残党たる彼らにしてみれば裏切り者の住まう街ですからね。とはいえ街のお偉方の身の安全は保障されていますし、生け贄も選別されてのことです。息抜きのようなものですよ」
「外は相も変わらず、殺伐としてんな」
ボルドの言葉にコーザは苦笑いをする。
「ま、私もあの方が身を保証してくれていなければ、殺されていたでしょうが」
「あの方?」
ボルドが首を傾げるのをあえて無視しながら、コーザが部屋のひとつに辿り着くと立ち止まった。それからコーザが扉をノックすると、中から「入ってきな」という声が聞こえた。
「あ? おい、今の声」
部屋の中から響いた声を聞いて、ボルドの顔付きが変わる。その反応にコーザがしてやったりと薄く笑いながら扉を開くと、その先にはボルドの予想通りの人物がいた。
「ベラ・ヘイロー様。連れてきました」
「な、なんでアンタが……」
部屋の中心にあるソファーには、ひとりの少女が腰をかけていて、その背後には笑みを浮かべるドラゴニュートの姿があった。そして少女は鋭い眼光をボルドに向けながら口を開いた。
「久しぶりだねえボルド。少し老けたかい?」
次回予告:『第135話 少女、使えるか確認する』
ボルドお爺ちゃんがついにベラちゃんと再会しました。少々老けたお爺ちゃんですが、ちゃんとモノはまだ使えるのでしょうか?
今回はできませんでしたが次回、ちゃんと確認をします。




