第133話 少女、砦を落とす
そして、戦乱は始まった。
その切っ掛けがいつであったのか。
それは傭兵国家モーリアンの同盟国であったエルシャ王国が攻め込まれ、国土の半分を失ったときだっただろうか。
或いは、ルーイン王国が周辺国に滅ぼされたときか、或いは……そもそも戦乱はただ息を潜んでいただけで終わってはいなかったのではないだろうか、と人々の間では囁かれていた。
ただひとつ分かっているのは、かつての大戦後にドーバー同盟はすぐさま同盟を解散させて各国に戻っていたのに対し、ローウェン帝国はただひたすらに牙を磨き続けていたということであった。
彼らは失った戦力を補うべく、禁忌とされていたイシュタリアの賢人と技術を迎え入れていた。また減った戦力を取り戻そうとするのと同時に、質を上げるべく竜機兵や獣機兵などといった新たなる兵器をも生み出し、その技術を己たちにだけではなく、各国の不穏分子へとバラ撒き続けてもいた。
そうして瞬く間に毒は回っていく。
ローウェンの策略により、いくつかの国家は情勢不安定となり、機能不全に陥って国そのものが消えた地もあった。同時にローウェン帝国は侵略を再開し、己が国土を広げていく。
対してかつてドーバー同盟の参加国は戦後の体制も整いきらず、さらには数年に渡った飢饉により疲弊し、反乱分子との戦いにも注力せざるを得ず、再び同盟を結ぶことができないでいた。
時は蒼竜暦618年。鷲獅子大戦終結より十年を過ぎた年。
もはや人々の心の中から平穏の二文字は消え去っていた。それは、かつて戦奴都市と呼ばれていた、今はローウェン王国軍の獣機兵長が治める要塞都市コロサスにおいても同じこと。
そこでもいつも通りに戦乱の炎が燃え広がっていた。
─ ロリババアロボ 第二部 九歳児の楽しい戦乱の歩き方 ─
「さて、今日の様子はどうだ。アルキス?」
そう言って、まるで山猫のような顔をした男が砦のバルコニーに姿を表した。対してアルキスと呼ばれた熊を立たせているかのような大男が、声の主に反応して後ろを向いた。
「ははは、デアルド様。いつも通りでございます。連中、見窄らしい鉄機兵どもで攻めてきておりますよ。昨今では傭兵たちとも対して変わらぬ有様。あれがかつてのこの国を守護していたのかと思うと哀れすぎて泣けてきますな」
「所詮は旧世代の連中だ。獣機兵に比べまるで亀のような鈍さ、巨獣に通じる力もなく、装甲も脆い。未だに己らが時代に取り残されたと気付いてはおらんのだろうな」
そう言ってデアルドが砦の壁の先を見れば、それはいつも通りの光景だった。
彼がローウェン帝国よりもたらされた力は、魔獣とキメラ融合し鉄機兵を変異させて生み出す獣機兵というものだ。代償に己が魔獣と融合し獣人に近い姿となるが、それすらもデアルドにとっては恩恵だった。獣の力を得たデアルドはかつて人であったときよりも、強く、逞しくなっていたのだ。
細かった腕は筋肉隆々となり、覇気のなかった顔は今や誰もが恐れる強面となった。結果、デアルドが手に入れたのがコロサスという街だ。
「さて、我が街に今度はどの程度近付いてこれるかな」
そう言ってデアルドがニタリと笑う。
その彼が立っている砦は、かつての町の中心にあった闘技場を切り出して造られたものだ。そもそもがこの砦はかつてルーイン王国軍が戦時下に作り出したものだった。
元々戦奴都市コロサスの闘技場は、戦時下において街を要塞とするための材料として置かれたものだったのだ。だが、それは今やパロマ王国の騎士団長デアルド・バーンの所有物となっている。
そして、今街に攻めてきているのは、かつてのルーイン王国軍の騎士たちと、それに雇われた盗賊たち。
この進攻は今回が初めてというわけではなく、何度となく繰り返された戦いにデアルドたちが敗北したことはない。獣機兵という力を得たデアルドたちが負ける道理などない。そう、デアルドは確信していた。彼は信じていた。金と女と暴力に溺れる日常が、また明日も続いていくのだと。
だが、それは直後にどこからか投げられた『ウォーハンマー』によって粉砕される。
「ウォォァアアアアアアアアアッ」
すさまじい破砕音が響き渡り、デアルドの口から悲鳴が上がった。本当に唐突だったのだ。彼の真横をいきなり何かが掠めたかと思えば、それは横にいたアルキス諸共バルコニーを破壊した。飛び散る破片に体中を傷だらけにしながら、デアルドが急に降ってきたソレを見た。
アルキスだったものらしき肉片と、砦に突き刺さったウォーハンマー、さらにはそれが投げられたであろう壁の外へと視線を向けながらデアルドが呟く。
「な、何が……起こった?」
あまりにもギリギリだった。後一歩ズレていれば、死んでいたのは己だったとデアルドは理解していた。それからバルコニーのある部屋に兵のひとりが急いでやってきた。
「デアルド様。大変です。おお、これは?」
「慌てるな。何が起きている?」
部屋に入ってきた兵が驚くのを制止ながら、デアルドが尋ねた。
「ハッ、はい。敵の陣営に竜機兵が確認されました。それが我が軍に甚大なる被害を与えておるようでして」
「クソッ、強心石がまた流出したか。で、あれか」
デアルドの瞳に、この砦に向かって飛んできている竜機兵の姿が見えた。その姿を見て、平静を取り戻したデアルドが顔を引きつらせながら笑う。
「はは、トンだおのぼりさんだな。竜翼付きとは珍しいが、単機で挑みかかれば、ただの的にしかならんと知らぬようだ。あのまま壁を越えてきたのなら、着地を狙って全員で仕掛けろ」
デアルドの指示に兵が「ハッ」と言って部屋を出ていく。そして、その指示はそのまま部屋の外に控えている広域通信型風精機乗りのエルフを通して、隊に届けられていくはずであった。
「しかし、このウォーハンマーもアレが投げつけたというのか。どんな怪力だか知らんが、しかし乗り手がああではな」
デアルドの目には今も近付いてくる竜機兵の姿が見えた。竜機兵の中には空を飛ぶタイプもいるのだが、しかし戦場において単機で空中から奇襲を仕掛けるなど無謀以外の何者でもない。攻撃を仕掛けるには地上に降りなければならないし、戦いになれば数がものをいう。部隊から離れた一匹狼など恐るるに足らぬのだ。
「数に質も獣機兵の方が上なのだ。愚かなヤツだ」
そう言ってデアルドが近付く竜機兵を一別すると、そのままバルコニーを抜け、部屋を出て己の獣機兵のあるガレージへと向かい始める。その通路を進む途中、外で爆発音が響き渡った。
「なんだ? 爆炎球? 爆破型もいるのか?」
「あ、デアルド様」
そしてガレージに入ると兵たちが慌ただしく動いていた。
「俺の獣機兵『ガジム』を出す。外はどうなっている?」
「ハッ、竜機兵が降下する前に、遠方より砲撃がありまして、爆発により竜機兵が着地した瞬間を狙えなかったようです。しかし、今は獣機兵隊が取り囲んでおりますので」
「その割には戦闘音が止まないな。退け、俺は行くぞ」
そしてデアルドが己の機体に乗り込み、操者の座に座ってグリップを握る。
すると、すぐさま獣機兵は起動し、水晶眼を通して外の光景が見え始めた。同時に音声も拾って耳に届くが、未だに金属同士がぶつかり合う音が止まる様子がない。それはつまり、降りた竜機兵が今も戦い続けているということに他ならなかった。
『クソッ、何を手間取っている。たかだか一機の竜機兵だろうに』
そう言って、獣機兵『ガジム』がガレージから出て砦の中庭へと入ると、その中心にソレはいた。
『バカな。なんなのだ、これは!?』
『クソッ、殺せ。その赤いヤツを』
兵たちの叫び声が上がっている。だがソレはそんな声に耳を貸す素振りもなく。獣のようなうなり声を出す剣を振るって獣機兵の一機を斬り裂き、炎を帯びた爪を振るって鉄機兵の胸部ハッチを貫いた。
また、臀部より伸びた尾が近付く機体を弾いたかと思えば、地面に落ちていた剣に巻き付き、迫る鉄機兵の右腕を切り落とすこともしてのけた。それはあまりにも圧倒的であった。一機、二機と次々と己の部下が殺されていく様を見て、デアルドの頬から冷たい汗が垂れ落ちる。
『……これは、なんだガジム? 怯えているとでもいうのか、お前が?』
デアルドが己の機体に問いかける。
『ガジム』と呼ばれる獣機兵はオズアルキャットと呼ばれる魔獣を吸収した機体だ。圧倒的な機動力を誇り、その戦闘力は並みの鉄機兵を凌駕する。その『ガジム』が妙な反応を示していたのだ。それは彼が言うとおり、怯えているという表現が的確なものだと思われた。
『まさか……な』
だがデアルドはそれを、首を横に振るって否定する。己の獣機兵こそ最強なのだという矜持が現実を拒絶した。それに受け入れようが、受け入れまいが、もう手遅れでもあった。
『ドラグー……いや、その顔に胴体は、まさか鉄機兵だとでもいうのか?』
なぜならば、彼の前にいる赤い機体は、ガレージから出た獣機兵『ガジム』をすでに捉えていたのだ。
『なんだい。アンタが最後かい子猫ちゃん?』
そう声を発した赤い機体は右肩部が可変し、その内側から赤い宝玉が露出する。それから膨大な魔力が溢れ出すと、右腕がまるで一体のドラゴンのように変化していったのが、デアルドには見えていた。
『なんだ、貴様? なんなんだ、その機体は?』
デアルドがそう叫びながらフットペダルを踏んで、『ガジム』を駆け出させる。明らかに危険だと判断し、先手を取ろうと考えたデアルドのその判断は間違ってはいない。しかし、赤い機体はすでに準備を終えていた。
『おや、知らないのかい? この機体はディーナって言うんだよ、あたしの相棒さ!!』
そして、次の瞬間にデアルドの獣機兵は右腕の竜の口から噴き出した炎に包まれ、赤く染まっていった。
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「あ……ん?」
声がその暗い石の部屋の中に響いた。
そこは売られる前の奴隷たちが住まう空間だった。その中にいる空虚な目をした奴隷たちの中に、老人の域に届いているドワーフがいた。そのドワーフがわずかばかり開けている牢獄の窓の外から、明るい声が聞こえたことに首を傾げていた。
「へ、久方ぶりに湧いてやがるな。戦争にでも勝ったのかね……どっちがだかは知らないが」
ドワーフが自嘲気味に笑う。
もはや誰の勝敗も彼にとってはどうでも良いことだった。
懐かしいこの場所で、最後の余生を過ごすのも悪くはないとそのドワーフは考えていたところであったのだ。
そして、そんなドワーフの老人に外から声をかける者がいた。
「ボルド、出ろ。テメエをご指名の客が来たぞ」
それはこの奴隷小屋の番人の声だった。いつもとは違い、わずかばかりうわずった声をしている番人に対し、訝しんだ顔をしつつもボルドと呼ばれたドワーフは「へいへい」と言って立ち上がった。
番人の機嫌などどうでも良いボルドにとって、気になるのは別のことだった。
「しっかし、俺を指名とはな。どんなモノ好きなヤツなんだか……」
ボルド・ガイアン。
それはかつてローウェン帝国の整備士であり、戦後に戦奴隷としてベラドンナ傭兵団に売られていたドワーフの老人だった。そして彼は今、再び奴隷としてコロサスで売られるときを待っていたのであった。
次回予告:『第134話 少女、使えるか確認する』
ボルドお爺ちゃんは、どうやら元いた場所にいたようです。
きっとボルドお爺ちゃんにとって、そこは懐かしい故郷のような場所なのでしょうね。
さて、ボルドお爺ちゃんがこれから出会うのはいったい誰なのでしょう。笑顔の似合う、可愛い女の子だと良いですが。




