第131話 幼女、斬りつける
『竜機兵から完全にドラゴンになったかい。しかも双頭とは……まったく何でもありだね』
ベラが呆れ混じりの声を出す。『アイアンディーナ』の前にいるのは、腐り竜よりも一回り大きい体躯をした、ふたつの頭部を持つドラゴンであった。
『で、あんた、まだ話せるかい?』
『グルルゥウウ』
唸るドラゴンの瞳を見たベラは、その内側に知性の光が宿っていないと感じた。目の前にいる怪物は、今や獣の意志に支配されているようだった。
(おやまあ、駄目っぽいね。こりゃあ)
デイドン・ロブナールと呼ばれていた男の意識がその中にあるようにもう見えない。
『ま、生きてるだけマシってわけかい? どうせ、すぐ死んじまうんだけどね』
わずかばかりの憐憫の眼差しもすぐさま消え、ベラはフットペダルを踏んで横へと飛んだ。次の瞬間には巨大な尾が『アイアンディーナ』の元いた場所へと振り下ろされる。
『まるで大木だね。まったく』
そしてドラゴンの尾が地面に激突し、周囲に土塊が飛んで『アイアンディーナ』の装甲に拳大ほどの石などがいくつもぶつかり、機体が揺れる。だが、相手の攻撃はそれだけではない。ドラゴンが身体を回転させながら、両首から炎のブレスを横薙ぎに吐いてきたのだ。
それにベラは舌打ちして『アイアンディーナ』を跳び下がらせながら、落ちているハルバードを蹴り上げて掴むと、ドラゴンへと投げつけた。
『グガァアアッ!』
『おっと。こいつぁ、想像以上に硬いね』
ハルバードが鱗に弾かれて地面に転げていくのを見ながら、ベラが眉をひそめる。
(腐り竜の時以上に鱗が硬いか。それにあの時はよちよち歩きの赤ちゃんみたいな動きだったが……こいつは慣れている。かなり厄介だねえ)
それは竜機兵へと変化して数ヶ月が過ぎているためか、明らかにデイドンの竜機兵『エダーグレイ』が変じたドラゴンは、己の身体の使い方を知っている動きをしていた。言ってみれば、それは巨獣のソレに近かった。
対してベラもドラゴンを恐れずにフットペダルを踏んで『アイアンディーナ』を加速させ、距離を一気に詰める。
すでに爆砕杭打機は破壊され、錨投擲機の鎖も外されて地面に落ちている。先ほど腕に融合させた竜頭のブレスも射程距離が短く、今できる遠距離攻撃の手段は投擲ぐらいしかないが、それも鱗に阻まれてロクにダメージを与えることはできないのは今見た通りだった。
(双頭のせいでブレスの範囲が広すぎる。懐に入るしか……ない!)
離れた位置からの攻撃手段がない以上、ベラは近距離でドラゴンを打ち倒すしかないのだ。無謀に見えたとしても、今の『アイアンディーナ』にとってはそれこそが最善だった。
『この竜殺しの剣なら、斬れなくはないだろう? ええ?』
接触できるほどに接近した『アイアンディーナ』が右腕の竜腕の出力を上げて回転歯剣を振るう。その一撃に鱗が斬り裂かれ、ドラゴンの肉もそぎ落とされる。
『やれなくはないが……』
ベラが眉をひそめた。斬り裂ききれない。
(腐り竜の時よりも硬いか。それにっ)
叫び声を上げながら、ドラゴンが右腕を振り下ろし、『アイアンディーナ』がその一撃をかい潜る。続けてドラゴンの左腕が横に払われると、それを『アイアンディーナ』が回転歯剣で受け止め、回転する回転歯剣の刃とドラゴンの爪を削りあって火花が散った。
(やはりブレスか)
ベラがドラゴンの爪を防御している状況の前で、ドラゴンのふたつの首それぞれが喉袋を膨らませていく。
『させるかいっ!』
ベラがグリップを突き出し、右側の首の喉袋に『アイアンディーナ』の左腕の仕込み杭打機を突き刺さした。その次の瞬間に喉袋からは高熱のガスが巻き散らかされた。
『チッ』
ベラがそれを見て舌打ちしながらフットペダルを踏み、後ろへと跳び下がる。同時に左の頭部からのブレスが『アイアンディーナ』へと放たれた。
『焼けちまうだろうがッ!』
そう叫んでベラが『アイアンディーナ』の背にある竜翼を羽ばたかせて、ブレスを吹き飛ばし、同時に後ろへと下がった。さらにブレスが晴れるのと同時に『アイアンディーナ』は突撃して、無防備な胸部へと回転歯剣を突き刺した……ように見えたのだが、その回転する刃が火花を散らしながら押し留められてた。
『刺さらない?』
まったく斬れていないわけではない。だが、そのドラゴンの胸部はまるで一枚の巨大な鱗があって、回転歯剣でも貫くことができなかった。そして動きの止まった『アイアンディーナ』にドラゴンの腕が振るわれ、ベラがそれを察知して避けたが、
『やるじゃないかデイドン』
続けて振るわれた巨大な尾を避けることまではできなかった。
弾かれた『アイアンディーナ』が宙を舞い、そのまま落下して地面を転げていく。
『まったく、こんだけやれるようになったかい』
機体の中でベラは歯を食いしばりって衝撃に堪え、その瞳を閉じずに標的を睨みつけながらグリップとフットペダルを操作した。
『成長したぁじゃないか!』
次の瞬間には左腕から仕込み杭打機を出して地面に突き刺し、土煙を上げながら強引に動きを止めて立ち上がった。
(おっと、いいもん見つけたねッ)
そして、その場に落ちていた錨投擲機の鎖を手に取り、ドラゴンへと顔を向ける。
『グガァアアアアアアッ!』
そこに双頭のドラゴンが迫ってくる。それを今の衝撃で口から血を垂らしながらのベラが笑う。目の前に迫る死を前にどこまでも研ぎ澄まされていくような、ここまで得られなかった『生まれて初めて』の感覚をベラは感じ取っていた。
(このままじゃあ貫けない? だったらどうしようかね?)
ベラが小さく呟きながら、己の後ろにある崖を見た。そして、口がさらにつり上がるほどに笑みを浮かべると迫るドラゴンへと視線を戻したのである。
『ま、一か八かってのは好みじゃあないんだけどね』
そして、『アイアンディーナ』がドラゴンに向かって駆けていく。
とはいえ、ドラゴンの巨体に四メートルない鉄機兵ではまともに打ち合えない。
ベラは直前で横へと飛び、回転歯剣を振るってドラゴンを斬り裂いた。
(やはり、弱いか)
鱗が邪魔で斬り切れないとベラは眉をひそめた。
そこにドラゴンが爪を振るい、『アイアンディーナ』が受けて圧される。パワーでは勝負にならない。攻撃を受け流しつつも、その単純な力の差に『アイアンディーナ』は後退する。
『なるほど、いいパワーだ。力重視の巨獣よりも強力たぁ……つくづくドラゴンってえのは、笑える生き物だね』
再び打ち合ったところで、左腕が奇妙な音がして動きが鈍った。
『チッ、ガタが来たかい?』
ベラが目を細める。今の『アイアンディーナ』の左腕はフレームが歪み、パーツの一部が飛び出てすらいた。先ほど仕込み杭打機を無理に出したことで、無理が生じていたのだ。だが、だからといってドラゴンの攻撃が止まるわけもない。続けて繰り出される両首からの噛みつきも避けながらベラが声を上げる。
『けどディーナ。もうチョイだから踏ん張りな!』
ベラの言葉に『アイアンディーナ』の左腕が赤く輝く。それはドラゴンの血を浴びた跡。それが左腕の損傷箇所を修復させていく。竜機兵ほどではないにしても、その再生力は左腕をまだわずかばかり動かすことには成功する。
そして、ベラが回転歯剣を左手に持ち替え、竜腕で錨投擲機の鎖を投げると、そのままドラゴンの足へと巻き付けていった。
『ガァッ!?』
『そんじゃあ、一緒に落ちようかいデイドン?』
ベラがそう言って『アイアンディーナ』を崖へと飛び降りさせた。それにより鎖に繋がれたドラゴンが引っ張られるが、ドラゴンは『アイアンディーナ』の自重に耐えきるだけのパワーがあった。それをベラも当然理解している。だからこそ、左腕が動いている必要があったのだ。
『ハッ、あたしひとりで喋ってて馬鹿みたいじゃあないさ。女の誘いを受ける甲斐性ぐらいは欲しいもんだね!』
そして、『アイアンディーナ』は、回転歯剣の出力を最大にして一気に崖を斬り裂いた。
次回更新は、7月27日(月)00:00予定となります。
次回予告:『第132話 幼女、落ちる(仮)』
デイドンおじさんはベラちゃんのクッションになるようです。
これが役得というものですね。




