第127話 幼女、再会する
(……この男、やはり強い)
バルの操る鉄機兵『ムサシ』がふた振りのカタナを振りながら、目の前のハシドの鉄機兵『カミオーキ』に対して踏み切れないでいた。
『はっは。私と対等とは。奴隷の分際がやるわ』
ハシドがそう言って笑いながら『カミオーキ』に大刀を振るわせ、カタナをクロスさせた『ムサシ』がソレを防ぐ。斬り合うごとに火花が散り、それはともすれば美しい光景にも見えたが、その様子をじっくりと眺められる者などこの戦場にはいなかった。
『そちらこそ。王族の割には随分と鍛えているな』
『当然だ。民を統べる以上はその力を示せねばならん。ラーサ族は己が力こそがすべてなのだからな!』
そう言って再び大刀を振るうハシドの鉄機兵『カミオーキ』は、まったく奇をてらうことのない大刀のみで戦うスタイルの鉄機兵であった。
ギミックひとつ装備していないその姿は、純粋に成長を重ねて完成させたものだ。『ムサシ』も両腕の『怪力乱神』の出力があってどうにか対抗できている状況で、現時点において付け入る隙を見つけることができないでいた。
『まったく、参るな。なんとも手強い相手だ』
バルはそう口にしながら、その表情には笑みを浮かべている。
カタナを振るう。かわし、受ける。それらすべてがバルには嬉しかった。己の技がダイレクトに機体を通じて放たれている。竜属筋肉による『ムサシ』の強化は生身であったときのバルの刀術をほぼそのままに再現していると思えるほどに操作性を向上させていた。
そんな鉄機兵を操りながら、極上の敵と戦えるのだ。強くあろうと求めてきた男にとって、今この刻は何ものにも変えがたい至福の時間となっていた。
『ハッ』
『むぅ』
そして均衡は崩れ始める。
『は、ハシド様』
護衛騎士の一機が声を上げた。ハシドの『カミオーキ』が一歩下がったのだ。『ムサシ』を前に下がらされたのだ。だが、ハシドは『騒ぐな』と叫んだ。
『己が役割を全うせよ。分かっているはずだ。我々はこんなところで負けるわけにはいかぬのだ。ムハルドの栄光のためにも』
その言葉にバルの頬がさらにつり上がる。
『ムハルドの栄光か。ローウェンの走狗と化した国の王子の言うことではないな』
『抜かせ。女子供の犬に堕ちた貴様が言える言葉か』
『くっく、まあ確かに』
憤ることなく、愉快そうにバルがそう答えた。
マスカー一族である矜持などは当に捨て、ラーサ族の血にも興味はなく、ただ強くありたいと願って街から街へと戦い続け、今はベラの奴隷となってバルはここにいる。
ただ強くあるためにそうして、事実として強くなった。であれば、犬に堕ちようがバルにはどうでも良いことだ。地面に骨を落とされて、それを咥えろと言われれば、喜んで咥えてやろうとバルは思い、吼えた。
『オォオオオオオオオオオ』
そして、バルの『ムサシ』を操る速度がさらに上がっていく。
『なんという斬速か。チィ』
ハシドの顔には先ほどから汗が大量に流れ続けている。『カミオーキ』は『ムサシ』に比べて確実にパワーとスピードが勝っている。
だがそれでも押し切れないのは、『ムサシ』の反応速度が『カミオーキ』を上回り続けているからだ。
『ハッハッハ。まだ行けるぞ。どうした王族?』
『黙れぇええッ!』
ハシドが必死でグリップを操作し、『カミオーキ』の背のパイプからは銀霧蒸気が噴き出し続けている。だが、追いつけない。二刀であるが故にその手数の多さでも『カミオーキ』の一刀では対応しきれない。先ほどまでとは違う。明らかにバルの『ムサシ』はハシドの『カミオーキ』を超え始めていた。
『こんなところでっ』
『つぇいっ!』
それが、均衡が崩れた決定的な瞬間であった。ヒュンッと刃が飛んだ。『カミオーキ』の大刀が折れたのだ。それにハシドが目を血走せる。
『馬鹿な。だが』
突けぬだけで斬れぬわけではない。ハシドは折れた大刀を振り上げながら『ムサシ』を見た。左手に持ったカタナは防御の構えを取っていたが、右はすでに鞘に収まっている。
『もう一刀を鞘に……くっ!?』
ハシドがグリップを一気に下ろす。何が起こるのかは分かっている。その鞘がギミックウェポンであることも。であれば、選択肢はひとつしかない。この距離では逃げきれない。次に来る前に仕留めるのみ。
『ォォオオオオッ』
避けずに挑む。それがハシドの判断。そのままハシドの『カミオーキ』が一気に大刀を振り下ろす。
一閃。
次の瞬間、灼熱の色に染まったカタナが『カミオーキ』を真横に斬り裂いた。
ソレは完全に操者の座を捉えており、内部の搭乗者は腹から上と下を切り裂かれ、その熱量によって焼かれ声も上げられずに絶命する。
同時に『ムサシ』の肩にも大刀が突き刺さった。防御に構えた左のカタナは『カミオーキ』の一撃を押さえきれなかったのだ。
『見事。だが、少々足りなかったな』
だが、その刃は『ムサシ』こそ斬り裂いたが、バルの肩口の一歩手前で止まっていた。バルは無傷であった。すべては一瞬のこと。だが、結果は明らかだ。ハシドは死に、バルは生きている。それが戦いの決着であった。
そしてバルが『カミオーキ』の長刀を抜き、その場で転がして周囲を見るために鉄機兵の水晶眼を動かそうとしたときだ。
『なっ!?』
『ムサシ』の背後で、ムハルド王国の鉄機兵が吹き飛んだのだ。
続けて、血と鉄とが混じった暴風が通り過ぎ、バルがその暴風へと視線を向けると、そこには鮮血と臓物とで染め上げられた赤い鉄機兵が佇んでいた。
『ふぅうううう』
その鉄機兵の中から聞こえてきた声は少女のソレであったが、その場にいた誰もが肉食獣のうなり声に聞こえていた。
そしてバルは、周囲にいた兵たちが、恐怖に怯えた気配を放ちながら、後方へと下がっていくのが見えた。それを赤い鉄機兵『アイアンディーナ』はその水晶眼が捉え、『ヒャハッ』とベラの笑い声が響いてきた。それから『アイアンディーナ』が『ムサシ』を見る。
『いやぁ、結構遊んだね。で、なんだいバル。そっちはどうしたかと思えば……肩ぁやられたのかい』
『あ、ああ』
バルの中で、先ほどまでのハシドとの戦いの興奮はすでに冷めていた。
目の前の修羅の姿を見て、バルは己の内にあった世界の頂点にでもいたような高揚感を消し去り、目の前の血塗れの鉄の塊に憧憬の念を抱いていた。
それを知ってか知らずか、ベラは『アイアンディーナ』の両手に握っていた回転歯剣とウォーハンマーを振るい、赤い血と銀色のオイルの飛沫を飛ばすと、それから逃げていく敵を見つつバルに口を開いた。
『まあ、気を付けな。とっととおっちなれても困るしね』
『くっ……ははは、はははあははは』
その言葉にバルは笑う。そしてベラは眉をひそめながら『なんだい。気味が悪い』と口にした。
『いや、申し訳ない主様。それでは、これからあれらを始末するでよろしいか?』
『そうだねえ』
すでにハシドを護っていた護衛鉄機兵も、マルスたちによって倒されているようだった。残りは雑兵のみ。であればと思ったベラの目の前で、ムハルド王国軍の行く手を塞いでいた岩が、ガラガラと崩壊していくのが見えた。
『チッ、塞がっていた岩が崩されたか』
そうベラが口にする前で、ムハルドの軍が我先にと撤退を始めていた。その様子からすれば岩の外側にいた兵たちは困惑しているだろうが、その雰囲気から何が起きたかは察しているだろうし、実際にベラたちに向かってくる兵の姿もなかった。
それから山の方からも声がかかってきた。
『ベラ様、こちらの岩もそろそろ抜けられそうです』
声の主は従者のパラだ。ムハルド王国軍が来る前から岩を掘り起こす作業は行われていたし、どうやらあまり時間をかけることなく通り抜けることも可能そうであった。
それにはベラもハァッと息を吐いてから『なんだい』と気の抜けた声を出した。
『どちらも思いの外、脆かったってオチかい? こりゃあ、足止めの意味があまりなかったね』
そう言ってベラが笑う。そして、それには仲間たちも苦笑するしかない。
ムハルド王国軍の兵たちが下がったことで、彼らにはそれが見えていたのだ。ベラの軌跡が血塗れの道となって大地に描かれていた。故に彼らは何も口にできない。目の前の恐るべき幼女に対してどう言葉にして良いものかが判断できなかった。
だから、ベラの言葉に反応したのはベラドンナ傭兵団でも、マルスでも、仲間たちの誰でもなかったのだ。
『いいえ。ありましたよ、意味はね』
バサリと音が聞こえた。それも複数の翼の音が上空から響いてきていた。それからドサリと何かが降りる音が崖の上から聞こえた。それもそれは無数に響いていた。それをベラドンナ傭兵団の面々が驚愕の顔で見上げ、またベラも目を細めながら口を開いた。
『なんだい。随分と遅いお客さんじゃあないか』
『ははは、ギリギリで間に合いましたよ。これより山の方に登られますと風が強くなって、飛んで追うのは難しくなりますからね』
崖の上には十を超える数の影があった。その正体は竜機兵と呼ばれる翼の生えた機体たちだ。
そして、その中心にいるのは三つ首の巨大な竜機兵。それはかつてルーイン王国の上級貴族であり、現在はパロマ・ローウェン混成軍を指揮しているはずの男の機体であった。
『では、遊びましょうかベラさん。あなたには捕獲命令が出ておりますので』
男の名はデイドン・ロブナール。ついにベラは、かつて共に戦った男との再会を果たしたのであった。
次回更新は、6月29日(月)00:00予定となります。
次回予告:『第128話 幼女、殺し合う(仮)』
デイドンオジさんと再会できてベラちゃんも嬉しそう。
やっぱり久しぶりに会う人の前では懐かしさに笑みがこぼれてしまいますよね。




