第126話 幼女、挑発する
『ヒャッハァアアアアアア!』
奇声を発しながら、赤い鉄機兵が翼を広げてその場に降り立った。
それを周囲のムハルド王国軍の兵士たちは呆気にとられた目で見ている。進軍中の突然の落石の中での突然の襲撃である。少し離れた位置にいる兵たちは状況を理解して怒声を上げていたが、現時点において混乱の極みにある最前線の兵たちにそれは伝わらない。
そして、彼らの前にいるのは、岩場を爆破しジャダンを安全圏へと置いて、この場へと降りてきたベラドンナ傭兵団の団長ベラ・ヘイロー。
彼女の目の前には、数十の鉄機兵と数百の兵たちが雑然と立っている。また『アイアンディーナ』の背後には百を超える兵たちがすり潰され、その血が染み出ている岩の壁があった。それらを順に見て、ベラは舌なめずりをして笑った。
『ヒャッヒャッヒャ。少々、気が抜けているようじゃぁないか戦闘民族の同胞ども。そんな気構えで大丈夫かい?』
そうベラは告げながら、竜腕の右腕にはウォーハンマーを、左腕には回転歯剣を握り構える。背の翼と相まって、それはもはや悪魔のように兵たちには見えていた。いや、実際にこれからその赤い鉄機兵が行う所業を思えば、悪魔そのものと言っても間違いではないかもしれない。
竜属筋肉によりレスポンスが速くなった『アイアンディーナ』であれば、今のベラの操作にも十分に対応ができる。目の前にどれほどの数がいようとも、ベラは負ける気はしなかった。油断も慢心もなく、ベラはひとりでこの場で皆殺しにもできようと確信していた。
『さあ、構えろ。声を上げろ。ベラドンナ傭兵団の団長ベラ・ヘイロー様はここにいるぞ。お前たちが追いかけてきた尻がここにあるぞ。ケツ穴にキスでもしたいヤツは前に出ろ。濃厚なヤツをくれてやる!』
そしてベラの叫びと共に『アイアンディーナ』が駆け出し、
『ォォオオオオオオオ』
『こいやぁああああ』
ムハルド王国軍の面々も、正気を取り戻して駆け出していく。一対多数。ベラとムハルド王国軍の激突がここに始まったのである。
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『始まったようです』
そう、その場の全機に告げられたパラの通信を聞き、一番前に立っている鉄機兵『ムサシ』の中でバルが笑みを浮かべていた。
今まさに、自分たちへと向かっているムハルド王国軍の後方では、すでに金属音と悲鳴と罵声、戦の音が響いていた。それは彼らの主が戦っている証だ。
そして、そこに自分も向かうべくバルは『ムサシ』の足を進めていく。その横にはマルスの鉄機兵『デアヘルメェス』が並び、背後にはエナの『トモエ』やデュナンの『ザッハナイン』を始め、デュナン隊の面々が並んで進軍していく。
『我々は王女様の護衛ですよ』
『分かっているさ。ここは通させん』
そのさらに後方には鉄機兵用輸送車や、鉄機獣を守るようにジョン・モーディアスたちの鉄機兵が壁となっていた。
『では行くぞ』
そしてバルが一気に駆けていく。
鉄機兵『ムサシ』。その動きは以前のものよりも機敏になっている。その秘密は『ムサシ』内部へと竜血を投与し、ベラの『アイアンディーナ』と同様に竜属筋肉に換装したことによるものだ。
『アイアンディーナ』以外の鉄機兵にも竜機兵装備が可能かの実証実験の実験体となったわけではあるが、それは確かに機能していた。
(いけるな)
己の機体の動きにバルはひとり頷く。正面を見れば、あからさまな王族仕様の鉄機兵が仁王立ちしていて、その周囲に護衛仕様の強靱そうな鉄機兵が四機並び立っている。
さらに、その前には十数の鉄機兵がいて、壁となってバルを遮っていた。もっともその彼らの後方では、今も暴風のような赤い鉄機兵が軍勢をかき乱し続けているのだ。その状況のために、彼らは片方がたった一機であるにも関わらず、軍を二つに分けて対峙せねばならなかった。
『まったく我が主様は恐るべき存在だな』
そう言いながらもバルが踏み込み、抜刀加速鞘より放った一撃で正面の鉄機兵を切り裂いた。
『こいつ、マスカーの』
『組み合うな。囲んで対応せよ』
『ふん。同じラーサ族とは思えん。温いな』
続けて『ムサシ』は密集した鉄機兵の間に入り込みながら、二機、三機と続け様に切り裂いていく。
鉄機兵と乗り手の命を吸って灼熱化する刀は、バルというカタナ使いと、その実力を遺憾なく発揮できるようになった鉄機兵によって延々と殺し続けることに特化した兵器と化していた。一方的に一振りごとに鉄機兵が沈む。それはラーサ族の中でもマスカー一族が恐れられていた光景そのものだ。もっともムハルド王国軍にしても、それを黙って見過ごすつもりは毛頭ない。
『捕まえたぞ!』
王族仕様の鉄機兵を護っていた四機の内一機が近付き、バルの猛攻を巨大な杖で受け止めた。それを見て、周囲の鉄機兵が攻撃を仕掛けようとするが、
『どちらが』
だが、バルはそれを笑いながら抜刀加速鞘を回転させ、その反対側に収められていたワキザシを抜いて振るう。それは『ヒゲキリ』と呼ばれる、今バルが振るっていたカタナ『オニキリ』と同等の力を持つカタナ。灼熱化したその刃は、容易く護衛鉄機兵を切り裂き、その胴を一閃する。さらに近付いた鉄機兵たちも、次々と切り裂かれる。
『こやつ』
周囲が混戦となっている中、バルの周囲には護衛鉄機兵三機が取り囲んでいる。対してバルの『ムサシ』は二刀流で構え、それらを見据える。それから笑みを浮かべて口を開いた。
『同じラーサ族であれば、知っているだろう。我がマスカー一族のことを。そして私も知っているぞ。貴様等が、我が一族を追いやった主犯だということも』
放たれた尋常ではない殺気に護衛鉄機兵たちが、わずかばかり下がる。
かつてブラゴの裏切りによって滅んだマスカー一族。だがマスカー一族を実質的に追い込むように画策したのは、ムハルド王国であった。
ムハルド王国は、ルーイン王国の西にあるヴォルディアナの地の南半分を治めるラーサ族の国だ。そしてヴォルディアナの北は昔ながらに一族ごとに地域を管理していた。北のラーサ族と南のラーサ族の間の確執は深く、北の戦力の弱体化の為の一手がマスカー一族の壊滅であったことを、バルはジェド・ラハール領に残されていた資料により知らされていた。
『一族の無念を晴らすことを私が口にするのは違うだろう。だが、私個人の憤りは晴らさせて貰うぞ。ムハルドの弱者どもめ』
『貴様ぁっ』
『おおっと』
バルの言葉に激昂した護衛鉄機兵が『ムサシ』に迫っているところにマルスの鉄機兵『デアヘルメェス』が飛びかかる。
『速い!?』
『あれは『デアヘルメェス』。ルーインの剣、疾風のマルスか』
ハシドがそう口にする。他のムハルドの面々は知らなかったが、ハシドはかつてルーインの王都に招待された際に『デアヘルメェス』を見ていた。故にその機体が認識できた。
『なるほど。王女の……次期女王の護衛としては的確な人選ではあるか。ま、もろとも始末してやるがな』
そしてハシドの鉄機兵『カミオーキ』が動き出す。
『ハシド様!?』
『邪魔をするな。アレは並の鉄機兵では歯が立たん。お前たちふたりは『デアヘルメェス』を殺れ。早く終わらせねば、後ろから迫る化け物に喰い殺されかねん』
そう口にしたハシドの言葉には焦りがあった。
ハシドも正面の『ムサシ』や『デアヘルメェス』や、或いは他のベラドンナ傭兵団だけならばこの場の戦力でどうとでもなるだろうと考えていた。だが、ハシドにははっきりと聞こえているのだ。背後から迫ってくる息づかいが。己の部下の命を喰らいながら迫ってくる猛獣の足音が。
『くっく、見誤ったな』
ハシドが愉快そうに笑う。己の失態を笑い飛ばす。
まさか……思わなかったのだ。十分の一にも満たない兵力で、ムハルド王国軍に向かってくるとは。その上に、相手が自分たちを倒すに至る戦術と戦力を有しているなどと……いったい誰が思おうか。
現状を把握しているハシドの中では、勝率は七割に満たないと考えている。バルを倒そうと、目の前の傭兵団を潰そうと、後ろから赤い悪魔が迫ってきているのだ。それをどうさばくかが問題だ。だが、目の前の相手バル・マスカーに対しては、まだ己に分があるとハシドは考えていた。
そして武人らしく獰猛な笑みを浮かべながら、ハシドはバルへと口を開いた。
『さあ、来い。バル・マスカー。マスカー一族の壊滅を指示したのは我が父よ。アレはかつてマスカー一族に殺されかけた故に、その脳裏に恐怖がこびりついておるようでな。さて、お前も私に同じことができるかな』
『無理だな』
対してバルは首を横に振る。それにはハシドが眉をひそめたが、バルは続けてこう告げた。
『私はこの場でお前を逃がすようなヘマなどすまい。我が主はそんな失態を見逃すほど寛容ではないのでな』
『よく抜かしたぞバル・マスカー。いざ!』
『応ッ!』
ハシドの鉄機兵『カミオーキ』が大刀を構え、迫る黒い鉄機兵『ムサシ』が両腕のカタナを持ち上げた。
そして両機はともに動き出し、戦場で刃と刃が交差したのであった。
次回更新は、6月22日(月)00:00予定となります。
次回予告:『第127話 幼女、再会する(仮)』
もうベラちゃんったらはしたないですよ。
ベラちゃんは冗談のつもりでもお兄さんたちが本気にしてしまうかもしれません。
まったく、この子が将来大きくなったらきっと男泣かせな女の子になるのでしょうね。
そんな日がいつ来てしまうのではないのかと思うと、今はまだこのままのベラちゃんで良いのかも……なんて思ってしまいます。




