第125話 幼女、崩す
「で、どうなんだい?」
ビュウと強い風が吹き、ベラのブロンドの髪が揺れる。
その日はベラたちにとって幸いなことに、霧が出ていて全体の見通しが悪い日であった。
ベラドンナ傭兵団は、ムハルドの兵より得た情報によりエルシャ王国に向かう道がムハルド王国軍に占拠されていることを知り、旧山道へのルートに変更して移動していた。
その途中でムハルド王国の者と思われる何者かによって渓谷の崖が爆破されて、団が立ち往生するという事態はあったが、それ以外のことについてはおおよそ予定通りに進んでいた。
『はい。こちらに被害はありません。どうやら落石は足止めを狙いとしたもののようです。鉄機兵で作業をすれば時間をかければ抜けられなくもないですが、如何しましょう?』
従者のパラからの通信に、ベラは「まあ、悪くはない状況だね」と口にしながら、指示を飛ばす。
「その後に抜けることになるのは変わらないんだ。警戒しつつ、いつでも戦闘に入れる状態で岩の撤去作業に入りなパラ」
仰向けに倒れた形で置かれている鉄機兵『アイアンディーナ』の前で通信機に向かってそう告げたベラは、それからその場で作業をしているリザードマンのジャダンに尋ねる。
「で、そっちはどうなんだいジャダン」
『ヒヒヒ、悪くない感じです。よくもまあ、こんな絶好のポイントが今まで使われませんでしたね?』
その言葉にベラは「ハッ」と笑う。
「ルーインとエルシャの間にゃ、今まで小競り合い以上の戦闘はなかったし、こういう場所は元より警戒されてる場所だからね。まあ、どうであれだ。ここは鉄機兵はおろか、人間が登ってこれる場所でもなかったんだ。狙いようがなかっただろうし、ましてや追われる身のあたしらがここで仕掛けるなんざ連中も思ってもみなかっただろうね」
『そりゃあ、確かにそうですね。ヒヒヒヒヒ』
そう言って火精機に乗ったジャダンが爆炎球をその場に仕掛け、さらには火薬を爆炎球と爆炎球の間に引いて導火線を作っていく。
『まあ、あっしの爆弾で直接殺れないのが残念ではありますが……これで何十か、何百人かをまるで絨毯豚煮のようにペシャッてやれると思うと、その……もうすでにズボンの中が』
「ああ、皆まで言うんじゃないよ。ことを起こす前にあたしがアンタの頭を潰したくなるだろ?」
『ヒヒヒヒヒ、そりゃあ困ります。ま、戦いが終わったらジックリ洗いやしょう』
呆れ顔のベラに、ジャダンが笑いながら最後の爆炎球を置いて「完了っす」と返した。それにベラは満足した笑みを浮かべてから、ベラドンナ傭兵団のいる方角とは逆の方に視線を向けた。
その視線の先には、霧で見え辛いものの、何か大量に動いている気配があった。
「ああ、来たみたいだね。ギリギリかい。ずいぶんと詰められていたらしいね。危ない、危ない。」
『ヒヒヒ、あれがあっしの芸術の協力者ですか。いや、素晴らしい』
そう言い合うベラたちの目にはようやく鉄機兵と鉄機獣、それに騎兵たちが駆けてきているのが見え始めていた。
そして迫るムハルド王国の戦いの武器はその機動力だ。防御よりも攻撃と速度を優先し、敵を圧倒する戦術を得意としており、ハシド王子はまさしくそうした戦いの申し子のような男であった。
「火精機を降りなジャダン。殺気も食い気も抑えないと、場合によっては気付く連中がいるからね」
そのベラの言葉にジャダンが『ヒヒヒ、コエー』と言って、火精機『エクスプレシフ』から降りて、精霊機召喚を解いた。
なお、その状態でも不活性状態で固定された爆炎球は変わらず置かれている。火精機がなくなったとはいえ、爆炎球の術者はジャダンであるためにその術式は維持され続けているのであった。
「たく、殺気とか術者だって把握し辛いもんなんでしょ。よく、分かりますよねえ。そんなの」
火精機から地面に降りたジャダンがそう言って、その場にしゃがんだ。
「知らないよ。気付くもんは気付くんだ。慣れだよ、慣れ。多分ね」
そうベラが返す通り、ベラやバルなどといった一定以上の実力者たちは、迫ってくる殺気などを把握することが可能だ。
例えば、今も自分たちに迫ってきているムハルドの軍勢の殺気や闘気をベラは感じている。それは学者連中に言わせれば大気中の魔力を通して伝播された結果なのだろうという話ではあったが、そんな理屈は当然ベラには分からぬことだ。
そしてベラとジャダンが横たわる鉄機兵『アイアンディーナ』の前で静かに膝を突いて、そのときを待つ。
そして数百を越える軍隊が、ベラたちの『真下』を通過し始めた。ソレを見ながらベラが「ここらかねえ」と呟くと、すぐさま立ち上がって鉄機兵の中へと入っていく。
そしてベラの竜心石が輝き、鉄機兵と魔力の川が接続されてその鉄の身体に魔力が満ち始める。その様子を或いは下の兵たちは気付いたかもしれない。背から出たパイプからは銀霧蒸気が噴き出しているのが見えたかもしれないし、上空の巨大な岩場からカラカラと小石が落ちてきているのに気付いたかもしれない。
だが、その時点で彼らはもう手遅れであった。
『よし、ひとまずは翼への供給は完了した。腕に捕まりなジャダン。飛び上がったと同時にかましてやれ』
「ヒヒヒヒヒ、行きますよぉぉお」
立ち上がった鉄機兵『アイアンディーナ』の背の翼が、この場に『降りてきた』ときと同様にバサァと広がった。
そこは人の登れる余地のない断崖絶壁の岩の上。そこから鉄機兵が飛び上がり、その姿に一部の兵たちが気付いて声を上げたが、それにより隊列は乱れて、落馬や鉄機兵同士のぶつかり合いが発生する。
しかし、そんな問題はこれから起きる災害の前では些細なものでしかなかった。何しろ、彼らの真上には、連続する爆発とともに『巨大な岩』が次々と『落ちて』くるのだ。
また、その合間に兵たちは聞いたかも知れない。『ヒャッヒャッヒャッヒャ』と笑う少女の声と、「ヒヒヒヒヒヒヒ」と笑う男の声が空に木霊したのを。
そして、砕けた巨岩がムハルド王国の軍勢へと落ちて、兵たちを潰していく。それはもう止めようがなく、無数の命が戦うことすらできずにその場で散っていったのであった。
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『馬鹿なッ、馬鹿なぁ!?』
鉄機兵『カミオーキ』の中でハシドが叫んでいた。
ベラドンナ傭兵団を追いつめたはずだった。白肌のネクリスに旧山道を爆破させて道を封鎖し、その場に立ち往生したベラドンナ傭兵団たちを追いつめて叩き潰す……はずであったのだ。
ジェド・ラハールの敵討ちとラハール領で逃げられた借りを返す絶好の舞台になるはずだったその場所で、ハシドは己の部下の半数を失う状況に直面していた。
『崖が崩れている? まさかネクリスが……いや、ヤツにはそうする意図も手段もないはず。であれば何が?』
ザッカバラン山脈の入り口に近い渓谷の崖が崩れてきて、己の軍勢を飲み込んでいる。自然現象ではあり得ないが、しかしそこは人が登れる場所でもなかったのだ。ましてや急ぎ通ったベラたちが行えるはずがないとハシドが考えていた。
しかし、次の瞬間、ハシドの瞳は空を飛ぶ赤い鉄機兵がいるのを捉えていた。
「赤い鉄機兵。ベラ・ヘイローか。空を飛んでいる……だと?」
ハシドの血走った目を空に向けながら叫んだ。が、ハシドは己の目を誤魔化すことはできない。空を飛ぶなどという常識外のことができるのであれば先ほどの仕掛けは不可能ではないはずだ。そして爆破だ。実のところ、ハシドにもベラドンナ傭兵団の情報はある程度届いていた。
その中で警戒すべきはベラ・ヘイローの赤い鉄機兵とマスカーの男の乗る黒い鉄機兵、それにドラゴン……だけではなく稀少である爆破型火精機も指定されていた。
そして、空を飛んで運んだのはベラ・ヘイローの鉄機兵で、爆破をしたのは爆破型乗りのドラゴニュートであるだろうとハシドは考える。考えながら、主力となる鉄機兵部隊を中心として半壊状態となった部隊を見ていた。
それらの状況をハシドが血走った目で確認しながら、崩れた崖に降りた赤い鉄機兵の元へと己の鉄機兵を向かわせようとしたとき、副官からの通信が入る。
『ハシド様。正面からベラドンナ傭兵団が迫ってきています。連中、戦う気です』
『まさか、正面から我々とだと? 分断されようとまだこちらの方が戦力は上なのだぞ』
ハシドは憤る。だが、その正面には黒い鉄機兵とドラゴンの姿もある。ぶつかり合えば、数の有利でどうにかなるのかがハシドにも分からない。そして後ろからはベラ・ヘイローが単身ムハルド王国軍へと攻撃を仕掛け続けている。であればどうするか?
『ええい。後列にはあの赤いのを叩けと伝えろ。どれだけの犠牲を払っても構わん。なんとしてでも倒すのだ。そして……』
ハシドが、正面の敵を睨みつける。黒い鉄機兵とドラゴンがいるのが見える。それ以外の鉄機兵も並の者ではないものが何機かいるのがハシドには把握できていた。
『よし、我が隊は正面から迫るベラドンナ傭兵団を叩く。我が勇者たちよ。ムハルド王国の一騎当千の力を見せつけてやれ』
そのハシドの言葉に、兵たちの怒声に近い叫び声がこの場に木霊する。誰も彼もが目を血走らせて、怒りに震えていたのだ。
戦いすらもさせられずに潰された仲間たちの無念を思い、彼らはその場から駆けだした。そして、戦いは開始されたのであった。
次回更新は、6月15日(月)00:00予定となります。
次回予告:『第126話 幼女、突き進む(仮)』
ベラちゃんは本当に飛んでしまうような元気な女の子ですね。
ちょっとした悪戯でお兄さんたちはびっくりしてるみたい。
大成功って笑顔で出てきたら、お兄さんたちは笑って許してくれるかな?




