第124話 幼女、空を飛ぶ
※今回、少し短めです。
『ハシド様、ベラドンナ傭兵団と思われる一団が、ザッカバラン山脈の旧山道を通っているとの斥候からの報告がありました』
兵からの伝令を受け取った副官からの報告がハシドの乗る鉄機兵『カミオーキ』へと届けられる。それにハシドは目を細めながら笑みを浮かべる。
『やはり、そちらを通るか。ま、こちらがいるのを把握していただろうし当然ではあるがな』
そうムハルド王国の王子ハシドが口にした通り、ムハルド王国軍はこの状況を読んでいた。
現在のムハルド王国軍はラハール領を占拠して本国より兵員を増強させた後、ローウェン王国よりの協力要請によってザッカバラン山脈のエルシャ王国への道の占拠を行っていた。それはエルシャ王国からルーイン王国への増援の可能性を廃するためと、ルーイン王国王女であるエーデルの亡命を阻止するためのものであった。
そして、ここ数日の内に探らせていた偵察部隊が四つ、連絡が途絶えていた。その原因がベラドンナ傭兵団にあるだろうことは、ハシドでなくとも理解できる話だ。また、ベラドンナ傭兵団が偵察隊を確保しているのであれば、ムハルド王国軍の状況を彼らが把握しているのは必然のことであった。
『数は?』
『天候不良のため、正確なところでは分かりませんが、鉄機兵用輸送車は五つに十を越える鉄機兵や精霊機、それに数百の騎兵たちが並んでいるようです』
『それは分からんというのとあまり変わらんな』
『申し訳ございません』
副官の謝罪の言葉にハシドが『構わん』と笑う。例え敵の戦力が多少分からずとも、今のムハルド王国軍に抗せるほどのものではないのは間違いないことだ。そして、ハシドが軍全体に対して命令をする。
『それでは、これより我々はベラドンナ傭兵団を追うぞ。例の渓谷で足止めする準備はしてある。慌てふためく連中を悠々と囲んで、阿鼻叫喚の地獄へと叩き落としてやろうではないか!』
その言葉を聞いた周囲の鉄機兵や兵たちから『ォォオオオオ』と猛りの声を上げる。その光景に満足した顔を向けているハシドにたいし、通信で副官から再び連絡が入った。
『ハシド様。しかし場合によっては王女だけ先行で逃げられる可能性もあるやもしれませんがいかがいたしましょうか』
足止めと言っても戦力を先行して用意しているわけではない。途中の渓谷を崩す予定ではあったが、軍勢を止められても少数でならば抜けられてしまう可能性はあった。だが、対してハシドは『構わんだろう』と返す。
『は?』
『優先順位はベラ・ヘイローとその鉄機兵、また共にいるドラゴンの確保が先だそうだからな。ローウェンの指示に従うのは業腹ものではあるが、父王の命だ。であれば、それに快く従おうではないか』
その言葉に副官が『なるほど』と返す。
『後は先行しているあの娘だが、まあ問題はなかろうよ』
『ハシド様のご寵愛を頂いた娘とはいえ、信用置けるのですか?』
それは副官にとっては信頼できぬ要素の一つであった。エルシャ王国へ向かう旧山道へと仕掛けているのは、ムハルド王国軍ではなく、ハシドが用意した白肌のムハルドの女であったのだ。
対してハシドは笑う。
『あれは仕事のできる女だ。まあ、必要以上のことはしないようではあるが』
そう言って笑いながらハシドの鉄機兵『カミオーキ』が一歩前に出る。それとほぼ同時に何かしらの爆発音が山の方から響いてきた。それに副官は息を飲んだが、ハシドはそれが何によるものなのかを悟り、笑いながらさらに『カミオーキ』を一歩を踏み出させる。
『くっく、上手くやったなネクリス。よし、連中の足は止まったはずだ。続け! 赤い魔女狩りといこうじゃあないか』
そして、ムハルド王国の軍勢が動き出した。
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「これで手持ちのヤツは全部か。ま、親父には全部掃けたって自慢できるわな」
ザッカバラン山脈。その、すでに使われなくなっている旧山道より少し離れた場所に建てられていた小屋の中から、その状況を確認していたネクリスがそう呟いた。
白肌のムハルド人の死人使い。そしてかつてベラたちへの襲撃を行ったこともある彼女がその場にいる理由は至極単純なものであった。
エルシャ王国へと通じる使われなくなった旧山道の監視と、そこに兵が来た場合の足止めである。その足止めを、彼女の操る死人たちがたった今完了したのであった。
モヘロムスと呼ばれる魔薬によって死兵として操られる死人たち。それらがベラドンナ傭兵団が進んでいた渓谷の先に自ら爆弾を抱え込んだまま自爆特攻して崖を崩し、エルシャ王国への道を塞いだのだ。
ベラドンナ傭兵団を巻き込むように崩落を起こすのであれば、その場に留まる必要もあったし、タイミングもシビアに行う必要があったが、彼女に求められたのはただの足止めであった。つまり岩を崩して道を塞げば良いだけだった。
「ま、後はハシド様が仕留めてくれるでしょう。にしても」
先ほど見えたものは何だったのか。離れた場所で、巨大な何かが空を飛んでいたようにネクリスには見えていた。もっともあいにく本日は天候が悪く、それはただ鳥を見間違えただけかもしれなかったし、そうではないかもしれなかった。ともあれ、いくつかの可能性をネクリスは考え、その中のひとつに正しい答えも実はあったのだが、ネクリスは考えることを放棄した。
「ま、どうあれ、今からじゃあ間に合わないだろうしねえ」
そう嘯いたネクリスは、自分の役割はここまでとばかりに小屋へと戻り荷支度を始める。彼女はいつまでもこんな寒い場所にいる気はなかった。王子のお気に入りになったと思いきや、こんな場所に一人足を運ばされて、来るかどうかも分からぬ相手を待たされ続けたのだ。
こうした寒い場所では義手が痛むというのに、まったく以てここ最近の状況はネクリスにとって不本意なことばかりであった。
「まあ、実際に連中も来たわけだし。私も十分に仕事は果たしたわけよね。戦いが終わったら、とっととハシド様に合流して金もらって、さっさと里に帰りたいものだね」
そうネクリスは口にしたが、残念なことにその希望が叶うことはなかった。
それは彼女に問題があったというわけではない。ただハシドが知らなかっただけなのだ。
ローウェン帝国軍が生み出した竜機兵。その力をベラたちが得ていたという事実の意味に気付いていなかった。ハシドは、今までの戦いにはなかった『鉄機兵が空を飛ぶ』という新たなる常識が加わっているという事実を知らなかったがために、その命をここで絶やすこととなるのであった。
次回更新は、6月8日(月)00:00予定となります。
次回予告:『第125話 幼女、崩す(仮)』
あらら、お岩さんが崩れてきてしまいましたよ。
それに後ろからはハシドのお兄さんたちが近づいてきています。
でもハシドのお兄さんたちは気付いてはいませんでした。
ベラちゃんは天使のような女の子なんです。
きっとお空だって飛べてしまうのに。




